225●『おたくのビデオ』(1991)⑫コスパの悪いラノベ業界の衰退。

225●『おたくのビデオ』(1991)⑫コスパの悪いラノベ業界の衰退。



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 ラノベ界は生き地獄と化しつつあります。

 実際、ラノベのコンテストで賞を取って受賞作を華々しく世に出しても……

 十年後でも本を出し続けている人は、どれほどいるのか。

 いや三年後ですら、残っている人は僅かなのでは?


 これは出版社側の事情もあるでしょう。

 ラノベはビジネスであって、慈善事業ではありません。

 となると、ラノベの編集者にとって、お付き合いする作家さんは……

 一万部売れる十人よりも、十万部売れる一人の方が、コスパが良い。

 あ、コスパってコスプレパーティじゃありません。

 作家十人のうち一人が十万部売れるなら、一万部にとどまる残り九人は退場いただいていいわけです。

 それが現実というところでしょう。


 恐ろしい時代となったものです。


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 ある60歳代作家さんの印税の実例として……


ネットのニュース

●印税と年金で100万円を手にした大藪春彦賞作家が、滞納家賃を全額支払えなかった「納得の理由」【「鶯谷」第二十九話#1】

2024 6/29(土) 8:03配信 現代ビジネス

〈前文略〉

印税が支払われた。

以前と比べるとかなり減額された額ではあったが、刊行部数が減っているのだから仕方ない。偶数月に支払われる年金と合わせると、1,000,000円を超える額になった。

 (これで滞納している団地の家賃も精算できる)


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 この書籍の店頭価格は2000円強なので、かりに印税が10%としたら一冊約200円。

 年金も併せて100万円強を受け取っておられるのですが、かりに100万円が印税としたら、刷り部数は5000冊(推定)となります。

 後日文庫化されて印税が上積みされるとは考えられるものの、2000円のハードカバー本を出して100万円程度の印税……という現実は、やはり厳しいですね。


 いまどき、初任給30万円くらいの企業ってありますよね。そっちの方がさらにボーナスも加算されるし、各種社会保険も福利厚生もつくわけですし、大卒の22歳くらいの人の方が、専業作家さんよりもずっと生活が楽ってことになりませんか?


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 ということで、いまや会社員であれ主婦であれ、年金生活であれ、日々の生活が成り立つベースを確保しておかなくては、小説など書く余裕がないのが道理でして。


 まあしかし、今に始まったことではありません。

 ニッポンの昔ながらの明治大正昭和の文豪様は、たいてい裕福な家庭で親ガチャ大当たりの方々が多いのです。そりゃそうでしょう、現在だけでなく将来の生活も心配せずに書けるのですから。

 中にはボンビーな環境で奮闘し、高い評価を得たチートな文筆家もおられます。

 しかしその代償は……自身の寿命でした。

 立原道造 24歳、樋口一葉 24歳、北村透谷 25歳、石川啄木 26歳、金子みすゞ 26歳、小林多喜二 29歳、島田清次郎31歳、宮沢賢治37歳……

 最近では、西村賢太 54歳……(以上敬称略)


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 どうにもなりません、時代の推移です。

 昭和の時代において新しい情報や深い知識を得る媒体は、ほとんど書物に限られていました。家庭用ビデオデッキも1980年代は普及途上で、利用できる映像媒体も極めて少なかったのです。

 今はネットが、それに取って代わりました。

 これでは本を書いても売れない、世の中に必要とされない、それが常識。


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 では、これからどうなるのか?


 それが問題です。

 若者人口の減少は続く、書店も減り続ける。

 本はますます売れなくなり、作家はますますボンビーに直面する……


 一つの救いはマンガでしょう。

 ラノベは一作で数万部でも、マンガは数十万部売れます。

 のっけから売上が一ケタ違いますしね。市場も伸びています。

 同じ一冊なら、ラノベよりもマンガの方が「生産性が高い」と言えるでしょう。

 とはいえマンガも大量生産・大量消費で、ともすれば粗製乱造になりがち。

 となると、高品質なコンテンツが欲しいところ。

 そこでラノベです。

 最初から「マンガの原作」としてラノベを採用する。

 つまり「マンガの原作に特化したラノベ」。

 そういった生き残り手段も考えられるでしょう。

 コンテストの入賞枠で「コミック化」を掲げているケースが、そうじゃないかと思いますが……


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 にしても私たちのこの国、大丈夫か??

