不死人のコンチェルト
虹音 ゆいが
【1】世捨て人と死神
「なぁフェロー」
「どうしたの? アリシア」
フェローと呼ばれた少年が問い返すと、アリシアと呼ばれた少女がリンゴを齧りながら気だるげに言う。
「今朝、酒場のバカ共が話してたんだけどよ。ここから遠いとこに死なねえ人間がいたんだってさ」
「そうなんだ。どこにでもいるもんだね……あれ? いる、じゃなくて、いた? 過去形?」
「ん。なんか色々あって死ねるようになったって。神だとか邪神だとかと喧嘩してどーたらって」
「何それ。曖昧過ぎて訳分かんないよ」
「俺も小耳にはさんだ程度だから知らねぇよバカ」
少女らしからぬぶっきらぼうな口調で肩をそびやかし、アリシアはリンゴを投げる。キャッチしたそれに齧りつきながらフェローは空を見上げる。
「けど、やっぱり人を不死にするとなると神様が関わってくるもんなのかな。畏れ多くも神様の〝加護〟を受けた僕達みたいに」
「へっ、加護? バカ言うなよ。ありゃあただの〝慈悲深き嫌がらせ〟だ」
「ははっ、言い得て妙だ」
笑うフェロー。どこか、自嘲気味に。
「ま、どうでもいいか。他人が死ぬだの死なないだのなんて」
「だな。俺達は俺達の為に、殺し、殺される。それだけだ」
二人は立ち上がり、相対する。互いの得物を握り締めながら。
「いい加減慣れて来たよね。慣れたくもなかったけど」
「ホント、性格悪い死神様だぜ。……んじゃあまぁ、やるかぁ!」
フェローは構えたレイピアを勢いよく刺し出し。
アリシアは振り上げたハンドアックスを振り落とす。
彼女の心臓が射抜かれ、彼の頭は砕かれる。
二人は、笑っていた。
「これで、何回目、だっけ……?」
「153回、だ……忘れん、なし」
未だ、道半ば。
不毛な殺し合い。否、〝削り合い〟は、続いていく――――
――――クソみたいな人生だった。
両親もクソだったし、生まれ育った村もクソだったし、住んでいるヤツもクソだった。いや、あっちからすれば僕の存在そのものがクソだったのかもしれないけど。
ボロ雑巾のように一日を過ごし、ゴミみたいな食事を胃に放り込んで目を瞑る。その繰り返し。安易に死を選ばずに生き続けた僕を誉めてもらいたいくらいだ。
もっと大人になれば。村を出れば。まともなヤツに出会えれば。ありもしない幻想に縋りながら泥水をすすってきた僕は、17の時にようやく結論に至った。
ああ、生きてる意味なんてない、って。
けど事ここに至り、僕は迷った。どうやって死のう、と。
難しい話じゃない。このご時世、死なんてどこにでも転がってる。でも出来る事なら心安らかに死にたかった。
じゃあ、自殺? ロープでも短剣でも何でもいい。でも、自殺なんかしたら最初から最後まで人生の敗北者みたいじゃないか。そんなクソな終わり方もイヤだ。
そんなこんなで死に方に迷ってる時、一人の少女が村を通りがかった。アリシアと言うらしきその少女は、とある洞窟を目指しているらしかった。そこには死神がいるのだ、と。
これだ、と思った。死神に殺されるならいいかな、って。今思えば、まったく意味の分からない動機だけど。
アリシアにそんな本音を正直に話すと、同行を許してくれた。道中でぼんやりと話を聞いたけど、だいたいボクと同じくらいのクソな人生を楽しんできたらしい。
つまり、彼女は僕と同じだった。旅は道連れ、僕達は意気投合して死出の旅を行く。
そして、ようやく辿り着いた洞窟。近隣の住民は勿論、無法者達もけして寄り付かない場所らしく、僕達はますます期待を高めた。
その期待通り、洞窟の奥地には本物の死神がいた。人間のようで、けれど翼を持つ異様な存在。彼、あるいは彼女は僕達に言った。
「死にたい人を死なせてあげるって、ちょっとつまんないよね」
そう言いながらも、手にしていた身の丈を超す大鎌を振るう死神。僕達は体を真っ二つにされ、死んだ。死んだはずだ。
「はい、おはよう」
でも、死ななかった。切り離された体は元通りに修復され、僕とアリシアは互いの手を取って立ち上がった。
「君達、死にたいんだよね? んじゃ頑張って死んでみようか。あと、999回」
多分、僕達は同じような顔をしてたんだろう。死神はうざったい笑みを浮かべた。
「あぁ、自殺は無しね。誰かに殺されないと、君達死ねないから」
言葉が出ない。自殺が出来ない、という事実よりも、その前に言われた『999回』という言葉がずっと頭に引っかかっていて。
「今あげた1000の命の内、999個潰したらまたここに来なよ。その時は、改めて殺してあげるから」
じゃね、と素っ気ない言葉を置き去りに、死神はふっと消えてしまった。どれだけ叫ぼうと、どれだけ暴れようと、虚しく響き渡るばかり。
気まぐれな死の神の置き土産。それが、この不毛な延長戦の始まり。
1000個の……今は999個に減った無味乾燥な命を、どっかの誰かにプチプチと潰して貰う為に。
僕達は生き続ける――――
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