第44話 莉音という少女

  


「ははははは、もうカズ君最高!コンビニ行って女の子拾ってくるなんて〜〜」


コンビニに買い物行って薄汚れた少女を拾ってきてしまった俺は、聡美姉に大爆笑されていた。


「名前、何て言うの?歳は?」


聡美姉に問いかけられて緊張している少女。

喋ろうとしても緊張して言葉が出てこないようだ。


「う〜〜ん、無口さんなのかな?まあ、とりあえずお風呂に入ってきなよ」


聡美姉は、湯船に湯を張ってくれてたようだ。

その子の手を引っ張ってバスルームに連れて行った。


すると、部屋のチャイムが鳴る。

用心して近づくと『ベッドをお持ちしました」とドア向こうで話していた。


俺は、少し警戒しながらドアを開ける。

するとホテルの従業員2人がベッドを転がして部屋に入り、設置してくれた。


バスルームでは話し声が聞こえる。

上手く事情を聞き出してるようだ。


しばらくすると、聡美姉とバスローブを着込んだ女の子が出てきた。


「お前、誰だ?」


「ははは、カズ君もそう思った?凄く可愛いでしょう〜〜」


さっきの薄汚れた男みたいな格好をした少女は、可愛らしい女の子に変身した。


月隈莉音つきくまりおんちゃん。12歳だって」


「はっ!?小学生だったのか?」


「違う、うち中1……」


少女は、そう答えた。


「莉音ちゃんは、今日からカズ君の妹に決定しました。わ〜〜い、拍手、拍手」


意味がわからん……


「聡美姉、どういうこと?」


聡美姉がバスルームで莉音に聞いた話だと、出身はハカタで両親は離婚して母親と2人暮らしだったのが、母親が病気で亡くなり、別れた父親のところ、このコクラに来たのが2年前だという。


父親は借金があり、暴力を振るわれて今まで生きてきたそうだ。そして、4日前、父親に貞操を奪われそうになったので着の身着のまま家を出てきたという。


「莉音ちゃん、身体がアザだらけなんだよ」


「そうか……」


莉音は父親に暴力を振るわれていたのか……


俺は自分が育った環境と少し似ていると思った。

逃げ出したくても逃げられない状況。

そこから抜け出した莉音は偉いと思う。


それは俺にはできなかったことだ。


「偉いな、莉音は……」


そう俺が話しかけると、莉音は大きな声をあげて泣き出してしまった。

聡美姉が、そっと抱きしめてあげている。



しばらく泣いてスッキリしたのか、莉音はジュースをがぶ飲みしてた。

喉が渇いていたらしい。


「じゃあ、莉音を引き取るのか?」

「だって、父親のところの帰すわけにはいかないでしょう?」

「そうだが、誰か頼れる親戚とかいないのか?」


すると莉音は、


「いない……」


と小さな声で呟いた。


「児童相談所で保護してもらうとか?」


「うち、そげんところ行きとうねえ」


拒絶する莉音。

嫌な思いでもあるのか?


「なら、仕方ないな。俺も養子みたいなものだしな」


「えっ!?」


莉音は驚いたようだ。


「カズ君、東藤和輝って言うんだ。海外暮らしで戸籍が無かったから私の叔母さんの戸籍に入れたのよ」


「ああ、そういうことだ。でも、養子の手続きは面倒なんじゃないか?」


「知ってる弁護士さんにこちらの弁護士さんを紹介してもらうよ。だけど、親権者である父親が生きているから、少し面倒なのは事実。でも、大丈夫。私に任せて」


「莉音は、それでいいのか?俺達を信用するには会った期間が短いだろう?」


「あんお父しゃんの側におるよりマシ」


投げやりな気持ちが大きいな。


「それよりカズ君もシャワー浴びてきなよ。お風呂は落としちゃったけど」


俺も汗をかいたままだ。


「ああ、そうする」


俺は、そのままバスルームに向かった。


怪我した部分を濡らさないでシャワーを浴びるのにも慣れた。

俺はシャワーを浴びながら、莉音のことを考える。

俺が連れて来てしまったのだから、俺の責任だ。


普通なら通報されるレベルの案件だが、俺達は裏の世界の人間だ。

そんな事はどうにでもなる。


だが、いいのか?

