193●この国が良くなる気がしないのは、なぜだろう?⑧『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公はロスジェネ世代。

193●この国が良くなる気がしないのは、なぜだろう?⑧『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公はロスジェネ世代。



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 あくまで私個人の感想ですが、ここ十数年のアニメの主人公たちの、大まかな傾向として……

 一人で活躍する“おひとりさま物語”の勃興と、“家族愛なんてめんどくさい”といった、“家族の断捨離”的な感覚が浮かび上がってきたようです。


 その背後に流れるのは、“家族の崩壊”。


 これは単なるアニメの流行ではなく、私たちの実社会の家族像をかなり正確に反映しているように思われるのです。


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 “家族愛至上主義”から“おひとりさま物語”へ。


 このパラダイムシフトを如実に映像化した超大作こそ、TVアニメの『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)に始まり、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||……(EVANGELION:3.0+1.01)』(2021)に終わった、あの壮大にして難解な叙事詩ではないかと思います。


 あの衝撃的な第一話から、完結まで26年。

 四半世紀をかけて連綿と描かれ続けた巨大なストーリーの本質は……

 “親殺し”でした。


 エヴァが親殺し(父殺し)の物語であった……という解釈は、すでに三年前、2021年の完結当時から様々な媒体で論じられてきましたので、皆様には旧聞もいいところですが、避けて通れるお話ではありませんので、何卒お許しのほどを……


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 まず、TVシリーズから。

 放映された1995年に“14歳”の設定で画面に登場した碇シンジ君たち主人公チルドレン。その年齢に着目しましょう。

 作品中の年代は、「時に西暦2015年」なのですが、このアニメ作品を社会現象としてとらえるならば、「1995年の時点で14歳のチルドレン」たちが主人公に登場したことに意図的な寓意があるとみていいでしょう。

 あくまで青年向けというのなら、青年を主人公にしているでしょうから。


 実際の視聴者は中学生よりも、けっこうなオトナたちでしたが、少なくとも作品の意図として、「1995年の時点で14歳の心を持った人々」をターゲットにしているはずです。


 で、「1995年の時点で14歳」という人々は、何かというと……

 就職氷河期の世代、いわゆるロスジェネに当たりますね。


 「就職氷河期は、日本における新卒に対する有効求人倍率の低水準時期。主にバブル崩壊後の1993年から2005年に学校卒業・就職活動していた年代を就職氷河期世代という」(ウィキペディア)ですから、そのまま年を取ればシンジ君たちは氷河期の渦中で中卒・高卒となり「2003年の時点で22歳の大卒就職年齢」。

 あの悲惨な就職氷河期の中でも後期の、「どっぷり氷河期」組に当たるでしょう。

もう、とことん良いこと無しのロストジェネレーション。


 1995年の放映当時に、そのことが予測されていたわけではありませんが、社会現象として、エヴァの物語はまさに“ロスジェネ・チルドレン”たちの茨の道中に重ねて受け止められたわけです。


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 「1995年の時点で14歳」という子供たちの境遇を考えてみましょう。

 これまでの章で述べてきましたように、1960~70年代に全国に増殖し、少なくとも80年代まで猛威を奮ってきた「スパルタ親父と教育ママ」という家庭内怪獣は、かれらチルドレンの幼児期を脅かしていたはずです。


 「いい学校、いい就職、いい結婚(その後は親孝行)」を保育園の時点どころか、とにかく物心ついたときから擦り込まれて育った世代ですね。

 「親として、ウチはそんなこと教えてない」とおっしゃっても、陰に陽に、そのように指導しておられたはずです。「あんな下品な子たちと遊んじゃダメよ」とか。「ほら、あんなに汚らしい、貧乏くさい仕事をしたくないでしょ」とか、偏見に満ちた言動も、家庭内でしたら平気だったのではありませんか?


 私も、日曜大工で玄関のペンキ塗りをしていたら、通りかかった上品そうな母娘に「ったな~」なんてバカにされたことがあります。そりゃペンキ塗りですから業者風のそれ用の作業着を着るわけでして、見た目はキレイじゃないですけどね。

 数年前でもそうですから、昭和の時代のスパルタ親父と教育ママの子供たちへのプレッシャーは相当なものだったでしょう。「あんな汚いお仕事をしなくてもいいように、勉強頑張るのよ!」とね。


