第6話 伎芸天女
とある新月の晩。今日の又三は珍しくソワソワしていた。有名妖怪ミュージシャンが来ても、アイドルが来ても全く動揺を見せない又三がソワソワしている。
今日は、又三が契約している神様との更新日だった。
又三は神様契約の妖怪だ。
猫又の更新期間は詳しく話すと4通り。
1、22年契約
2、200年契約
3、222年契約
4、2年契約(最近設定された)
又三は今年で222年の更新月だ。
しかし、今日の更新でソワソワしている訳ではない。今日は、更新担当の神様とサシで飲む日なのだ。本来は普通の猫又は更新の時にわざわざそんな事をしなくても良い。なんなら、ここ最近の妖怪更新はオンラインでも出来るので、妖怪契約解除(死ぬ事)以外の場合、神様に合わなくても良いのだ。
だが、以前に又三がこちらの神様の神社に気まぐれで奉納したほうれん草の胡麻和えとぬか漬けが、神様にいたく気に入られ、事あるごとに又三に会いに来てはサシで呑みに来るようになられたのだった。又三の料理の虜になる者は人間も妖怪も後を経たないが、まさか神様まで虜にしてしまうとは末恐ろしい妖怪である。
と、まぁ、普通の感覚ならば神様に会う、会える、会話をする、会話ができる、という時点で、そらぁ緊張するよなぁと思うところ。
でも、どうやら又三がソワソワしているのは別に理由があるようだ。
又三は基本的に誰店にが来ようと動じない。上級の悪魔が来ようが、かなり重めな怨霊が来ようが、仕入れ先からもらえる上物の塩(新潟産)を妖気を込めてふんだんに振りまき、
だもんで、又三や店に悪さをしてきたり、挑んでくる悪質な妖怪は最近ではほとん居ない。神様系の
そこは、又三の記録をお話しさせていただいている私こと、麻太のような凡人な人間には又三の
さてそんな又三。お客人へ振る舞う食事の支度も終わり、一息ついていた。すると、外から不思議な調べが聞こえてきた。
チントンシャン、ぺんぺん、チントンシャン、ぺんぺん、プワワァーワーウーワーウーベヨョョーーーーン♪
陽気な音楽だ。と、虹色の雲にのって、1人の御方がおりていらした。
ベヨョョーーーーン。
琵琶の音と同時に、外に出た又三がお辞儀をして出迎えた。
「ヤッホー!マタゾーちゃん♪元気だったぁー?やーん、相変わらずかわゆーい♪モフモフさせてーん♪」
神々しいどっしりとした見た目とは裏腹に、かなりテンション高めで喋りがちょっとアレな神様だ。着くなり、又三の顔をこねくり揉みしだいている。
彼女は
一応、他の神様から聞いた情報としては、れっきとした由緒正しい上級の天女様らしいが、若干ハスキーボイスでちょっとオネェぽい。というより、たぶんオネェ。確認した事はない。
天上界では『伎芸天』、もしくは『デラックス様』と呼ばれている。又三はそんなにされても、いつも通り動揺することもなく、慣れてる様子だ。
「はい、お陰様で元気ですよ。相変わらず登場が派手ですねぇ。」
「やっだー♪これでも前に又三ちゃんから近所迷惑になるからって叱られて、かなり地味ぃにしてきたんだよー、ショックー♪」
又三の胸に顔を埋めてモフモフしながら決してショックを感じているように見えない。さすがに又三も相手をするのに少し疲れてきたらしく、
「じゃあ、まあ、とりあえず中にどうぞ」と、少しふらっとしながらデラックス様に入店を促した。
「おっじゃまっしまぁーす♪」
デラックス様は、ルンルン♪と軽い足取りで店内に入っていった。
日本酒、ほうれん草の胡麻和え、椎茸のお吸い物、大根の炊き出し、筑前煮(肉は無し)、ぬか漬け、ふきの炊いたもの、お赤飯。
