4-3

 屋上での一件以来、咲理と依桜が一緒に過ごす時間は次第に増えていった。特に咲理が一人で過ごしていた屋上での時間は、やがて依桜と過ごす時間に変わっていた。


「ねぇねぇイオイオ、一つ訊いても……いい?」


 下校中、咲理は並んで歩く依桜に尋ねる。自分に向く依桜に、咲理は恥ずかしげに頬を掻き、


「すごく今さらなんだけどさ、どうして私と仲良くしてくれるようになったの?」

「あら、咲理ってそういうの気にする子? てっきり周りに縛られない子だと思ってたけど」

「気にする人ですけど、悪い? 私は……その、イオイオが話し掛けてくれて嬉しかったし? よくみんなとはしゃべってたけど、私とはなかったから。って、こんなこと言わせないでよ恥ずかしいなあもうっ」


 ほんのり赤面してブンブン腕を振る咲理に、依桜はくすっと微笑んで、


「どうして、だって? ふふ、ナイショ」

「えー、どうしても?」

「うん、ナイショ」


 依桜がそう言うので、咲理はそれ以上訊くことはしなかった。

 そうして駅前の別れ道に差し掛かったところで、両者はバイバイと挨拶を交わし、それぞれが帰路を辿ってゆく。


(はぁ、これからどうしよっか。宿題片付けて、それで……)


 帰宅したところで暇だろうし、それに妹のいない寂しさを思い出してしまう。

 つまらなさそうに、ぼんやりと咲理が思い巡らせていたその弾み、


「渋谷咲理さん、だね?」


 背後から声を掛けられた。聞き覚えのない声。誰? と咲理が振り向けば、


「はじめまして。キミに教えたいゲームがあって声を掛けさせてもらったよ」


 数多の人々が忙しく行き交う中、そこに居たのは白い少年だった。耳元を覆う、首元まで届く柔らかで雪のような銀髪。咲理に向ける、目鼻筋通った繊細な顔立ち。色白の肌。年齢は咲理と近いだろうが、細い眉、整髪料で整えられた髪と、同年代の男子にはあまりない大人らしさが一目で垣間見えた。

 とはいえ初対面の男からの誘いに、人懐っこい咲理には珍しい警戒の目つきで彼を見て、


「あのぉ、どなた? ゲーム? 私、テレビゲームとかはあまり遊ばないんですけど」

「大丈夫、身体を動かすことが得意な渋谷さんにピッタリのゲームだから。ゲームの概要、インストール方法はメールで送っておいたよ。あとで参考にしてね」

「ちょ、ちょっと待ってよ!? それにどうしてメルアドを知ってるのっ!」


 咲理が携帯電話を手に取れば、すでに一着のメールが届いていた。『《Fenrir2》の招待』という件名で。

 銀髪の男は恋人を相手取るように、慣れた手つきで咲理の栗色の頭に掌を乗せ、


「寂しい思いをしている同年代を助けたいんだ。僕自身、身よりがなくてね。フェンリルならたくさんの仲間ができるよ、きっと」


 寂しい、そんな一言に思わず目配せを変えた咲理に、少年は見計らったタイミングでスマートフォンを彼女に示し、


「もう一つ大事なことがある。このゲームの価値は世界を掌握できてしまうことにあるんだ」

「セカイ? へ、へぇ……、ゲームをやりすぎるとそういうこと信じちゃう人になるんだ」

「はは、簡単に信じられるはずないよね。そう、にわかに信じがたい現象を起こすこのアプリは、所有する者にしか理解されないから」


 優男は終始大人びた顔を浮かべるも、別れのあいさつ代わりにフランクなウインクで、


「ともかく、僕が送ったメールを見てほしい。そうすればきっとフェンリルに踏み入るはずだから。それでは」

「待って、訊きたいことはまだたくさん――……」


 咲理は追求しようとした。だが、すでに少年はいない。瞬きをする間に彼は姿を眩ました。


「あれ、どこ?」


 キョロキョロと咲理は周囲を見回す。すると背後から、


「――――言い忘れていたけど、僕の名は白神しらがみおぼろ。また渋谷さんに逢いに行くよ」


 肩に手が添えられてすぐに振り向けば、名乗った少年は携帯電話片手に白い歯を覗かせ、


「待っているよ、キミの参戦を」



 椎葉依桜の取り巻く状況を傍観していた千石雅志は、確かに目撃した。


「誰だよ、今の男」


 普遍的な女子中学生が送るようなそれまでの学校生活において、明らかに異質な存在。さらに彼女らと《Fenrir2》の出会いのきっかけ。それを今、雅志は確かに見た。


(椎葉先輩の後をつけてたら睨まれて、これ以上怪しまれるとマズイから仕方なしに渋谷咲理のほうを追ってみれば……。あの男……、中高生か? 渋谷咲理にフェンリルを教えた理由は……、ていうか先輩にじゃないのか?)


 とりあえずは声を掛けてみようと、雅志は白神朧に近づこうとした。だが、それは第三者の登場によって止められる。


「――――やめたほうがよい、これは忠告だ」


 少女の声。腕が掴まれているが、その掌は小さい。

 何者? 雅志が顔を向ければ、10歳ほどの見かけをした褐色肌の少女がそこにはいた。


「ほほう、何者? というリアクションをしているな。なら教えてやろう、私は【時の番人】、時を司る神だ。決して其方そなたのような人間ヒトではないことは頭の隅に留めておいてほしい」


 濃い緑の髪は肩に掛からない程度に揃えられ、シンプルな白いワンピースを着用している。


「【時の番人】、どこかで聞いたことが……あ! あの報告書に確か……そうだっ」

「名は千石雅志と言ったか、無論其方がこの時代の人間ではないことは知っているよ。渋谷咲理の過去を追いにこの時代へタイムリープを試みた、だろう?」

「いや、その人じゃなくて椎葉依桜って人の過去をオレは追いに来たんだ」

「ああ、そうか。其方はまだ……。いや、じきにわかるか。ま、何にせよ、椎葉依桜の過去を知りたいのなら渋谷咲理を軸に観察しろ」


 ふんと【時の番人】は鼻で笑い、雅志を金色の瞳で吸いこむように捉え、


「一つ、この世は『時の真実と証明』という定理によって成り立つことを伝えよう」


 そうして【時の番人】は一通りの説明を、要所を掻い摘みながらも雅志に丁寧にした。


 『時の真実と証明』――。たとえば人の生死など、本来起きるべきはずの事象と大きく異なる結果を招こうと過去を変えることは許されない定理だ。もし変化を起こした場合はあるべきはずの未来に影響を及ぼしてしまい、バタフライ効果的に世界の歯車に支障をきたしてしまうからである。


「それゆえに、意図的に未来を変えようとする者はこの私が罰する」

「罰するって、何をどう罰するんだよ?」

「それはあの二人のこれからを見ていけば自ずと知る。今はただ、二人の行く末を黙って眺めていればいい。この世界は其方が見る夢なんかではない、確かなる過去の現実なんだ。つまり干渉すれば未来は変わる。下手に動くなということが、この【時の番人】からの忠告だ」

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