第62話 火曜日は惰性(2)



同じクラスメイトの神崎陽奈は、ウィッグと眼鏡を外すと『読モ』と呼ばれる者に変身するらしい。


「だから!読モって言うのは読者モデルの事なの。つまりファッション雑誌で私は、自分で言うのも恥ずかしいけど売れてるの。人気モデルなの!」


神崎は必死に俺達にアピールしてるが、わからないものはわからない。


「穂乃果は女子だから、この手の話はわかるのではないか?」

「いえ、私は雑誌といえば月刊歴史人物しか読みません」

「確かに神崎は歴史人物とは言えないな」

「はい、まだ生きてますので」


「ちょっと!あなたたち。私生きてちゃいけないの?ってか、歴史人物って何よ。もう信じられない」


プンスカ怒る神崎。

俺達の会話のどこに怒るポイントがあったのだろう?


「とにかく、スマホのデーター消しただけじゃ無理なの。そのカエルみたいに寝転んでる男の記憶を消さない限りダメなのよ」


やっと神崎の言いたいことがわかった。


「それなら早くそう言えばいい」

「毒蜘蛛とやらは関係ありませんでしたね」


「毒蜘蛛じゃないからっ!読モだから!」


「そう言えば我が先祖の敵に女郎蜘蛛という「くの一」がおりました。結構な使い手で変装が得意だったと聞いております。一度手合わせしてみたかったです。はい」


穂乃果は思い出すかのようにしみじみ語った。


「なんで私がその女郎蜘蛛とか言うの。今その話関係ないよね!」


神崎はさらにヒートアップする。


「神崎、落ち着け。血圧が上がるぞ」


「むきーーっ!血圧ぐらい上がってちょうどいいのよ。私低血圧だから」


一向に収まらない神崎のヒステリー。

もう昼休みも終わりそうなので時間がない。


「穂乃果、さっきの一撃でアレはどうなってる?」

「おそらく、直近の記憶は失ってたおります。どのくらい遡ってのことだかわかりませんが」

「そう言うことだ。いつ素顔を見られたんだ?」


「嘘、そんな事……さっきよ。お弁当食べ終わってお手洗いに行こうとしたら眼鏡が曇っちゃって歩きながら外してハンカチで拭いてたら写真撮られたのよ」


神崎は事細かに説明し出す。

細かいタイプらしい。


「なら、問題ありません。朝ごはんを何食べたかぐらいは覚えているでしょうが、なぜ学校にいるのかは本人はわからないでしょう」


「そんな漫画みたいな事あるわけ……あるの?」


「はい、樫藤流の名にかけて」


顔にドロップキックをまともに受けて後頭部も床に打ち付けてれば記憶も飛ぶだろう。それより死んで無いよな、こいつ……。


「そうなんだ。信用したわけじゃ無いけど助かったわ。ありがとう。貴女の名前は?」


「2年A組の樫藤穂乃果です」


「あ〜〜知ってる。あなた有名じゃない。日本人形みたいな黒髪の可愛らしい女の子ってあなただったのね。確かに可愛いわ。というか一緒の読モやらない?樫藤さんならすごく人気が出るわよ」