店内には美味しそうな香りが漂っている。
「やーん超感激!!またマタゾーちゃんの手作りな食事ができるなんて嬉しいわぁ♪」
「さ、沢山ありますからね、遠慮なくどうぞ。」
と、又三がお酌しようとすると、天女様が言った。
「何してるの、いつも言ってるでしょう。私が押し掛けてるんだから、マタゾーちゃんは座ってて♪」
と、指をパチン♪とした。
すると、どこからか現れたのか、白蛇の
眷属とは、神様のお世話や手伝い、サポートをしている方々のことだ。
「いただきまーす♪」
2人は楽しく飲み食いを始めた。すると、デラックス様が言い出した。
「ね、ね、マタゾーちゃん、あたしあれが聴きたーい♪」
「良いですよ。じゃあ……」
又三は身体のどこに入っているのかわからないが、脇から一本の笛を取り出した。
ピィーヒィーリーピーヒィーリー
うっとりと聞き惚れてしまうような色調で又三が演奏しだした。聞いているかと思ったら、デラックス様もどこからか琵琶を取り出して又三に合わせ始めた。
べぉん……べぉん…おん…
静かな夜に2人の演奏が響き渡る。
演奏が終わると又三は言った。
「いつもいつも天上界の方々にお酌やら、共演させていただけるやらで、こんなことをさせてしまうのは流石に僕も恐縮するのですが」
「いいのいいの♪楽しかったわぁ!また腕をあげたわね。」
「ありがとうございます」
「さて、マタゾーちゃんの精神統一も済んだ事だし、これから更新始めましょうか♪もちろん更新するんでしょ?」
「もちろんです。」
「今回は何年契約にするの?」
「じゃあ、とりあえず今回は200年で。」
「えー、じゃあ次私がここに来るの、200年後じゃなーい、ちょっと長ーい。却下。」
「じゃあ…22年で」
「却下」
「わかりました、2年で」
「オッケー牧場♪じゃあ始めるわよん♪」
と、デラックス様はもっちりした自分の手と手を合わせた。ブーンと微かな音がして、ものすごく神々しい光を発している。と、そこへ…
「おーい!又三!いつもの靴下くれるかぁ?くっさいやつ!」
と、ご機嫌な全体的にツルンとした悪魔系妖怪が来店してきた。
又三が、
げ!タイミング悪!
と、思った瞬間、ピカー!!と光が又三と店全体を包む。しばらくすると、光が落ち着いた。
「はーい、マタゾーちゃんの更新終了♪って、さっきなんか変なの来たわよね?」
「はい…たぶん悪魔系の妖怪かと。SNSで今日は神様との更新の日だからお店はやってないよって少し前に発信してたんですがねぇ。悪魔系の妖怪の方々は特にお店の発信読まれないアナログな方々がまだ多くて…」
「あらー大変♪さっきの光浴びちゃったのね。ま、さっきのモロに浴びちゃったら、良い方向に成仏しちゃうから結果オーライとして良かったんじゃない?」
「もう、一応悪霊とかじゃないんですから、彼らだって生きる方向性の選択肢あげてくださいよ。」
「リームー♪だってあたし神様だもーん!あっちから来ちゃったのが一つの縁よ♪嫌なら向こうがあたしに近づかなきゃいいのよ♪てへっ」
「相変わらずだなぁ」
いつの間にか、お酒も入っているからか、又三も少しタメ口になってしまっている。
デラックス様は気にする様子はない。むしろ、それが嬉しそうだ。
「どのみち、あたしに見つかればその場で悪魔系の類は半径0.2キロ以内は半溶か成仏しちゃうから、おんなしよ♪」
そんな会話をしているところに、今度は全身毛むくじゃらな悪魔系妖怪が来店。
「うぉーい。猫又ぁ。人間使用済みのタバコの吸殻あ…」
と、言い終わらないうちに
ビシュン!バシッ!
