遺産
何某 名無し
遺産
森の中、獣道の上を何重にも重なった足音が走っていく。その中で俺は聞いた。
「で、一体それはなんなんだ?」
ずっと走り続けているため息が上がって上手く声が出せない。そんな俺を何人もの人が追い抜いていく。
「よく分からない。でも多分すごいものだよ。」
一方「デンシ」は平気そうに答えた。何か負けたように感じて腹立たしさを隠しながらも聞き返す。
「よく分からないってなんだよ。」
「見れば分かる。ほら着いた。」
鬱蒼とした森が一気に切り開いた。目の前に現れたのは崖だった。広大に広がる森の一角が山肌を晒して崖のように崩れている。まるでメロンをスプーンですくったように山肌の一部が削られていた。先日の大雨と昨日の地震によるものだとすぐに想像がついた。
「なんだ、あれ。」
俺は呟いた。崖の一番上、明らかに土や岩とは異なるもの、物質がそこに埋もれていた。山肌の一部が影を落したように黒くなって異様な存在感を醸し出していた。直径五メートル程の円状にその物質が頭を出していた。それは十五年生きてきて初めて目にするものだった。
「な?すごいだろ?」
「デンシ」はまるで自分が見つけたかのように自慢した。
「ああ、確かに。これはすごい。」
驚きと衝撃で側頭部を何度も殴られる。
「でも、――あれはなんなんだ?」
「だからよく分からないって。今調査隊を組んで調べているところだってさ。」
その物質の前に足場が組まれていて多くの大人が頭を悩ませていた。大人たちが組み立てている仮設は俺にでも容易に想像できる。これは明らかに――
「これってさ、古代文明のものじゃない?」
「デンシ」はそう問いかける。そう、恐らく古代文明のものだろう。今よりも高度な文明を持っていたという古代文明。魔法を使わなくとも火が自由に扱えたり、馬車よりも速い乗り物が存在していた文明だったと聞かされているがその詳細は分かっていない。そんな文明の残り物。いや遺産というべきか。
家に戻ると町は大騒ぎだった。多くの人が今からあの遺産を見に行こうとしていた。見てきたものは光景を知人に話し、それを聞いた者はそれが何か考えていた。答えを出した者は他のものと答え合わせをしている。
収穫祭の時よりも賑やかだった。こんな辺鄙にある町の近くに古代文明の遺産が見つかれば都からの派遣もあるだろうし、何かわかれば大発見だ。この町は一気に有名になる。具体的な将来像はないが、みんなどこか明るい未来を感じていた。
「すごいな。みんなあれの話をしている。」
「そりゃそうだろう。あんなものがこんな町の近くから出てきたんだ。俺だってわくわくしているよ。」
「おい、おまえたち見に行ってきたのか。」
声を掛けたのは武器屋のおじさんだった。ふくよかな腹を揺らしながらこちらに近づいてくる。
「一体何が見つかったんだ。」
「アレは――なんていえばいいんだろう。」
横目で助け舟を求めた。仕方ないから出してやる。
「あれは多分古代文明の遺跡かなにかだと思う。まだ表に出てるのは一部分だったからよくはわからないけど、かなり大きなものみたいだったよ。」
おじさんは「やっぱりそうなのか。」と呟いた。町の中では古代文明の遺跡という答えが出ているようだった。
俺たちの横を町の兵士数人が通り過ぎていく。その真ん中に囲われるように一人の男性が歩いていた。町にこんな人のかと不思議に思えた。
「おお、あいつ久しぶりに外に出たのか。そうかあいつは詳しいもんな。」
「え?あれ誰?」
おじさんの独り言に「ゲンシ」は疑問を投げかけた。
「ん、ああそうか。お前たちは面識がないのかもな。あいつは「ガクシャ」だよ。町で一番頭が良いんだが、性格に難があって引きこもっていることが多いんだがこの騒ぎで引っ張り出されたな。」
俺も「ゲンシ」も「ガクシャ」とは面識がなかった。確かに見た目根暗で頭はよさそうだった。「ガクシャ」と兵士たちは遺産の方へと早足で足を進めて行った。
日が暮れ始めても町はまだ騒いでいた。町のいたる所で仕事をしろと怒られているのを見た。それを横目に俺は家の仕事の手伝いをしていた。うちは酒屋を営んでいて、俺は学校を卒業した今年から父の手伝いを本格的に始めていた。
俺は最後の樽を馬車の荷台に乗せ、配達を全て終えようとしていた。家路に着こうとすると丁度「ガクシャ」と兵士たちが帰ってくる所に出くわした。遠目からではよく分からないが、どうやら言い争っているようだ。近づいて様子を伺うことにした。
「でたらめを言うな!」
兵士の一人の声がはっきりと聞こる。
「でたらめではない。事実だ。」
そう言ったのは「ガクシャ」だ。兵士に負けない大声で返した。
「もういい。もうお前の力は借りない。」
別の兵士がそう言い返すと兵士たちは戻って行った。「ガクシャ」も悪態を吐き自分の家へと帰ろうとする。ふと俺は「ガクシャ」が言っていた「事実」というものに興味を持ってしまった。これは俺も仕事をしろと父親に叱られるなと思いながらも「ガクシャ」に声を掛けた。