俺達についてくるということは裏の世界に関わるという事だ。

いつ、死んでもおかしくない危険が伴う世界だ。

そんな世界に莉音を……


答えの出ぬままシャワーを浴び終えて、バスタオルで拭いてバスローブを羽織る。


俺がバスルームから出ると2人は仲良く俺の買ってきたアイスを食べていた。


俺の分がないけど、まあ、いいか……


「カズ君、頂いてるよ」


「ああ、いいよ」


『…………』


莉音は俺を見つめたまま動きが止まった。


あっ、そうか、額の傷が怖かったのか。


この傷を見た女子は、文句を言って逃げさるか、沙希のように怖くて泣いてしまう。


俺は慌てて前髪を下ろして傷を隠す。


すると聡美姉が


「カズ君、なんで傷を慌てて隠すの?せっかく格好いい顔を出してるのに〜〜」


「この傷を見た女子は怖がるからな。これは経験談だ」


「えっ、そうなの?莉音ちゃん、カズ君の傷怖かった?」


「…………ば、」


「ば?」


「ばり、かっこよか!」


莉音は真っ赤な顔してそう叫んだ。


「そう、そう、カズ君はカッコいいんだから〜〜」


聡美姉もクネクネしてる。


2人は俺を気遣ってそう言ってるのはよくわかる、

俺はどうでも良くなって「先、寝るよ」と言って簡易ベッドに寝転んだ。





翌朝、5時に目が覚めると2人はまだ寝ていた。

バスローブのまま寝ていた事に気付き、手早く着替えようとパンツ一丁になったら莉音が起きて俺の身体を見ていた。


俺の身体はナイフ、銃弾、そんな傷でできている。

額の傷が可愛いほどだ。


俺は、テーシャツを着て制服のズボンを履く。

そんな様子を見て莉音は呟いた。


「お兄しゃん、そん傷どげんしたと?」


「昔の傷だ。気にするな。それより、お兄さんではなく和輝でいい」


「………」


「俺は少し走ってくる。聡美姉が起きたらそう言っておいてくれ」


「わかった」


寝起きの莉音は髪は乱れていたが、なかなかの美人だ。

大人になったら凄くモテると思う。


俺は、カードキーを手に取り、そのまま部屋を出た。


場所によって朝の空気は違う。

このコクラの朝は、潮の匂いが混じっている。


ホテルを出て莉音と逃げた公園までやってくる。

一回りしてみると広い公園なのだと理解できた。


俺と同じように走っている人もいれば、ウォーキングしてる人もいる。

走りながら、もしあの時、莉音と出会わなければあいつはどこで一晩過ごしたのだろうか、と余計な事まで考えてしまった。


メイにやられた腕と手の甲は、ほとんど治っている。

明日にでも日下病院に行ってギブスと包帯を外してもらおうと思っていた。


そして、公園で一通りの鍛錬を終えてホテルに帰る。

聡美姉も莉音も寝たままだ。

俺は静かのバスルームに入ってシャワーを浴びた。


バスルームから出ると、2人は起きていた。


「カズ君おはよう」

「おはようございます」


「おはよう、うるさかったか?」


「ううん、大丈夫だよ」


聡美姉は朝が弱い。

いつも雫姉に起こされて時間ギリギリまで寝てるタイプだ。


「取り敢えず、お店で莉音ちゃんの服を買わないとね。それと、カズ君も着替え持ってきてないでしょう?」


「ああ、そうしよう」


それから、俺達はルームサービスで朝食をとり、買い物をしてから、レンタカーを借りて本来の目的であるターゲットのマンションに出かけた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る