第3話 又三の基本的な1日
みんな、覚えてくれたかな。
僕は
猫又亭の店主だ。
今回は麻太ではなくて、僕がお話しするよ。
僕の住む場所は、田舎と都会の間くらいの、海も山も遠すぎず近すぎずなところ。
今日は僕の一日を紹介するね。
朝は晴れていたらだいたい4時に起床。雨の日はとにかく一日眠くって、コーヒー飲むまでは12時くらいまでお布団でまどろんでいたりする。
僕がいつも寝ているのは、猫足になっているお気に入り木製のベッド。自分で作ったんだよ。
起きると寝床から出て、お水で顔を洗う。フワフワタオルは欠かせないね。
次は歯を磨く。起きたての口は自分のお尻を舐めた後より汚いっていうからね。妖怪になってからはお尻は舐めなくなったけど、猫又になる前から朝のお口磨きは続けているんだ。
もちろん、健康には気を使っているよ。僕は歯磨きに歯磨き粉は使わない。歯磨き粉にはミントが入っているから、危ないんだ。妖怪はミントを食べると身体が浄化されちゃって妖怪によっては成仏してしまう。簡単に言うと、この世から消えて天国に行っちゃうんだ。猫又は神様側の妖怪だから成仏はしないんだけど、妖気が減って、一時的に身体がただの猫に戻ってしまう。
たまーに、ただの猫を体験したくなる時や仕事で必要な時は、わざとミントを噛んだりする時もあるけど、忘れてうっかりやっちゃうとえらいことになる。
1週間くらいで自然に猫又の身体に戻るけど、僕の場合その間はお店に立てなくなっちゃうからね。
朝の歯磨きが終わると、白湯を一杯のんでから外に出る。猫の時から比べると飲み物が飲みやすくなった。直立できるから、下向いてペロペロしなくてすむんだもの。飲み終わったら、体操をするよ。ゆーっくりとメロディにあわせて太極拳。そうすると、身体に妖気が満ちてきて、猫又通常モードになるんだ。これは、猫又マニュアル第9条に載っているよ。最近はちゃんとやらない猫又もいるけど、定期的にやらないとうまく妖気が使えなくなる時があるんだ。僕は時に妖気を使った研究や治療をしたりもするから、必ずやっているよ。
最後に、シッポ回しも忘れず50回。これで朝の体づくりは完了。
じゃなかった。
身体中を舐めて、毛並みを整えて、朝のメンテナンスは終わり。
念のためもう一度言うけど、お尻の穴はなめないよ。
それから朝ごはんを作る。朝は毎日決まって、ご飯と納豆、焼き魚と味噌汁とぬか漬け。
昔、パン食にした事があって、そうしたら美味しくて食べすぎちゃって、1ヶ月で12キロ太っちゃったんだよね。こりゃいかんと思って、それからは朝はご飯オンリー。たまに玄米にするよ。でも白飯が1番美味しいよね。パンとかよりもご飯にした方がよく噛むし、体調もいいんだ。
やっぱ、お米の国の猫だもの!和食最高!
