05●『未来少年コナン』(4)メカのリアリティ…“アニメ界のザ・シップ:バラクーダ号”
05●『未来少年コナン』(4)メカのリアリティ…“アニメ界のザ・シップ:バラクーダ号”
さてもうひとつは、艦船の描写です。
『未来少年コナン』は、アニメ全史を通じて、CG作品を除けば、船が船らしく描けている、ほぼ唯一といえるほど貴重な作品となります。
まずは、バラクーダ号。
バラクーダ号は外洋ではもっぱら帆走、出入港時には木炭エンジンを使用し、船尾の一軸のスクリューで推進する“
最高速力十二ノットとされますが、三年前に来日したメキシコ海軍の練習帆船クアウテモク号が帆走時の速力十三ノットということですので、まずはリアルな性能でしょう。
“大変動”後に建造(もしくは既存船体を大規模改造)された船で、離島からプラスチップを回収しインダストリアへ輸送する任務に就いています。
物語が始まる直前の時点で、おそらく無害な交易船を装ってハイハーバーを訪れ、ラナを誘拐してインダストリアへ向かうが、途中でラナが一人で逃亡し、のこされ島へ漂着したと思われます。
ラナの誘拐には、バラクーダ号の船体左右に搭載している上陸艇がもちいられたはずです。このときラナは乗組員による上陸艇の操作を間近に見ており、その記憶を頼りに、第8話でみずから上陸艇を発進、操縦もこなしたのでしょう。ホントに凄い女の子です。
プラスチップの運搬からラナ嬢の誘拐まで、よく働くバラクーダ号。
船体の色はいまひとつ、赤っぽい茶色ですね。
これはたぶん、船の水線下に塗装する
港に落ち着くことなく、ひたすら航海に明け暮れ、過酷な環境で潮風にさらされるバラクーダ号。錆びは大敵です。外見を気にせず、徹底した実用本位の船……ということですね。実際、防錆塗装の上から化粧ペイントを施しても、たちまちハゲてしまい、見た目がもっとみすぼらしくなってしまうのが実情でしょう。
さらに外見の最大の特徴は、船体の断面が大戦中の潜水艦みたいに、左右に向けてタンク状にもってりと膨らんだ形であること。タンブルホーム船型といい、戦前のフランス製戦艦に多用されました。
日露戦争の日本海海戦で敗れたロシアのバルチック艦隊の旗艦クニャージ・スウォーロフがそうですね。これも設計がフランス由来の戦艦です。
このもってりしたブタブタ形の下腹ぽっこりな船体には、用船環境に応じた大きなメリットがあります。
一般的な、舷側が垂直に立った船型に比べて、上甲板を細く絞った形状になるため、水面上の船体容積が小さくなるのです。
ということは、それだけ、水面上の船体重量を小さく抑えられるのであり、その結果、重心が下がって船体のトップヘビーを避け、復元性能が良くなるのです。
つまり、船体がググーッと傾いても元に戻りやすい……すなわち“転覆しにくい”構造なのですね。単船で危険な荒海を越えるのですから、これは大変重要なことです。
まあ見るからに“座りのよさそうな”体形、“起き上がりこぼし”みたいなものです。
というのは、船体の上に長大なマスト(たぶん金属パイプに木材を張った“鉄骨木皮”と思われる。“大変動”で巨木はなくなっているので)を立てているわけで、それだけでも重心が上がりがちです。その重量を安全に支えるためには、重心が低く、どっしりと座りのいいタンブルホーム船型がかなっていると思われます。
その代わり、一般的な船体に比べて“波切り”は悪くなります。
舳先でかきわけた波が船体左右のふくらみにまとわりつき、相当な造波抵抗を受けると思われます。
つまり、速度が出にくくなるということでして。
哀しいながら、デブです。やむをえません。
その結果、船体をほっそりと整形したかっこいいクリッパー型の帆船……例えばカティ・サーク号……などは二十ノット以上を発揮できるのに比べて、バラクーダ号はせいぜい十二ノット、ということになります。
最高速力二十四ノットのガンボートに、やすやすと追いつかれてしまうわけです。
もうひとつの問題点は、水面下の船体がカマボコを逆さにしたような形状になるため、左右に揺れる…ローリング…しやすくなるということです。
復元性能はいいのですが、左右にゆらゆら……と揺れやすいと、船内での作業、またマスト上での作業には深刻な支障をきたしますし、船酔いの元にもなります。
そこで、バラクーダ号にはビルジキールが設置されています。
船底の左右に、前後に細長~い
漫画『サブマリン707』の707号の船底左右についている、アレですね。
これだけで、俄然、横揺れを軽減できます。転覆防止の特効薬です。
乾ドックに置いたとき、横に倒れにくくする
ビルジキールの存在は作品中の絵から確認することが難しいのですが、第19話で座礁中のバラクーダ号が傾き、舷側で作業していたドンゴロスが干上がった海底に落ちた場面で、背景の船体にビルジキールらしきものがしっかりと描かれています。
大戦中の軍艦はもとより、漁船やレジャーボートでもつけているマストアイテムなので、バラクーダ号にも絶対的に装備されていたものと考えます。
正直、無いと大変ですよ。
さてしかし、ぽっちゃり体形でちょっと冴えないバラクーダ号ですが、操船に便利な超スグレモノ装置を持っております。隠しアイテムですな。
第5話でインダストリアに入港したバラクーダ号、なんと、桟橋に向かって船体をじわじわと“横滑り”させているではありませんか。
“海上カニ歩き”ができるのです。
バラクーダ号には、サイドスラスター(横滑り推進器)がついているのだ!