 ここ十数年のABノミクスで進んだ格差拡大と異次元の円安。

 スーパーの食品の値段なんて、軽く十年前の倍以上ではありませんか?

 たとえば生ウニとか銀ムツ、十数年前はスーパーで普通に買えました。ちょっとお高いけど値引きで半額化したらオッケーでしたよ。

 しかし今、生ウニも銀ムツもあまりに高級化し過ぎて、そもそも庶民のスーパーにやってこなくなりました。料亭に直行して裏金で潤う皆様の胃袋に収まっているのでしょう。

 ここ数年、タコですら高くて手が出ません。

 うなぎだって指をくわえて見るだけです。

 要するにですね、そんな庶民にとっては一冊千円に届かないラノベすら贅沢品、「なるべく買わずに済ませよう、値引きの新古書を待とう」になるわけですよ。


 ラノベ、すなわち昭和以前なら“大衆文学”と呼ばれた出版物が売れる社会環境は、次の二つです。


 ➀終戦直後のように、紙の本しか情報媒体がない。

 ②メチャ景気がよくて、庶民の懐に常に小銭が余っている。


 21世紀の今は、この二つの条件から完全に外れています。

 本が売れるようになる可能性は、この先、景気がよくなること。

 凄まじい円安でも、景気の良い時代はありました。

 昭和の高度成長期ですね、1960年代。

 一ドル=360円の激安固定レート。

 だから庶民は海外旅行なんて一生に一度あるかないか、という時代でした。

 それでも国内景気は右肩上がり、上記の①と②を満たしていたので、紙の本はよく売れました。

 松本清張氏のベストセラー、SFでは小松左京氏の『日本沈没』。

 それから日本は沈没どころかアゲアゲの大発展を遂げ、80年代には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の異名を世界にとどろかせました。


 しかし21世紀。

 失われた30年が、もうすぐ失われた40年になろうとする今、ニッポンの世界での立ち位置は没落の一途ではありませんか。


ネットのニュース

●「円の実力」は過去最低 64カ国・地域で最大の下落

2024 6/24(月) 5:00配信 毎日新聞

円安進行や長年のデフレを受け、「円の実力」の低下が一段と際立っている。国際決済銀行(BIS)が公表している世界64カ国・地域の通貨の実力を示す指標で、円の下落幅が最も大きい状態が続いている。

BISが公表しているのは「実質実効為替レート」(2020年=100)と呼ばれる指標。「ドル・円」など2国間の通貨の交換比率を表す為替相場とは異なり、物価水準や貿易量などを基に通貨ごとの総合的な購買力を測る。

 ◇1970年代より低い水準

BISが毎月公表している統計によると、5月の円の実質実効為替レートは68・65。1ドル=360円の固定相場制だった1970年代前半よりも低い水準で、過去最低を更新した。国・地域別に比較すると、2番目に低かったのは中国の人民元だが、その数値は91・12で日本円と比べ下落幅は小さい。基準年の20年と比べ、通貨の実力が円だけ3割以上落ち込んでいる状況だ。


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 円の価値は今、実質的に「1ドル=360円の固定相場制だった1970年代前半よりも低い水準」ということですね。


 そんなこと、ラノベと関係あるんかい? と一蹴されそうですが、国内の景況感は、多分、かなり敏感にラノベの売上を左右していると思います。


 異次元のドツボな円安は、今後もずっと続くでしょう。

 円高に転じるためには公定の金利を上げねばならず、金利を上げるとその分、国債の形で一千兆円以上も借りている“国の借金”の金利が高騰し、返せなくなるから……とか言われています。

