第13話 『後悔』
一三.
「コウ?」
ハルに心配そうな顔をさせてしまった。
それだけのことがまた、ぼくの胸を締め付ける。
「ぼく、たぶん犯人を見つけた。けど、逃がしちまったんだよ」
「そっか。どんまい、コウ。けど、大丈夫。コウなら捕まえられるでしょ?コウはいつも最後まで絶対に諦めないで、成し遂げちゃう。そんなコウに俺は結構憧れてたんだよ?」
「あー、なんだ、サンキュ、ハル。そうだな、そうだよな。ぼくが諦めてちゃいけないんだ」
ハルはきっと今、ぼくの表情とかから気付いたんだろう。
逃がしてしまった理由に。
その上で、こんな話をした。
かっこ悪いよなぁ、ホント。
一番辛いはずのハルに慰められてる。
ぼくがそうしてやらないといけないはずなのに。
けど、こうやって励ましてくれたハルのためにも、ぼくはあいつを捕まえなきゃな。
たぶん、あいつが本当に犯人なんだろう。
ランと話してみないとはっきりと確信は持てないけど。
犯人ではないとしても、何かを知っているか関係あるのはほぼ間違いない。
野放しにしておくのはまずそうなやつだし。
「これ以上犠牲者を出さないためにも、急いで捕まえなきゃな」
「その意気だよ、コウ」
「サンキュ」
みんなで何故か階段を使って二階まで降りていく。
示し合わせたわけでもなくなんとなく、みんな階段に向かっていたのだ。
なんだろうか?
無駄なことが嫌いじゃないメンバーだからそうなった?
ちらりと見回してなんとなくみんなアキラが嫌いそうな気はした。
「おかえり」
キリに言われて各々が返事をして席に着く。
ちなみに机とイスの用意されたこの教室では机の配置が列にはなっておらず、人数分で円を作るように配置されていた。
教室の一番前側に当たる位置にアキラが座っており、そこから右回りにキリ、ハナ、ぼく、アヤ、ハルの順で座っている。
アキラの対面になる位置にぼくは座っているのだった。
「まぁまずは今回の事件の整理からして行こうか」
裏にホワイトボードがあったのでそれにいろいろとまとめながら書き込もうと思って用意する。
まず三日前の午前七時半過ぎに中津駅着予定だった乗客一三二名、乗員二名を乗せた電車が中津駅から五キロほど離れた位置にある乙女川にかかる十日橋から抜けた辺りで横転し始め、土手を下って下に広がる原田町に突っ込む。
民家を七棟全壊、四棟を半壊させて停止した。
電車は何者かに衝突されて横転したと見られる。
位置としては橋を越えてすぐの堤防から?
衝突痕は円形にへこんでおり、その大きさから人より少し大きめのこぶしで殴られたように見えた。
そこを見分中にサラリーマン風の男性と遭遇。
男性は四日前と三日前にぼく、秋月 紅夜が痴漢しているところを発見して問い詰めたことがあり、見たことある顔だと感じていたのだが事件と関連あるのかは不明。
しかし、こちらを見た瞬間に男は逃げ出す。
追いかけて捕まえると人妖だったらしく、鬼に変化して襲い掛かってきた。
くー子のおかげで攻撃はしのぐもくー子の大きさに驚いたのか逃走され、行方知れずに。
こぶしの大きさとしては電車の側面のくぼみと一致する程度。
犯人の可能性アリ。
「こんなところか」
「コウヤさん、犯人見つけたんですかっ!?」
「あー、取り逃がしたけどな。それに犯人かどうかはわからない」
「ちっ、逃がしてしまったのか、凡俗が。これだから凡人は役に立たないな」
「現場に出もしなかったやつが言うか!?」
「まさか犯人が現れるとは思っていなかっただけだ。それほどまでに愚かなヤツならすぐにでも捕まるだろうがな」
「犯人って決まったわけじゃないだろ」
「イヤ、ソイツが犯人で間違いネーゼ」
「え?」
「コウヤの予想はあってンダヨ。ソイツになら動機も手段も力もある」
そんなことを言ってランは資料をこちらへよこす。
それは車掌の調書だった。
そして、彼が補導した痴漢魔の名前と顔写真。
「オイオイ、マジかよ」
そのうちの一人は間違いなく見覚えのある顔だった。
先ほどのサラリーマン風の男。
彼は痴漢事件で補導されていたのだ、あの車掌に。
だとすると、だ。
「まさか、そんな理由で?」
「ソレしかネーダロ。あそこの近くにスンデんのはソイツだけ。そしてわざわざ現場を見に来てたんダゼ?可能性が一番たけーのはソイツなんダヨ」
「その男は補導されたのち会社を解雇されている。恨みがあってもおかしくはないだろう」
「ちょっ、待ってくれよ、その程度であんなことするか!?」
「その程度、か?本当にお前はそう思うのか?」
「いや、だって、たくさんの人が死んでしまってるのに、」
言葉に詰まる。
そんなの怒りに任せたあいつには関係ないような気がした。
平気で人を殺そうとして殴りかかってくるようなヤツだぞ?
それで、どれだけの人が犠牲になるとかそんなの気にもしないで。
そんなの、許されていいわけがない。
ふざけるなよ。
そんな理由でぼくの大切な友達やあれだけたくさんの人が殺されたってのかよ?
いや、どんな理由であろうと納得できねぇよ。
人の命だぞ?
