第24話 メイの例え話
その夜、藤宮邸別邸では夕食の前に俺と珠美は、お風呂に入っていた。
両手があまり動かない状態で上手く洗えるか不安だったが、約束だったので珠美の頭を丁寧に洗っていた。
「痒いところはあるかい?」
「特にないです。カズお兄ちゃん、優しくしてね。目に入るのやだからね」
片手はビニールに包まれていて感覚がイマイチだが、目に入らないようにタオルを駆使して奮闘している。
「幼稚園は楽しいか?」
「うん、あゆみちゃんとゆう君は好き同士なんだあ」
まさか、幼稚園児が恋愛だと?
「そ、そうなのか、珠美は誰か好きな人はいるのか?」
「いないよ。でもカズお兄ちゃんは好きだよ」
うっ……これはくる……
紫藤さんがビデオレターで珠美に何かしたらただではおかない、って言ってたけど、俺ならそいつを殺せるぞ。
シャワーをかけて、乾いたタオルを珠美の髪の毛に巻いた。
「できたぞ」
「うん、ありがと」
俺と珠美は湯船に浸かってのんびりする。
1人きりでは、沙希に会った事を考えて落ち込んでいたところだ。
「珠美に感謝だな」
「なにが?」
「なんでもないよ」
こんなゆったりとした時間は、気持ちが良い。
こんな時間が得られた記憶だけで、裏の世界で生きていける。
そんな気がした。
◇
お風呂から出ると、雫姉が待ち構えていた。
大きなバスタオルで、まず珠美を拭いている。
パンツを履かせて着替えを済ませた後、俺の元にやってきた。
「和輝様、お覚悟を」
そんな事を言ってバスタオルであちこち拭かれる。
珠美にも足を拭かれていた。
「さあ、次はこれです」
俺のボクサーパンツを広げて履かせてくれた。
途中、バスタオルが落ち、出るものがぶらぶらしてたけど、気にしたら負けだ。
着替えてダイニングに行くと聡美姉がチーズでワインを飲んでいた。
他の食事には手をつけないで待っててくれたようだ。
椅子に座ると見慣れた奴がいない。
「あれ、メイはどうしたんだろう?」
「ちょっと散歩してくるって言ってたよ。お店のラーメン食べてみたいってスマホで調べてたよ」
あいつはグルメに走ったか。
まあ、それも人生だな。
テーブルには豪華な食事が広がってるのに……
俺は、その時はまだいろいろな事を気付いていなかった。
◆
「待たせたネ〜〜みんな、さっきぶりネ〜〜」
メイは、沙希達に呼び出されていた。
場所は駅前のカラオケ店だ。
個室の方がプライベートな話ができるだろうという配慮だろう。
「初めて入ったネ。ちょっと緊張したのヨ」
「メイさん、ごめんね。呼び出したりして」
鴨志田さんがそう告げた。
沙希と瑠美は黙ったままだ。
「何かみんなの様子が変ネ。何か食べるもの注文できるのか?」
「そうね。注文しようか」
鴨志田さんは店内に設置されている電話で注文し出した。
メイは、初めて入ったカラオケ店で少し興奮気味だ。
時間が経ち、料理が運ばれてきた。
メイは、ポテトを摘んでひょいっと口の中に放り込んだ。
「さて、私に何の用なのかな?」
メイは、ジュースを飲みながらみんなに尋ねた。
「メイさん、率直にお聞きします。東藤さんは私のお兄ちゃんですよね?」
交渉も何もないド直球の問いだ。
「何でそう思ったのネ?」
「勘です。本当は口では言い表せないけど言葉にすればその一言です」
「ほおう、勘って証明も何もできない個人の感覚なのネ。それでは、交渉役は務まらないのネ」
メイの言う事はもっともだが、そんな事は関係ないと勢いだけの沙希。
意外と手強い相手だと思っている鴨志田結衣。
何ですんなりYES、NOを言わないのか焦れる瑠美。
狭い店内でそれぞれの思いが交差していた。
「メイさん、東藤君と2年ほど暮らしていたと言いましたね。では、なぜ東藤君は日本に来たのですか?」
「グーグは目的の為に日本に来たのネ。その際、私と喧嘩したのヨ。2週間前、学校で花火が上がったこと覚えているカ?あれは私が日本に1人で来たグーグを誘き出す為にした事ネ。そして、グーグは見事、私の作戦の掛かったのよ。その後、グーグと私は殺し合ったネ。今のグーフ怪我は私がやったのネ」
「えっ!?どう言う事?」
鴨志田さんは突然の事で頭の処理が追いつかないようだ。
「貴方達には分からないネ。これがグーグと私の世界。もし殺し合ってグーグが死んだら私も自害してたネ。きっと目的があったグーグも私を殺してたらその目的を断念して自害してたと思うヨ。それが私とグーグの関係ネ」
「信頼関係なんですね。東藤さんとメイさんは……」
「そんな格好良いものじゃないのネ。私にとってはグーグは私でグーグにとっては私はグーグ自身なのネ」