 まあそれよりも、ニチギンさんが円安を是正するつもりなら、とっくにドカンと「アンチ黒田ばずーか」を放って、金利を吊り上げているはずだからです。

 それが、できない。

 世間には言えないけれど、やりたくてもできない事情があるってことですね。


 2024年7月の現在、「景気はよくなってきた」的な報道がされたりもしていますが、昭和世代から見たら、今は完全に真っ黒な偽物景気です。

 昔から、「景気が良ければ物価は上がる、けれど預金の金利も上がる」が常識だったはず。

 昭和の高度成長期は物価高に苦しんでも、それ以上に銀行預金の利息が上がり、高いときには年利7%くらいありましたっけ。当時は同じくらいドカンドカンと賃金も上がりましたし、庶民は貯金を減らさないようにして、利息で家計の赤字を補えたのです。


 しかし今は、ルンルンな好景気並みに物価だけは上がっても、賃金は上がらず、貯金の利息はずーっとゼロ近く。

 普通に、不自然です。

 経済の仕組みが、どこかで人工的に捻じ曲げられている感じがしてなりません。


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 余談ですが、巷によく喧伝される「少子化対策」、あれ、政府が本気でやるつもりなら、十年よりもっと前にドカンとやっていたはずですよ。それがズルズルと小出しになって、一向に効果を上げないのは、政府がもともと「やるつもりがない」からでしょうね、たぶん。

 やる意志が固かったら、とっくの昔にやってるはず。

 だって、増税は(社会保険料に上乗せするステルス増税も)チャッチャと立法し閣議決定して、半年くらいで実行してるじゃないですか。

 少子化対策も、増税並みの“やる気”があれば、ニッポンの人口、コロナ前に増加に転じているのでは?

 とすると、政府のホンネ、こんなところではありませんか?

 「この国の人口、六千万人くらいに半減させた方がいい」……と、

 幸か不幸か、あと20年もしたら、“団塊の世代”のご老人世代が続々と鬼籍に入られて、経済生産性の低い高齢者層が激減します。

 政府が抱える年金や社会保障の負担も、高齢者層が半分くらいに減れば、政府の予算支出が相当楽になります。

 そうやって人口が半減したところで、人口ピラミッドのバランスの改善を待つのでしょうね。


 つまり、「出生率を上げて若者人口を増やそう」ではなくて、「老人層が亡くなって減るのを待とう」というのがホンネってことかもしれません。

 あと20年も待てば(そう、ここまでたら、あと、たった20年で)人口の逆ピラミッドの、エリンギみたいに開いた傘の部分が“亡くなる”はずですから……


 労働力の不足は、“国籍無き移民”でまかなうか、地方の過疎地を計画的にどしどし無人廃村化して、労働力の需要を都市部に集約する……すなわち、必要とする労働力自体を規模縮小して解決をはかることも考えられます。


 そういった発想が現れたのは、災害時や非常時にさいして、事前に「計画●●」をやり始めた頃でしょうね。2011年の東日本大震災以降ですか。

 すなわち、「計画停電」「計画運休」「計画休業」……

 困難に打ち勝って、それでも電気を送る方策を、それでも列車を走らせる方法を考える……ではなく、「最初からやめとこう」……への発想転換です。

 最初から事業者側で、「この部分の需要は不要」と割り切って、防御的にコストとリスクを回避する。経営判断としては正しいのでしょうが、それによって失われる社会的利益とのバランスは常に課題となるでしょう。


 「計画●●」が乱発され、その防御的な考え方が社会に拡大すれば、問題を解決するために積極的に努力するのはやめて、仕事を規模縮小して、当面の利益さえ確保できればいいさ……と、発想が後ろ向きに委縮してこないか、ということです。


 そういえば、「計画●●」の言葉の元祖に「計画倒産」というのがありましたね。


 今の社会は、「リスク回避・当面の利益確保」に終始しているのでは。

 「リスクに立ち向かって将来的に利益を上げよう」ではなくなっていく。

 いずれにせよ、先行きの明るい生き方ではないような。


 何もかもが、後ろ向きになっていく……

 なんかこう、未来の希望って、一体どこにあるんでしょうか?



     【次章へ続きます】

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