「あなたが「ガクシャ」?」
「ガクシャ」は横目で俺の姿を確認する。近くで見ると意外と若いことがわかった。年齢は俺より少し年上か。
「ああ、いかにも。悪いけど俺は忙しいんだ。」
そう言い放って足を進める。俺の名前さえ聞かないのは俺に興味がないからだろう。でもこっちには興味があった。
「さっき言っていた、「事実」ってのについて聞かせて欲しいんだ。」
「ガクシャ」は振り向くとやっと俺を両目で見た。
町外れにある「ガクシャ」の家は今にも崩れ落ちそうだった。昨日の地震で崩れなかったことが不思議に思えるほどだ。その学者の家で俺はお茶を飲んでいた。上手くも不味くもないお茶を一口運んで「ガクシャ」が来るのを待っていた。「ガクシャ」は「ちょっと待ってくれ」と言い残し部屋の奥へ消えてしまった。
家の中には表紙を見るだけで頭が痛くなりそうな本が山済みにされていた。壁にはどこのものか分からない地図や、何かの方程式が書かれた板が部屋を囲んでいた。まさに学者の家だった。
上手くも不味くもないお茶を四口運んだところで「ガクシャ」は戻ってきた。両手に大量の本を抱えて。
「これを見てくれ。」
「ガクシャ」はそう言うと持ってきた本を次々と開き始めた。どれも何かに関連したページらしいがよくわからない。どうも俺たちが使っているものではない言語で書かれているようだ。
「これは古代文明のものだ。」
説明を促す前に本人から口を開いた。
「古代文明?そんな昔のものが残っているのか?」
「ああ、俺はずっとこの本の翻訳。解析をしていた。そして、ここを見ろ。」
そういいながら指差した先には絵があった。鮮明に映し出された、まるで見たままのような絵だった。そしてその絵は見覚えがあった。
「これって――」
「ああ、今日見つかった遺跡だ。」
絵は巨大な遺跡のようなものが描かれていた。俺たちが知っているものとは多少形状が違うが同類のものだということは察することができる。あれはやはり古代文明の遺跡の壁の一部だということが分かった。確定した事実に心臓の動きが早まる。
「これは一体何なんだ。」
興奮を抑えながら聞いた。「ガクシャ」がは悔しそうに首を横に振った。
「わからない。まだ、全てを翻訳したわけではない。」
少し残念だったが、興奮が少し醒めて冷静さが戻ってきた。「ガクシャ」は言葉を続けた。
「ただ、これは危険なものだということは確かだ。」
「危険?」
「ああ、古代の人々はこれを危険だからと地中深くに隠したらしい。そこまでは翻訳できた。」
「もしかして「事実」っていうのは――」
「そうだ。このことだ。しかし、あいつらは信じなかった。どうせ見世物にでもする気なんだろう。だから俺は全て翻訳しもう一度あいつらに見せてやる。」
「ガクシャ」は悔しそうな顔をしながらも、目は決意で満ちていた。
それから俺は暇を見つけては「ガクシャ」の家へ行くようになった。どこまで進んでいるのか気になって仕方がなかった。それと同時進行で遺跡の調査は進んで行った。そっちは未だに「ガクシャ」の危険なものだという警告を否定していた。
町は少し興奮が収まり、少し前の日常に戻っていた。それでも誰かが口を開けば遺跡の話が出てきた。
遺跡が見つかって一ヶ月が経とうとした時、調査員の一人が謎の病に倒れた。その五日後にはまた一人同じ症状で倒れた。三人目が倒れると町の人々は恐れ始めた。これは古代文明の呪いじゃないかという人まで出た。俺はやはり「ガクシャ」の言ったことは正しかったんだと思った。
それでも調査は留まることはなかった。それに反対するものも多くはなかった。遺跡が一体何なのか。それが分かれば町は発展する。そのことしか頭にない人が殆どだった。
「おい、今日はとうとう壁を破って中に入るらしいぞ。」
そう知られてくれたのは「ゲンシ」だった。俺は嫌な予感がした。壁を壊したら今まで以上のことが起こるんじゃないかと不安が襲う。気になって現場を見ることにした。「ゲンシ」も一緒だ。
遺跡の周りに着くと大勢の見物人が先を越していた。丁度壁を壊そうとしていたところだった。一体何が起こるのだろうか。不安を抱きしめながらもその様子を見ているしかなかった。
「おーい。」
後ろから声がした。振り向くと「ガクシャ」が走っていた。
「やっと分かったんだ。あれはやはり危ないものだ。今すぐにでも止めさせろ。」
こんなに焦った「ガクシャ」は始めてみた。相当まずい状況らしい。
「あれはなんなの?」
横から「ゲンシ」が聞いた。「ガクシャ」は一度呼吸を整えて答えた。
「あれは「使用済み核燃料」というものらしい。昔にエネルギーとして使っていたものの残りカスで――」
その言葉の後ろで遺跡の壁が崩れた音と歓声が聞こえた。それと相対して「ガクシャ」の顔が見る見る青くなっていった。
完
遺産 何某 名無し @nanigashinanashi
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