 それに加えて……

 就職氷河期。

 すなわち、バブル経済の崩壊後に、企業のリストラが吹き荒れた時代です。

 大学を卒業して、晴れて就職活動したら、お目当ての会社ではギロチンが大活躍のクビキリ大会。

 会社説明会では「年功序列で終身雇用の時代は終わりました。皆さん実力主義・成果主義で競争し、正社員の座を自ら勝ち取るのです!」ですよね。

 苛烈な競争、そして就職したとたん、互いの足の引っ張り合いと蹴落としあいのブラック労働。

 2020年代の今も、実態はそれほど変わっていないでしょう。


 この、踏んだり蹴ったりの戦場でなおも、スパルタ親父と教育ママから「いい会社に行きなさい、いい家柄の人と結婚なさい」を強制されたら、たまったものではありません。


 すなわちそれが、エヴァの物語だったのだと、今になって思います。


 大ヒットして社会現象になるはずです。

 エヴァに乗せられて必死の形相で使徒と闘うチルドレンこそ、彼らロスジェネの若者たちだったのですから。


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 だから1995年の放映第一話。

 エヴァに乗りたくないとグズるシンジ君。

 当たり前です、突然もいいところですから。

 しかし「乗らないならクビ」とばかりに強制する父親ゲンドウ。


 思い返せば、驚きモモノキのお話です。

 ロボットアニメなのにロボットに乗りたくない主人公!

 それも、こんなにメソメソと嫌がる少年は、ニッポンのアニメの歴史で初めてではありませんか?

 まあ、アムロ君も一時、ガンダムの乗車拒否をしてましたが、営倉にブチこまれるなど制裁を受け、しぶしぶながらかパイロットに復帰してましたね。アレって、思えばT塚ヨットスクール的なスパルタ指導ではありませんか?


 ともあれ、第一話だけでなくその後も延々とエヴァアレルギーとでも言うのか、何かと逃げ出すシンジ君はガンダムならブライト役にあたるミサトさんを散々手こずらせたわけでして……


 これ本当に、凄いアニメでしたね。まさに革命的というか。

 よく考えてみれば、使徒との闘いは戦争そのもの。敗けたら死ぬんですから。

 そんな、えげつない環境へ追いやる実父ゲンドウと指導役のミサト。

 鬼親と鬼教官です。

 しかも二人とも、基本、安全な場所で指令だけしてるんですよ。

 その点、実社会の労働環境と同じ。恐るべきリアリティです。

 

 文字通り、「スパルタ親父と教育ママ」なんですね。


 そこへ登場する包帯少女のレイ。

 ボロボロヘトヘトでも、エヴァに乗ろうとします。


 こののち、エヴァに進んで乗り、やる気満々の少女アスカが加わります。

 さらに新劇場版で、マリ・イラストリアスが飄々とやって来ますね。


 シンジ、レイ、アスカ、マリの四人のチルドレンは、いわば、スパルタ親父と教育ママのもとで、エヴァという過酷な受験勉強を「運命として」課せられた子供たち……と化体させることもできるでしょう。


 『新世紀エヴァンゲリオン』は、いわば、「ネルフ家で、家長ゲンドウの強制によって、厳しい家庭教師ミサトの指導のもと、生死をかけたえげつない受験勉強を強いられる子供達チルドレン」の物語として読み取れるわけです。


 四人のチルドレンは、自分たちなりの個性でスパルタな受験勉強に対処していかざるを得ません。

 四人の性格がそれぞれに現れます。


 シンジ君は、受験勉強の「敗者」。落ちこぼれです。テストが苦手で登校拒否することも。(たまに勝って調子に乗るとディラックの海に落ちてます:第16話)

 レイは「殉教者」。ゲンドウ、そしてシンジのために無理を重ねてもエヴァで戦います。彼女の戦闘は常に利他的です。誰かのために身も心も捧げます。貧乏でも親孝行で苦学するタイプ。

 アスカは「勝者」。他者に褒めてもらうために努力してエヴァに乗り、承認欲求を満たすことで人生の勝利感を味わおうとします。つまり受験勉強の優等生。

 マリは「天才(天然)」。アスカでも苦労してエヴァを操っているのに、マリは天才的にエヴァに適合し、エヴァの操縦を心から楽しみます。こちらは受験勉強に心労ゼロで最高点を取る、コンチクショーな天才肌ですね。


 この四人の子供たちをビシバシ鍛える鬼教官すなわち、鬼家庭教師がミサトです。

 一方でミサトはシンジやアスカと同居して、「母親代わり」の役割を果たすことにもなります。(といってもやることは破茶滅茶ハチャメチャですが)

 

 つまり……


 TVシリーズとその後の劇場版は、名門校インパクト大学を目指して使徒試験の突破をねらうネルフ家の当主ゲンドウが、汎用決戦テキストの参考書エヴァをマスターさせるべく、鬼家庭教師のミサトを使って(ゲンドウは父親のクセに自分で教育する自信がない)四人の子供たちをビシバシとスパルタ教育する物語なのでした……。


 これ、ほぼほぼ『ぷちえゔぁ』な世界観になっちゃいますが、まあ、あんなイメージでスパルタ化したものというか……




  【次章へ続きます】



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