ご飯を食べたら、食後は妖怪新聞を読みながらお気に入りの
燕珈琲さんのお店はご近所だ。
ここのマスターは萩原さん。彼はなんと人間なのに僕が見える!妖怪だから仕方ないけど、やっぱり気付いてもらえるとちょっと嬉しいよね。道端で声かけられて、お店に寄って行かないかと誘ってくれたんだ。僕の家の珈琲は、ここのコーヒーを飲ませてもらったのがきっかけで定期的に購入する様になったんだ。珈琲は元々大好き♡
僕が珈琲を最初に飲んだのはだいぶ前で、日本に黒船でペルリが来航してきて、しばらくしたら日本が色々バタバタして、明治維新になった。それから少ししたら珈琲が街中に普及しだしたんだ。
この頃は既に僕は猫又だった。
当時、僕は東京に住んで居た。
あの頃は、東京が1番色んな珍しい所や美味しい物があって楽しかったから、気に入って住んでいたんだ。田舎出身の僕にとって、東京の空気は最悪に悪かったけどね。今思い出しても咳込みそうになるよ。喉もよく痛くなってたから、たまにミントを噛んで、普通の猫のフリして人の家で飼い猫になったりして楽しんでいたりもしたんだ。
当時、僕を飼ってくれていた人は優しいおじさんで、小説家だったらしい。猫のお話を書いたりして有名になったんだって。昔過ぎてその人の名前は忘れちゃった。
そのうち、その人も亡くなってしまい、次は何処に行こうかと思っていた時、銀座のとある場所で1人の男性に声をかけられたんだ。その人も、僕が妖怪だと分かって声を掛けてくれた。
当時流行の喫茶店のマスターだった。僕に初めて珈琲を教えてくれた人だよ。最初に珈琲を口にした時、綺麗な琥珀色でなんて良い香りの飲み物なんだろうと思ったよ。でも、念のために、
「普通の猫は珈琲飲めないからね」
って、彼に教えてあげたら笑っていたよ。
それから3年後に関東大震災が起きた。街中が大変な事になってしまって、お店も跡形もなく無くなってしまったんだ。マスターは命は助かったものの、大怪我をしてしまってお店をやる事が出来なくなってしまった。それからしばらくして、彼は東京から姿を消した。それ以来、彼に会うことは無かったよ。珈琲を飲むとたまに彼を思い出すんだ。
それから僕はまた色々あちこち転々として、100年以上が経って、今の
燕珈琲さんのお店にも飲みに行くのもいいんだけど、僕こう見えて自分でも珈琲入れるの上手なんだ。入れる度に味が変わるから保証はないけど、何だか人間みたいだなぁって思うんだ。入れる時の心の状態で味が変わってしまう。そんなところも珈琲が好きな理由。
僕ら猫又ははっきり言って、ほとんど怒ったり泣いたり深く落ち込んだりしない。ある程度の事は何とかなるし、何とかならないことはいったんあきらめれば他の方法が見えてきたりする。不満や不安みたいなのを人間ほど感じない。喧嘩なんて猫又になってからした事ないよ。
ホットケーキが上手く焼けなくてもこれはこれで味があると思うし、入れていたコーヒーに雑味が入ったら、
例えば、関東大震災のような地震がまた来て、家がなくなって燕ブレンドが飲めなくなったとしても、身があればなんとかなるさぁ、って悲しむこともない。たぶんきっと、のらりくらりしている。ま、でもそれはきっと、猫又が不老不死だからかもしれないけど。
だもんで、悩む事がほとんどないから、それはすごく楽だ。
それでも、泣いたり、怒ったり、爆笑したり、自身の身体を壊すまで悩んだりしたり、感極まる思いができる人間は素敵だし面白いなぁっていつも思う。
例えば、燕珈琲のマスターの萩原さん。いつもポーカーフェイスで、人間の中でも僕らと性格は似てて、普段は
あと、すっごい猫好き。僕が引くくらい。燕珈琲には看板娘のキジトラ猫ちゃんの「プリンちゃん」がいる。
萩原さん、普段は口数少ないダンディ口調なのに、プリンちゃんの前だと「プリーン♪」といってメロメロだ。お客さんの前でもお構いなし。お店のお客さん達もみんな、それを見る度に「はぁ……」とため息ついている。あれがなけりゃ最高にかっこいいマスターなのになぁって。
人間て面白いね。
と、燕珈琲の話はここまでにして。僕の話に戻すよ。
その後にお店を開けて、お昼まではお店のお掃除をしながら店内のレイアウトや商品のメンテナンスや仕込みや仕入れをするんだ。これでも、猫又亭は業界では人気店なんだよ。
妖魔界で人気のアーティストが楽器を買いに来たりもするんだ。
こないだも、妖怪ミュージシャンの巨匠と言われる、ウィカムジョンソンが僕のお店にギターを買いにきたし、ユミリンゴベンジーもしょっちゅうきてくれる。
つい先日は、久しぶりに『富士山』が買い物にきた。
あれ、たぶん相方さんの悪戯だと思うんだけど、富士山の背中に『瀧が悪い』って落書きされてたんだけど何したんだろうね?