おそらく、船首と船尾の水面下の船体の細くなった箇所に、左右にトンネル状のパイプを貫通させ、その中でスクリュープロペラを回して、馬力は弱いながら左右いずれにも推進力を発揮できるのです。
“大変動”後のこの時代、港湾設備が破壊された粗末な埠頭に船を着けなくてはならないので、出入港の着岸や離岸を、タグボートの助けを借りず自力で行えるサイドスラスターは必要不可欠な装置であるということでしょう。
ところで現在市販のバラクーダ号プラモデルには、ビルジキールとサイドスラスターが表現されておりません。
ぜひ、付けてやってほしいものです。
フネの入港時には、左舷を桟橋に接岸するのが伝統です。
映画『タイタニック』でも乗船は左舷からでしたね。
旅客機も船にならって概ねそうしていますね。乗り降りはたいてい左舷側です。
海の男の伝統を重んじるバラクーダ号、第5話のインダストリア入港時、また最終話のハイハーバー出航時も左舷から乗り降りしていました。プラスチップを積み込む荷役作業も左舷側で行っています。
ただしガンボートは逆で、インダストリア港では右舷を接岸しています。レプカたちは伝統など気にしていないんでしょうね。というよりも、船の舳先を港の外へ向けて繋留しているということのようです。出港のしやすさを優先しているのでしょう。
さて、海面を漂うコナン君に接近してくるバラクーダ号。
この場合、コナンからみて、バラクーダ号はまず帆柱の先端から見えはじめ、やがて船体が姿を現す……という見せ方になっています。
波のうねりにそれなりの高さがあるので、実際、このように見えると考えられます。ここは釣り堀でなく本物の外洋ですよ……と表現されているのです。
次に、第8話の冒頭で、水中のコナン君がバラクーダ号のスクリューに巻き込まれるシーン。
これ、筆者が見るかぎり、スクリューが後進状態になっていると思います。
バックをかけていることになります。
これはうまく説明できません。謎ですね。
なお、同じ第8話で、ラナがバラクーダ号の船首に縛られて「タイタニーック!」状態になります。これは、船首方向から漂ってくるコナンに出会わせるための心憎い演出ですね。
この演出、繰り返されます。
最終話で、コナンをテレパシー捜索するために。ラナが客船の船首に立つシーンです。
これまた「タイタニーック!」状態ですね。そして同じくコナンを発見します。
映画『タイタニック』の二十年前に、しかも二つの対照的なシーンを配する演出には驚くばかり。すばらしい着想だったと思います。
さて最終話で再び進水、ハイハーバーから、のこされ島に向かうバラクーダ号。
その船腹には、プラスチップ回収用のエンジン付き上陸艇ではなく、帆を畳んだカヌーが搭載されています。
おそらく、オープニングアニメでコナンとラナが操るカヌーでしょう。
バラクーダ号がインダストリアの船籍を抜け、新世界を目指して希望の船出をしたことを物語ります。
これも心憎い演出ですね。
我らがバラクーダ号。
のちの『ふしぎの海のナディア』のノーチラス号のような科学の船には程遠い、アナログな人力の機帆船ではありますが、そのリアリティと帆走時の華麗なお姿、これぞアニメ界のザ・シップというべき存在感でありましょう。
最終話で結婚式場もこなすあたり、半世紀前の横浜港・氷川丸もそうでした。
邦画『星のフラメンコ』(1966)では若き松原智恵子さんの船上ウエディングドレス姿が拝めます。
船はまた、人びとの出会いと契りの場でもありました。
幸せな船です、バラクーダ号。
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