二度と戻らない、尊い命なんだ。
そんな粗末に扱っていいものじゃない。
「くだらん理由ではあると思うがな。しかし、稀なる才能を持って生まれた癖にその程度の理由で鬼を貶めるヤツを野放しにしておくわけにはいかないのだ、オレたちは」
「才能?」
「あぁ、使い方はくだらないが、それでも鬼に成れるというのは類稀な才能だ」
そうか、そりゃそうだよな。
怒りにまみれただけで人が鬼に成って人妖になってしまってたらこの世界は人妖であふれかえってしまうかもしれない。
よくわからないがいくら才能でもあんな使い方をするなら、許せないな。
どんな力でも使い方を誤れば悪にしかならない。
アレだけの大事件を引き起こしたのだから、その報いは受けてもらわなくては。
「あいつを、捕まえなくちゃな、すぐにでも」
「凡俗が逃がさなければ二度手間にはならなかったんだがな」
「あぁ、悪かったよ!ぼくのせいだよ、確かに!」
「わかってるならヤツを捕まえる手段を考えろ。どこに逃げていった?」
「そんなのわからねぇよ。街中だったしな」
「役に立たないな」
そんなこと言われてもなぁ。
あの状況でどう判断しろと。
確かに逃がしてしまったのはぼくのミスだ。
迷ってしまったから。
捕まえてしまって、解決してしまっていいのか、って。
今思えば解決していいに決まってる、
と言うか、解決しなくちゃならないに決まってるんだ。
後悔先に立たずと言うが、本気で今後悔している。
くー子を止めなければ捕まえられていたはずだった。
どうすればいい?
あいつは今どこにいる?
「家には四日前から帰っていないらしいのだ。解雇された当日だな」
「え?」
「もう間違いネーナ」
四日前に解雇?
それから帰っていない?
待ってくれ、なぁ、おい、それってまさか?
「どうしたんだ、コウヤ?マッサオダゼ?」
「四日前の朝、ソイツは痴漢して捕まった、のか?」
「資料に書いてある通りならそうなるな。何か心当たりでも、」
そこでアキラは言葉を止めてホワイトボードを見た。
「オイ、凡俗、キサマまさか」
「もしかしたら、この事件ってぼくがあいつを問い詰めたせいで起きたのかもしれない!」
ぼくのせいでハルが死んでしまったのかもしれない。
タイミング的に考えて間違いないだろう。
あの騒ぎを聞きつけて車掌さんが彼を捕まえたことで怒りが爆発して鬼になり、電車を、
「コウ!それは違う!!」
ハルの大きな声が教室中に響いた。
立ち上がったハルは本気で怒っている。
眉を吊り上げて顔を紅潮させたハル。
そんな表情は初めて見た。
「もしそれが電車を横転させた理由だったとしても、コウがそれを止めたことは何一つ悪くなんかない!コウに責任なんてないんだよ!?それを後悔する必要なんてない!何も間違ってなかった!だってそれで、コウは誰かを助けてあげられたんでしょ?」
「そう、だけど」
「困っている人を助けることは何も間違ってなんかない。そのことでそいつが電車を倒したんだとしても、それは全部そいつの責任なんだ。コウは何も悪くないんだよ」
「けどぼくがあの日に止めなければ!」
「だとしてどうなると言うのだ。車掌が彼を捕まえなかったとでも?そんなわけないだろう。そんなのはキサマの勝手な思い込みだ。自分が特別だと思うな。自分が世界を動かしているなどと考えるな、凡俗が。キサマが動かなくても誰かが動く。世界はそういう風にできている」
「助けたことを後悔しないでよ。コウに助けられた俺たちはそんな風に思ってほしくないんだよ」
「ぼく、は」
そんな風に思っていい資格があるのだろうか?
ぼくが悪くないなんて思っていいのか?
いや、そう思うこと自体が傲慢なのか。
クソ、アキラのやつこういうときに正しいことを言いやがって。
いや、最初から間違ったことなんて言ってないんだ。
ぼくが納得できないだけだ。
正論ってヤツは、どうしても受け入れがたくて。
それでも正しいことがわかってしまうから、ムカつくんだ。
「あー、もう、チクショウ、そうだよなぁ、ぼくが動かなくたって世界は動いていく。だったら、後悔しようがなんだろうが、自分が正しいと思うこと続けるしかねぇよなぁ」
「で、どうするつもりだ、凡俗」
「コウヤだ、クソアキラ。何も思い浮かばねぇよ。けど、動かずにはいられねぇっての。とりあえずまた現場周辺探してみようと思って、」
あ?現場周辺?
今思い浮かべた光景の中、思い出さなくてはならない映像を見た。
「なぁ、アヤ」
「んにー?」
「ぼくらが例の車掌やハルの乗ってた一番後ろの両を見てるとき周辺に人がいた覚えがあるか?」
「うーん、野次馬が結構いた気はするに」
「なんつーかな、めちゃくちゃ嫌な予感がするんだよ」
「なんだ、何か気付いたならはっきりと言え」
「あぁ、あのな?」
ぼくらが車掌のいた両について軽く説明を受けているときに少し離れた位置にいた野次馬の中に、例のサラリーマン風の男の顔が映っていた気がするのだ。
つまり。
「ヤツはもしかしたら車掌を殺すために病院を襲うかもしれないんだよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます