僕にとっての大事なものは貴方達にとってのくだらない物

土偶の友@転生幼女3巻発売中!

第1話

 それは6月の出来事だった。僕は東京の大学に通う為青森から上京してきた。東京での生活にやっと慣れ始め、少し違う道を通って帰ってみようとして道に迷ってしまった。そして運の悪いことに豪雨に遭ってしまう。


 体中を打ち付ける雨に耐えながら自分の知っている道に出るように祈りながら走る。道行く人は傘を差しながら奇異の視線を向けてくる。これが地元なら傘を貸してくれたり、入れてくれたり、少し休んでいきなと家に入れてくれたのにと思ってしまう。郷愁を感じながらどこかに雨宿り出来る場所はないかと周囲に目を向けながら進んでいると彼女と目が合い足が止まる。そこにこの世全ての美しさを一身に集めた人がいた。

 

 彼女はゴミ捨て場で全身をゴミ袋に身を預けるように横たわっていた。服は質素な白のワンピースだけ、靴下や他の衣類は一切つけていないようだった。そんな彼女がいるゴミ捨て場は地面に変な液体が零れていたり袋が破れて生ごみが溢れ出ている。しかし、そんな中にあっても彼女の美しさは霞むことなく、いや一層引き立てられているといっても過言ではなかった。




 気が付いたら僕は彼女を抱えて家に帰ってきていた。道中どうしていたかなんて覚えていない。迷っていたのが嘘のように家に着いていた。誰かが僕と彼女を会わせる為に迷わせたのだ、と言われても信じてしまいそうだ。


「何てことしてしまったんだ」


 僕は冷静になると酷く後悔する。動けない女の子を抵抗されなかったとはいえ、勝手に連れてきてしまうなんて両親が見たらなんていうだろうか。

 いや、今は彼女のことを心配しよう。雨に濡れている女の子をどうするかを考えなくちゃ。

 彼女は僕の腕の中で身じろぎ一つしない。いきなり連れてきてしまって彼女は僕のことを怖がっているのだろうか。そうじゃない、雨の中にずっといたせいか彼女は冷たい。それどころかふやけているのかブヨブヨする。

 僕は急いで彼女を浴室に運んだ。しかし、彼女は動かない。そんな彼女に申し訳ないと思いながらも彼女の服を脱がす。そこには美の集大成が存在した。

 僕は目を奪われ言葉を失った。僕はただただ彼女を見つめた。

 彼女は黙ってそんな僕を受け入れてくれた。きっと恥ずかしいであろうに、彼女はただ静かに受け入れてくれた。

 僕はそんな彼女に恥、お湯を出して優しくかける。彼女は何も言わないがとても気持ちよさそうだ。浴室から出る頃には彼女は艶を持ち肌の張りも良くなったように見える。完成されたと思っていた美には先があったことと、そこへ行く彼女の手助けができたことに僕は歓喜に震える。


