第86話 弱点

 するとカグヤはまるで野獣の様な鋭い目つきをして俺ににらみつけてきた。


「アグナム、私は貴様に負けてから様々なものを失った。貴族である家からは負け犬と評され、周囲からは二人の噛ませ犬だと言われ、私の名声は血の底まで落ちてしまった。

 その中で、私は、気が付いたのだ。ユピテルに負け、アグナムに負け──。自分の過ちに」


 彼女の目は、本気だ。俺がどれだけ説得しても聞かないだろう。


「相手をリスペクトし、正々堂々と戦い勝利することこそが私のやり方だと、それを貫くことで最強の魔法少女になれると思い込んでいた」


「待て、勘違いするな。道を外すことと手段を選ばず強くなることは違う。そんなことしたら、貴様は街から追放されるぞ!」


 ユピテルの静止に言葉、しかしカグヤの心には届かない。

 腹をくくっているからだ。


「今までような、相手へのリスペクトも、正々堂々とした騎士道もいらない。今の私にあるのは、勝利への渇望のみ。いわば私は、勝利をリスペクト指定る」


 そしてカグヤは後方に大きくジャンプする。そして自身が召喚した巨大ホロウの肩に乗っかる形になった。


「さあ貴様ら、今度こそ私が勝つ。挑んで来い!」


 グォォォォォォォォォォォォォォォォ!!


 その瞬間、カグヤが話している間おとなしく立ち止まっていたホロウが大きく雄叫びを上げ、俺達の方へと襲い掛かってきた。




 俺は両足に魔力を込めてジャンプ。ホロウへと向かっていく。


「甘い、簡単には近づかせんぞ!」


 カグヤが右手を上げると、巨大ホロウの周囲に大きな突風が現れる。


 しかし俺は策を変えるつもりはない。何とかカグヤに向かって接近しようとする。


 まるで竜巻の中に飛び込むような感覚だ。

 しかし、リスクをとってでもカグヤに近づいていかない限り俺に勝機はない。


「カグヤ、何があったかわからないけれど。絶対にお前を止めて見せる!」


「いい威勢だ。だが果たして、そううまくいくかな」


 カグヤがそう言い放ち、俺がもうすぐで彼女の間合いにたどり着こうとした瞬間──。


「ぐほっ!」


 左から、何かの物体が俺の体にたたきつけられ体が吹き飛ばされる。

 予想もしなかった大きな力に対処ができず、俺の体は地上にあるスラム街の半壊した建物に墜落。


「アグナムちゃん。大丈夫?」


「いてて……。大丈夫だよ、サナ」


 そして激痛が走る額を押さえながらカグヤの咆哮し視線を向けると、何が竜巻の中で起きていたのかを理解した。

 俺を殴り倒したもの。それはこの街の家屋のがれきだ。


 その他にもレンガや街路樹の枝などが竜巻によってホロウの周囲を回っている。


 こんな無数の数と速度のがれきを交わしながら上空にいるカグヤのところに行くのはさすがに不可能だ。


 魔力を最高まで集中させれば行けなくもないが、それをしながらカグヤと戦った所でボコボコにされるだけだ。

 以前戦ったから、彼女の強さはよくわかる。


 せめて、身体にまとう魔力を誰かがになってくれれば何とかなるかもしれないが、それができる魔法少女はここにはいない。


 勇気と無謀は違う。ユピテルもそれは理解していた。

 しかし、一人だけ立ち向かおうとする少女がいた。


「私、戦う」


「サナ、ダメだ!」


 サナだ。おそらくだけど、街を破壊されていくのを見ていられないのだろう。

 こうしている間にも近くにある家の屋根が吹き飛び、壁が破壊されていく。


 彼女にとっては、故郷であるこの街。意地でも止めようとするのはわかる。

 けれど、それでもしものことがあったら目も当てられない。


「サナ、やめろ!」


「やめない!」


 すぐに叫び返すが、サナの前にユピテルは立ちはだかった。


「命を張って戦うことと、感情的になって犬死することは違う。闘志を燃やすという意味を、決してはき違えるな!」


 その通りだ。けれど、サナも簡単には引かない。


「でも、街が……」



「冷静さを失うな。街を守りたければ、まずは相手の弱点を考えろ」


 流石はユピテルだ。強い相手でも冷静さを忘れずに勝ち筋を見出そうとしている。

 俺も、威圧されているようなこの雰囲気で、冷静になって考えてみた。

 こんな巨大なホロウの召喚。リスクがあるはずだ。


 一人の人間が生み出す魔力としてはあまりに高すぎる。


「おいカグヤ。このホロウを維持するための魔力はどうなっている。お前ひとりで、こんなやつを維持できるわけがないだろう」


 ユピテルも同じことを考えていたようで、カグヤをにらみつけながらそう叫ぶ。

 するとカグヤはにやりと笑みを浮かべ始め、言葉を返した。



「さすがはユピテルとアグナム。賢いよ」


 その言葉を発した瞬間、カグヤは「うっ」と声を漏らした後自分の胸を強く抑え始めた。

 目を大きく見開き、苦しそうな表情をしている。


 それからカグヤは地上に落ち立った。その瞬間。



 シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──。


 ホロウが蒸発するように消滅し始めたのだ。


「なるほど。お前ひとりでは、ホロウを維持できるほどの魔力がないという事か──」


「くっ、悔しいが私一人ではこの時間しか維持できないようだ……」


 そう、魔力が切れたのだ。これで一応この街の平和は保たれる。けど──。


「あなたの目的は何? こんな時間制限がある化け物を見せびらかしにきてるわけじゃないわよね」


 レテフの言う通りだ。これではカグヤはこのホロウの弱点を露呈しているだけで立ち去ることになる。


 絶対裏があるはずだ。


「さあね。ちょっとは自分で考えてみたらどうだい?」


 苦しそうながらも、にやりと笑いながら言い放るカグヤ。

 わかるよ、おそらくこんな感じだろう。


「俺の予想だけど、本当はもう一人か二人、術者がいるんじゃないかと思うんだ。その巨大なホロウを扱うやつが。けれど、今はいない──。だから魔力が足りず消滅してしまった」


「確かに、あり得るな」


 同調するユピテル。そして俺はさらに追及をする。


「今日ここを襲撃したのは、ホロウの破壊力や操作を試すための試運転。そんなところだろう」


 その言葉にカグヤは一息ついて、微笑を浮かべた。


「素晴らしいよアグナム。それだけで私の考えを見破るなんてね。では、また会おう」


 カグヤは右手を大きく上げる。

 その瞬間彼女とホロウが真っ黒に光だし、姿が消えてしまった。


「と、とりあえずはホロウは去ったか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る