いきなりの勧誘が始まった。

神崎って子は、結構、押しが強くて騒がしい子みたいだ。


「それより神崎。変装しなくていいのか?もうすぐ昼休みが終わるぞ」


「わっ、やばっ!」


神崎は一生懸命変装し出した。

俺はなぜか神崎の鏡を持たされている。


「東藤くん、もう少し右」


指図までされていた。





結局、午後の授業ギリギリまで神崎に付き合わされた。

念の為、と言われて俺と穂乃果の連絡先の交換までした。

神崎は、大人しい読書大好き女性だと思ってたが、細かくて押しが強く騒がしい、それに用心深い女性だとわかった。


梅雨空は、少し晴れてきており、さっきまで降っていた雨は上がっている。

帰りは傘は必要ないようだ。


俺のスマホには、メッセージがたくさんきていた。

緊急性がないものは、まだメッセージを返していない。


次の休み時間にでも返信しないと……


本を読みたいが最近時間が取れない。

今夜は、寝ながら本を読めるかもしれない。

『罪と罰』の上巻はまだ数ページをめくっただけだった。


「おい、東藤、これ前に出て解いてみろ」


午後一の授業は数学だ。

黒板にはには今の単元、不等式の証明の問題が書かれていた。

俺は、その問題を見て解いていく。

答えを書いて終わりだ。


「正解だ。よく勉強してるな」


教科の先生はそう言うが、この手の問題はユリアからきっちり地獄のようなしごき付きで教わった。そう言ったことに手を抜かないのがユリアでもある。


こんなところで役に立つとはな……


「学んで損はないんだ」それがユリアの口癖のようなもので、勉強だけはきっちりさせられたものだ。


5時間目が終わり、来てたメッセージに返信しようとしたら神崎から早速メッセージが届いた。

〜〜〜〜〜

『数学教えて』

「毒蜘蛛に数学は必要ないだろう」

『毒蜘蛛じゃない!読モだから!』

「節足動物にも知性は必要なのか?」

『だから蜘蛛じゃないって、マジなのよ』

「わかった、時間があるときな」

『お願いね』

〜〜〜〜〜


他の者達のもメッセージを返す。

最近、面倒なのが『FG5』のアヤカだ。

事あるごとに迎えに来てと連絡をよこす。

今週は忙しくて無理だと伝えてあるのだが……


そんな作業を終えると、もう6時間目が始まる。

今日は沙希は委員会があるようで一緒に帰れないと連絡があった。

そういえば穂乃果はいつ登校してるんだ?

同じ駅を利用しているはずなのに登下校で見かけたことがない。


そんなくだらないことを考えているうちに授業は進み坂書きを写す作業に没頭する。そして、あっという間に放課後になった。





雨が上がったおかげで濡れなくて済む。

下足入れに入れてあった靴は少し湿っていた。

靴を履くと不快な感じを受けるがこればかりは仕方がない。


そして、校舎を出ようとしたところで呼び止められた。

現れたのは、木梨なんとかだ。


「今日も迎えに行く?」

「ああ、その予定だ」

「じゃあ、一緒に帰ろう」

「いいのか?俺と帰ったりすると変な噂話をされるぞ」

「別に変な事はしてないし、他人なんて関係ない」


確かにそうだが……


「ああ、わかった。そうだ。昨日のクッキー美味しかったぞ。珠美も喜んでた」

「へ〜〜そうなんだぁ」


クールな木梨の口元が緩んだ感じがした。


並木道を木梨と並んで歩く。

距離は1mは離れている。

最初の頃の穂乃果のようだ。


「あのさ、結衣と日曜日に遊園地に行くんだって?」

「ああ、約束している」

「そうなんだ……結衣と仲良いよね」

「俺が編入してきて声をかけてくれたのは鴨志田さんだけだったからね。優しい人だと思っている」

「うん、結衣は見かけはおっとりしてるけど芯の強い子だし優しい子だよ。私とは正反対だ」


「そうか、木梨も優しい人だと俺は思ってるぞ」

「えっ、私が?」

「ああ、俺とこうして一緒に帰ってる。それだけで優しいって思うよ」


木梨は何かを考えているようだが、その心中はわからない。


「ねえちょっと踏み込んだ事聞いてもいい?」

「答えられる範囲ならな」

「その額の傷はどうしたの?」

「ああ、傷の事か。これは銃で撃たれた時の傷だ」

「銃ってあの拳銃のこと?」

「ああ、海外に住んでた頃の話だ」

「そうだったんだ……」


この傷は今の整形技術なら消せることができるとユリアが言っていた。

でも、この傷は残しておかなければならない。

賢ちゃんが俺を庇って撃たれた時に負った傷なのだから。


「東藤って本当は目が悪くないでしょう?」

「よくわかったな。これは伊達メガネだ。度は入っていない」

「なんで眼鏡をかけてるの?」

「これは俺を救ってくれた人からの贈り物だ。だからつけている」

「そっか……東藤って結衣の言ってた通りだ。ちゃんと話しかければきちんと答えてくれる」

「話せることならちゃんと話すよ」

「ええ、それがよくわかった」


「そうだ、木梨に何かお返しをしないといけないな」

「お返しってなんで?」

「クッキーを貰ったろう。そのお返しだ」

「そんなのいいよ。好きでしたことだし」

「それでもだ。こういう事はきちんとしないといけない」

「なら、連絡先をこ、交換するってのはどうかな?」

「それはいいが、その他にだ。釣り合いが取れない」

「じゃあ、少し考えておくよ」

「ああ、そうしてくれ」


そんな会話をしながら俺と木梨は幼稚園に向かっていた。


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