 僕は彼女の体を丁寧に拭き、罪悪感を覚えながらも彼女に自分の服を着せた。そして彼女をベッドに横たえる。


 その日、僕はソファーで眠った。



 次の日、僕は大学を休んだ。彼女の事が心配だったのだ。一晩休んだというのに彼女の表情は変わらない。日中に彼女を見ている時も食事もせず、トイレに行くこともなかった。

 それで僕は信頼できる友人に連絡して家に来てもらうことにする。


「突然家に来てくれなんてどうしたの?いつもの事だからいいけどさ」


 彼女はそう言いつつ美しい顔に朗らかな笑顔を浮かべながら部屋に上がってきた。その手には大学帰りなのか鞄を持っている。服装もファッション雑誌に載っていそうな物だ。


「ちょっとヨーコに大事な相談があって」

「相談?」


 彼女、ヨーコは形の良い眉を顰め進めていた足を止め振り返る。


「うん・・・まずは見てほしいんだ」


 僕はそう言ってヨーコを追い越し、部屋に入る。

 ヨーコも僕に続き部屋に入るとベットの上にあるものを見て目を見開いた。


「ねぇ、それって」

「驚かないで欲しい。って言っても難しいかもしれないけど、ちゃんと合意の上なんだ」

「合意って?誰と?何の?てかあれ買うのに合意とか必要だっけ?それとも、年齢的な話?」


 ヨーコは混乱しているのだろう。言葉の途中から意味の分からない事ばかり言い始めた。

「彼女を連れてきたのは昨日なんだけどね。ゴミ捨て場でぐったりしてて、思わず連れてきちゃったんだ」

「思わず連れてって。まあ、捨ててあったんならいいんでしょうけど」

「良くないよ!人が捨てられていたんだよ?酔って寝ていただけかも知れないと思ったけど、そうじゃなかったし」

「・・・はい?」

「どうしたの?」

「いや、どうしたってこれどう見てもダッチワイフ・・・」

「?」


 ヨーコは何を言っているんだ。彼女は卑猥な人形なんかじゃないのに。


「彼女を見てみなよ。こんな美しい人を僕は見たことがないよ。君は本気でそんなことを言ってるの?」

「え?流石に冗談にしては出来が悪すぎるわよ?私よりもこんなのが綺麗だっていうの?」

「君の事は綺麗だと思うけれど・・・」


 それを聞いたヨーコは目を瞑って天井を見上げ深呼吸を幾度かする。そして何かを決めた顔で僕を見てくる。


「もう一度だけ聞くわよ。私とこれどっちが綺麗なの?」

「これなんて言い方はないじゃないか!」

「そんな事はどうでもいいの!どっちが綺麗なの!?」

「そんなの決まってるじゃないか」


 僕はベッドに横たわる彼女を見た。


「信じられない。私とこんな物が比べられるなんて。それどころかこんな物に・・・。もう貴方と話すことはないわ。さようなら」


 ヨーコは座った目でそう言って部屋から出ていく。


「待って!まだ相談が!」


 ガチャン!と、家の扉が閉まる音が聞こえると僕は途方に暮れてしまう。なぜこんなことに・・・。もしかして彼女の美しさに嫉妬してしまったのだろうか?そうだ、そうに違いない。ヨーコも美にはかなり気を使っていたのだ。そうでもなければあんな反応にはならないだろう。

 この状況をなんとか出来るのは父くらいか。




 プルルルプルルル 


『どうした修司、お前から連絡があるなんて珍しいじゃないか』


 画面には実家にいる父が映る。彼は地元の名士で不労所得があり、余った時間でこうやって僕や兄弟達と会話したりしていた。多少頑固な所はあれど相談すれば大抵の事は一緒に考えてくれる。


「うん、ちょっと困ったことが起きてて・・・」


 昨日から起きていることを父に話す。


『その娘さんとやらは無事なのか?』

「今はベットで寝てるよ」


 僕はそう言ってカメラを持ち彼女を映す。


『・・・』


 父が無言で見つめている。あの厳格な父が彼女を見つめている。やはり彼女にはそれだけの魅力があるのだろう。


『修司、それはなんだ?』

「それって言い方はないでしょ。彼女は物じゃないんだから」

『物に決まってるだろう。そんな物を拾ってきて悩んでいたのか?馬鹿らしい。下らんことで時間を無駄にさせるな』

「いくら父さんでも言っていいことと悪いことがあるでしょ!何てこというんだ!」

『お前はどうしてもその人形を人と言い張るのだな?』

「だから人形じゃないって何度言えば分かってくれるんだ!」

『お前の事を勘違いしていたようだ。お前とは縁を切る。仕送りも来月からはしない。好きに生きろ』


 ブツ


 父はそう言って勝手に切ってしまう。僕は慌てて掛け直すが繋がらない。どうしたらいいんだ。


 その日は一晩中考えた。考えに考え決めた。彼女と共に死のうと。

 親友だと思っていた女は彼女を物扱いした。あんな女はこちらからごめんだ。

 そして父は仕送りの件を考え直してくれることはまずないだろう。あの性格だ。決めたことは覆さない。一度他の兄弟も絶縁されているし、父以外がどれだけ言葉を重ねても変わらなかった。


そしてもう僕に出来ることは何もない。仕送りを止められ、手伝ってくれる友人も居ない。まだ僕一人では仕事をすることも出来ない。何の力もない僕にせめて出来るのは彼らの心に爪痕を残すくらいじゃないかな。


 僕は彼女を連れて家から一番近い玉川上水に来ていた。澄んでいる川に豊かな自然こんな場所で最期を迎えられるならとても素晴らしい。


「ごめんね、僕にもっと力があれば、君が声を出してくれるまで、僕を抱きしめてくれるまで、待てたかもしれない。でも無理なんだ。だから僕と死のう」

「・・・」


 彼女はそれでも話してくれない。


 僕は彼女を抱きしめ川へ入っていく。川のせせらぎが耳に心地よく響く。ああ、こんな美しい中で、美しい人を抱いて逝けるなんて僕はなんて幸せ者だろうか。

 幸せを噛み締めながら進んでいるといつも間にか足がつかなくなっていた。後は沈んでいくだけ。僕はその瞬間を待ち遠しく、永遠に続けばいいのにと思う。

 ・・・いや、なかなか沈んでいかないな。プールで浮き輪を持って浮いてるような感覚に囚われ、薄っすら目を開けると彼女は僕がしがみついているのに浮かぼうとしているではないか!


「ああ」


 彼女は生きたかったのだ。しゃべれなくても動けなくても、それでも浮かぼうと生きようと必死なんだ。それを僕は・・・。

 僕も覚悟を決める。どんな手を使ってでも彼女と共に生きると。ならばやることはまず一つ、陸に戻るんだ。

 僕は冷たくなった手足を懸命に動かし、彼女を連れて陸を目指す。この時期の川はまだ冷たく、歯はガチガチと音を鳴らす。

 あとちょっと、あとちょっとで陸だ。後少し、後少し!

 届いた!


 僕はここ数日の雨で湿った草を握る。そして彼女を陸に少し乗せて僕も一気に這い上がる。水を吸った服は重いが何とか助かった。と気を抜いた瞬間。疲れでふらついた僕の手が彼女に当たる。

 そして僕が何かする暇もなく彼女は川に流されていく。僕もそれを追いかけようとした瞬間。


「あぁ~ん」


 彼女のとても澄んだしかしどことなく劣情を催させるような声が聞こえた。彼女は僕に生きろ。そう言っているのだと思った。悔しかった。彼女を見殺しにして生きようなんて出来るはずがない。しかし、僕は飛び込めなかった。




 次の日の昼、川辺にて。


「何だ、ゴミ捨て場にねえと思ったらここにあったのか、ハツネ」


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