最近、富士山の本名を知って、聞いたら
ピョエール瀧口
だって。
そんなこんなしてる間に、あっという間にお昼になる。この日のお昼はお蕎麦。お休みの日は僕も蕎麦を打ったりするんだけど、この日はご近所さんのお蕎麦さんから買ったお蕎麦とお汁と揚げ玉のセットを家でアレンジして、たぬきそばにしたんだ。
もちろん蒲鉾と海苔も添えて。ネギは苦手だから入れない。猫舌だけど、温度を緩くすれば大丈夫さ。お昼ご飯の後は、2時間たっぷりとお昼寝。その後は気が向けばお店に出るし、気が向かなければ閉めて散歩に行ったりする。
お店にいる時は、妖怪とか、迷い込んできた人間のお子とかと遊んだりする。ちっちゃい人間の子供は、ほとんどの子が僕のことがはっきりわかるみたいね。にゃんにゃーんとか、ワンワンとか、指差してくれるから僕も彼等に手を振る。一緒にいる親御さんはみんな僕もお店も見えないから変な顔してる。それが面白くてたまにわざと、お子の目の前でパラパラ踊ったり、首を外してポンポン投げたりして、気をひくの。お子はみんな笑ってくれるよ。可愛いよねぇ、人間も猫も子供はみんな。
お店の前の通りは、夕方になると人も引いてきて、そうすると店の前のベンチにいつもくるおばあちゃんがいる。ちなみに、このベンチは元々ここにあった人間界のものだから、お店が見えなくてもみんなベンチは見える。そのおばあちゃんはたぶん、土の精だ。
土の精ってナマズ顔が多いんだよ。おばあちゃんもそんな顔していて、いつもキセルでうまそうにタバコをふかしている。子供達には見えるらしくて、でもビジュアルが怖いから、目が合うと泣き出す子もいる。たぶん、悪いおばあちゃんじゃないんだけど、人間も妖怪も歳が長けると悪ふざけをする。お子が可愛いからなんだろうけど、可愛がり方が問題。お子がしばらく自分を見てたりすると、急にでっかい口をさらに開けて、自分の目玉ひん剥いて煙をブワーっと空に吹き出すんだ。お子はびっくりして親にしがみついたり中には泣き出したりしちゃう。それを見て、おばあちゃんはわかりづらいけど表情から満足そうにニヤリとしてるから、本当困ったもんだ。
人間でもいるよね。寝てる猫をわざとびっくりさせている酔っ払いのおっさんとか、しつこく猫を撫でてガブリとされちゃう奴とか。
夕方になると、日が落ちる前にお店を閉めて、夕飯の買い物に行く。お野菜は近くの農家の人から買わせてもらってるんだ。ちょっとだけ田舎だとこういうのができるからいいよね。
今日のメニューはご飯と煮魚と味噌汁、浅漬け、昨日の残ったお芋の煮っ転がし。もちろんほとんどが自炊だよ。作るの大好きだからね。自前のぬか床も100年ものさ。
食事を終えて片付けして、
湯浴みの後は少しだけ晩酌。今日は純米酒の温燗。付け合わせに、今日のぬか漬けの残りとメザシ。
今日のBGMは昭和の歌謡曲。
演歌もいいけど僕はこっちが好きかな。
淡谷のり子、美空ひばり、銀座のカンカン娘もいいよね。
歌はいいよな。僕が選ぶのはみんな王道だけど、その王道が非常に心地良くてお酒がすすむ。古いというやつもいるけど、自分が好きならそれでいいんだ。
幸せな時間を堪能して、歯を磨き寝支度。遅くても子の刻までには寝床に入る。
子の刻を過ぎると2時50分あたりから外で騒ぎ出す五月蠅い妖怪がいるからね。
今日も一日楽しかった。おやすみなさい。
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