第三章
魔導競技大会
第18話 契約
光の都ルーメリアから歩くこと七日以上が過ぎた。
村々に立ち寄って宿をとりつつ、シオンとニケの二人が次に向かったのは、火の
「ねーシオン。〈無〉の竜、出てこないかな?」
ニケはここ最近ずっと、〈無〉の竜なら病気をもっと根本から治せるかもしれないと本気で考えていた。
出てこないものは出て来ないんだぞ、とシオンは美しい眉を吊り上げた。
「ケチだなあ、竜も」
イグニスまであと少しというところで、二人はこんなやり取りをしていた。
「だいたい、ニケはなんでそんなにこだわるんだ? 現れる可能性も低ければ、現れたところで契約できるか分からないんだぞ?」
精霊と人は、〈契約〉という儀式によって、お互いの力を自分の力として使えるようにすることができる。
ルーメリアとルシオラがそうであるように、お互いの魔力の性格が良くなければそもそも〈契約〉は結べず、結んだところでそれがお互いにとって良いものかどうかは本人たち次第だ。
精霊にとっては自身が守る土地を他の人間や精霊からの侵略を防ぐ抑止力になり、人も精霊の膨大な魔力を利用することができる。しかし、同時にそれはお互いのくびきにもなりえた。
精霊はいったん〈契約〉してしまえば、その人間が死ぬまでは否でも力を使われてしまうし、人間は精霊の魔力を使い過ぎれば命を削る。
危険と隣り合わせの〈契約〉は、竜とかわしたところでその危険度が増すだけだった。
「だって、竜と契約して、
全てを無に還す力――。
ニケの持つ魔力が枝分かれをする前の魔力の根源の状態であれば、〈無〉の性格は魔力が行きつく先の力の消滅だった。
病や怪我でさえその無に還す力の恩恵に
そうだとしたらそれは、願ってもいないことのように思えて、ニケの心は秘かに踊っていた。
しかしそれに、シオンがつまらなそうな顔をして釘をさした。
「止めておけ。〈無〉の力は嫌われている。どの魔力とも相性が悪すぎる。魔力を無に還してしまうから。ニケは他のどの精霊とも〈契約〉できるんだから、もっと自分に必要な精霊の力を借りるほうが役に立つぞ。そもそも、竜の魔力は、はなから人に扱える代物じゃないしな」
どんな魔力の性格の精霊でも契約でき、さらには全てに順応するニケの特殊な魔力は、
「ニケの魔力は、できないことをできるようにする可能性を秘めている。もっと有意義に使えば、多くの精霊と人を救えるだろ」
ニケはシオンをむっとしながら見上げた。
「私の〈全〉の魔力が有意義だって言うなら、〈無〉だって有意義じゃん。〈無〉の魔力を否定するなら、それは、裏を返せば私を否定しているのと同じじゃないの? 自分で使えない魔力なんて、持っていても意味ないって言われてるみたいだよ」
「そういうわけじゃない。そう怒るなよ」
「あのね、シオン。私、竜に会ってみたいの。そうしたら、私が持った魔力の意味が、使い方が、もっと役に立てる方法が今以上に分かるかもしれない」
自分では扱えないけれども、他の人の力を借りれば、全てを手に入れられる力。それを持った意味を、ニケは探ろうとしていた。
どうしたら人や精霊の役に立つのかを、ニケは本気で知りたかった。
「やっぱり私、一人前の
「ニケは石頭がすぎる」
しばらく一緒に生活したシオンは、ニケが思っていた以上に賢いのを理解していた。歩きながら出すシオンの問題にもすらすらと答え、夜になるとその復習をして、シオンからさらに詳しく治療のことを教わる。その熱心な姿に、シオンは満足していた。
しかし、ニケは頭が良いのにもかかわらず、竜に対するこだわりにおいては、多少しつこいくらいのところがあった。どうにもできないことを、どうにかしようと考えを巡らし続けている。それは、言い出したら聞かない頑固者の類だった。
シオンは溜息を吐いた。
「さっきも言ったけど、止めておけ。わざわざ見つけるほどの竜じゃない」
「私だってさっきも言ったけど、それを否定するなら、私の魔力を否定するのと一緒だからね。シオンだってびっくりするくらい石頭じゃん」
シオンは肩をすくめてみせる。立ち止まって、しばし考えてから、ニケの心が決まった。
あきれて先に歩いて離れてしまったシオンに追いつくと、その長身を見上げる。
「頑固でいいよ、決めたもん。契約して命を削られるのなら、やっぱり私は〈無〉の竜がいい。どうせ自分じゃ使えないなら、私は、この力でもっと多くの精霊も人も救うために、病気を根本から消滅できるかもしれない、〈無〉の竜の力の可能性を探りたいもん。師匠との約束だし」
シオンは困ったような怒ったような顔をする。
「これを言うとニケは調子に乗るかもしれないが、ニケの魔力の性格なら、全部のものが手に入る。全部手に入れられて有意義に使えるのに、わざわざ、全部を無くしてしまうものを選ぶ必要なんてないだろ?」
全部手に入るのに、それをわざわざ捨てるような選択は、あまりにも馬鹿らしいとシオンは思った。
そのシオンの疑問符に溢れた顔に、ニケがにこりと笑った。
「全部が欲しいわけじゃなくてね、私はせっかくだから力を正しく役に立てたいの。だって多分、私の身に余る力だよね? でも、薬師として最高の魔力なんだったら、最高になれるように努力したい」
努力は人を裏切ることはない。そう、師匠も言っていたのをニケは覚えていた。
「〈無〉の魔力と対になっている意味がきっとあるから、それを見つけられたら、私だってもっと多くの精霊や人から必要とされるかもしれない」
「〈無〉の竜が、ニケを必要としているとは限らないぞ」
シオンが半眼で抑止すると、ニケはふふふと笑った。
「ルーメリアに言われたの。私なら、私を必要としている竜と出会えるって。だからきっとね、〈無〉の竜も私のこと必要としてくれると思う。精霊が言うんだから絶対だよ」
シオンはそれを聞いて、なんとも複雑な顔をした。
気がつけば、だんだんと道が良くなってきていた。踏み固められ、荷馬車が通った轍の跡も新しい。これは、町が近い証拠だった。
もうすぐイグニスが見えるはず、と思って歩いていると、右手にずっと壁のように連なっていた切り立った山の側面に、その町の姿が見えてきた。
ニケがシオンの視線の先を追うと、感嘆の声を上げる。
「もう少しだな。あれが鉄の町イグニスだ」
山の側面を削って尖塔アーチ状の堅牢で優美な建築物が城壁とともに連なっている。
山の斜面に添うように城壁に囲まれ、裾野に居住区が広がっており、山の奥には強固で装飾的な建物に囲まれながら鉄を生成する区域があった。
シオンとニケは、遠目でもわかるほどに巨大なその町を目指して、陽が高くなるまで歩いた。
イグニスが近くに見えたのは目の錯覚で、つまりはそれほどまでに大きい町ということだ。歩いても歩いても堅牢な城門には届かず、結局、町に入るための吊り橋にたどり着いたのは昼もとっくにすぎてからだった。
鉄で造られている吊り橋は、見事な装飾がされていて、その強固さとは反対の優美さが思わずため息をつくほどに調和していた。
イグニスを守るのは火の
検問を難なく通過した二人は、その圧倒的な強さと堅牢さが際立つ鉄の町へと入国した。
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