後ろを振り向く訳でもなく、にっこりしたデラックス様の御指からビームが出て、悪魔系妖怪クリーンヒット!毛むくじゃら妖怪はシュウゥと溶けてしまった。デラックス様が呆れて言う。
「もー、まだ人間使用済みのタバコとかきったない靴下なんて売ってるの?この店ごと浄化するわよ?」
「彼らにも必要なんですよ、娯楽が。あと、こー見えてこのお店はクリーンです。毎回、人間の痕跡すらありませんよ。残したら
「あ、前にあげた浄化装置使ってるんだ♪ってこんな事に使ってたのね。やだなぁもぉ」
「そうですよ。彼ら悪魔系妖怪も、一応この地球に無くてはならない存在ですから。ちゃんと少しは還元してあげないと」
「ふーん。もう、相変わらずやっさしーんだ♪お兄ちゃんと一緒ね♪あっちは少し残念だけど」
「尊敬する兄ちゃんですよ」
「こないだも、アンクニクロネズミに財布すられてたわよ。ちょうど見つけたからネズミ共引っ叩いて取り返してやったけど」
「いつもありがとうございます。お世話かけます」
「ほんとーよぉ、全く。タケネコ可愛いしあの子無駄にイケメンだから、ついつい
タケネコとは、イケメンだが少しドジな又三の兄だ。鈍感なのと要領も少し悪いので、昔からよく悪いネズミに騙されたりしている。でも、心底優しい性格でどんなに虐げられても絶対にやり返したりしない。自分を騙す悪いネズミですら、昔から襲ったり食べたりしないのだ。
そんな兄貴を又三は心から尊敬している。らしい。
ちなみに、今年で猫又年が同じの222歳だと又三は言っているのだが、タケネコの経歴を見る限りどうも計算は合わない。
もしかしたら、実はかなり年上なのかも?と|麻太談。
「ま、あの子のことは私たちに任せておきなさいよ。昔、十二支の運動会に参加出来なかった時も、ネズミに騙されていたのは神様達もよく知ってるし、あの時も、今でも、ネズミを襲わないあの子は高く評価されてて、どの神様も
「ありがとうございます。どうかこれからも僕等を宜しくお願いします」
「うむ♪よろしい。さて、縁もたけなわってやつね。そろそろ帰るわぁ」
「左様ですか、じゃあお送りします」
外に出ると、月は見当たらないが、外は夜なのに明るく、街中な為か、星達が少なめだが綺麗に瞬いている。
「今日も楽しかったわぁ♪やっぱり、私ここでの自分のメンテナンスは必要ね」
ウンウンと頷きながら豊満なボディを揺らし、ほろ酔い加減のデラックス様。
「喜んでいただけて良かったです。あ、これお土産です。お酒は蛇の眷属さん達にお願いします。それと、こちらはほうれん草のお浸しと塩にぎりです。皆さんで帰り道にでも召し上がってください」
一升瓶に入った日本酒と、塩にぎりとお浸しを汁につけて絞ったのを詰めたワッパを眷属さんに渡す。
「やーん嬉しい♪やっぱ帰るのやめようかしら♪」
「僕ももう眠いのでお帰りください」
「ん、もう。冷たいわねぇ」
「そんな事ないです、さ、皆さんがお待ちですよ」
「ヘーイ」
と言ったデラックス様は振り返って言った。
「あ、そうそう。妖怪の相手もいいけど、そろそろ考えておきなさいね」
「あの件ですか?今はお断りします」
「ふーん、いいわよぉ♪でも、こっちは絶対諦めないからね」
「……。」
不敵な笑みを残し、デラックス様は虹色の雲に乗られました。
「シーユーアゲーン♪ぅんむぁ♡」
と、熱い投げキッスをしてチントンシャンと楽を掻き鳴らし、お空へ帰っていかれました。
見えなくなると又三は、ふぅ、と一息つきお店に戻ろうとクルリとした。すると、店の周りには何匹も悪魔系妖怪と思われるものが、デロデロドロドロに溶けていた。
「いつの間にこんなにたくさん…はぁ、この日はこれがあるからなぁ……」
と、又三は店に入り、長いホースを持って出てきました。ビショーと水をかけるとドロドロはみんな排水溝へ消えていきます。お店の周りがきれいになりました。又三は、コキコキと首のストレッチをしながらホースを持って店内に戻り、何事も無かったかのようにシャッターをガラガラ閉めました。
又三がソワソワしていた本当の原因は最後のドロドロのこれ、だったのか。はたまた、デラックス様の意味深な最後の言葉に何か隠されているのか。
と、真相はそれはまた別のお話で。
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