「わ〜〜言ってる意味がわかるけど、全然わかんないよ〜〜」
瑠美は頭がこんがらがってしまったようだ。
「関係は複雑にして単純なのだと、お話を聞いてそう思いました。でも、東藤先輩がお兄ちゃんだと言う話の答えになってません。お願いですから教えて下さい。メイさん……」
沙希はメイに頭を下げた。
メイは考えるように、口にしだした。
「もし、私がいろいろな事を話したらきっとグーグは私を躊躇わず殺すネ。それはグーグも自害する事と同意なのネ。だから、私はグーグの事は話せない」
「そんな……」
「でも、私の事なら話せるネ。それでいいか?」
「それでもいいです。教えて下さい」
沙希の必死な訴えにメイは重い口を割る。
「これは聞いた話ネ。中共の国の田舎に貧乏な家族がいたネ。その家族は食い扶持を減らす為、生まれたばかりの女の赤ちゃんを仲介人に売ったネ。その仲介人は東南アジアの犯罪組織にその赤ちゃんを売ったのネ。その赤ちゃんは売春婦で子供を育てていた女に金を積ませてある程度まで大きく育てたヨ。何歳かなる頃か、その犯罪組織はその女の子を刺客として育てたのヨ。刺客、つまり暗殺者ネ。その子は毎日、血反吐を吐きながら訓練してたヨ。そして、任務が課せられたネ。子供だと相手は油断する。殺されても懐も痛まない小さな金で買ったからネ。
その女の子は暗殺に成功するのヨ。
その後、何人も何人も人を殺す事だけで生かされてたネ。
そして、何人殺したか分からないほど、心は闇の中に沈んでしまったヨ。
だけどある日、頭の狂ったおばさんと女の子と歳があまり変わらない男の子がやってきて、その組織を潰したのネ。とても強くて格好良かったヨ。
女の子は自由になったのネ。
だけど、自由の意味を知らないのネ。
命令されて実行する、それが女の子の思考であり、全てだったから……
ただ、その場で
でも、一緒に付いてきた男の子が間に入ってそれを止めたのヨ。
『この子は俺の妹にする』って言われたけど、その時は意味はわからなかったのヨ。
その女の子は一命を取り留めて、狂ったおばさんと男の子の3人で世界を周る旅をしたのネ。女の子には、その男の子が全てだった。文字を教えてくれて、様々な言語を教えてくれた。
女の子は必死でそれを覚えたのネ。
そうじゃないといらない子として捨てられてしまうから、と思っていたのヨ」
「「「…………」」」
「そんな3人の暮らしはとても居心地が良くて、理解できなかった感情を男の子のおかげで取り戻したのヨ。でも、それはその男の子が歩んできた道だったのネ。男の子も感情を無くして狂ったおばさんに教えてもらっていたのヨ。
そんなある日、男の子は言ったネ。俺には父も母も妹もいると、女の子の事は妹だと思って面倒をみてきたと、でも、約束があるから故郷に帰らないといけない。元の家族と約束の女の子を見守る為に、と女の子に言ったのネ」
「「「…………」」」
「女の子はショックを受けて男の子と大喧嘩したのネ。『すまない』の一言で女の子を置いて行ってしまったのヨ。女の子はどうやって生きていいか分からなくてなったのネ。狂ったおばさんは『依存』と言う言葉を使ったけど、女の子にとってその男の子は自分自身だったのヨ」
「それって……」
「瑠美、今は黙って」
「うん、沙希、ごめん」
「その男の子が居なくなって自分が半分無くなってしまった、そんな状態が続いたのネ。狂ったおばさんは、そんな女の子は面倒だと言って男の子のいる国に送ったのヨ。女の子は男の子が全てのはずなのに、男の子はそうでも無かった。女の子よりも大切な人達がいたのヨ。どう?こんな話は?」
しばらく誰も答えなかった。
そんな中で沙希は重い口を開けた。
「……その女の子は男の子のことが好きなんですか?」
「そんな軽い関係じゃないネ。命そのものヨ」
「男の子の大切な人、父も母も妹もいると言ってましたけど、その方に会えたのでしょうか?」
今度は、鴨志田さんが質問した。
「それは聞いてないネ。だから言えないネ」
「めっちゃ重い話なので、何と言ったら良いのかわからないけど、今、その女の子は幸せですか?」
「うん、幸せ。だって自分の命と一緒なんだもの」
訛りも何もない綺麗な日本語でメイはそう答えた。
そして、こうも言ったのだ。
「自分の命が、もし危険な状態になったら、その女の子はその原因の元をきっと殺すネ。それが男の子と女の子の幸せのためならネ」
沙希は何も言えず、ただメイを見つめていた。
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