第210話 流星となり、世界を照らす輝きとなれ!

 もう駆け引きも、技術もいらない。

 ただ、互いの想いを、力をすべてこの一撃に賭ける。力押しの一撃、魔力のすべてを槍に込めた一撃。


 徐々にであるが。イレーナが押し始める。

 その光景に、驚きの表情を見せる魔王。




「こいつ。理解しているのか? 俺の剣を一度でもくらえば、死ぬのだぞ──」


 魔力のすべてが腕と槍にこもっているということは、それ以外の胴体や足は魔力がない、ただの人間。受けた攻撃を魔力で防ぐことも出来ない。


 ゆえに、肉体を魔剣で貫けば、それでイレーナは死に、勝負は決着。


「なんちゅうパワーだ。全く前へ進めない──」


 その一撃が、出せない。今までにないパワーとスピードで、イレーナはそれをさせない。


(まずい、完ぺきに嬢ちゃんのペースになっとる)


 次第に魔王ノーデンスに焦りの表情がともり始める。


 これまでにも、人間や他の知的生命体と戦ったことはある。しかし、魔王はどれも圧倒的な力で勝利してきた。


 初めての、負けるかもしれないという焦燥感。それでも、動じない。


(この魔王が、人間ごときに負けるわけにはいかないのだ──。最後に勝つのは、私だ。たとえ、目先のプライドを殴り捨てても──)


 そんな魔王が感じる命の危機。そこから脱しようと、一端間合いから離れる。

 もちろん、イレーナが追撃してこないように、魔剣の切っ先を彼女に向けながら。


 イレーナは、踏み込もうとしたものの、踏みとどまる。無理やり間合いを詰めれば、そこを圧倒的な魔力を返されて終わり。


 彼女の勘が、そうなると告げていた。


「もう、小競り合いはやめにしようや。次の一撃に互いに全力を込める。それで決着をつけよう」


「──わかった」


 イレーナは首を縦に振る。両者とも、理解していた。このまま打ち合いをしていても、意地と意地のぶつかり合いで永遠に勝負はつかない。魔力を使いつくすまで戦い続けると。


 だったら、次の一撃で決着した方がいい。そうすれば、どちらかは生き残れるのだから。


 そして、両者が自身の武器を持ちながら構える。


 勝負は、一瞬。


 互いに距離を詰め、その兵器を振り上げる。


 次の一振りで、二人の勝敗は決まる。

 互いに、自らのすべてをかけ、目の前の敵に最後の一振りを見舞う。


「嬢ちゃん。この魔王相手にここまでの戦いをするとは。素晴らしいの一言だ。尊敬の念を置く。だから、その強さに敬意を表し、最高の力で、貴様を切り刻んでやる」


「敬意なんて、いらない。ただあなたを、倒すだけ!」


 そうだ。彼女は、この戦いに、名誉なんてものは掛けていない。


 仮に敗北したとしても、彼女に後ろ指を指すものはいないだろう。むしろ、短時間でも、魔王と互角に戦ったことをたたえられ、伝説になるだろう。


 ──が、そんなことは、イレーナにとってどうでもいいことだ。

 王女様として、国民を、世界中の人たちを守る自分でありたい。

 そんな思いを込め、魔王に全力の一撃を振り下ろす。




 集いし想いよ。今流星となり、世界を照らす輝きとなれ!


 ラポール・オブ・ステラ・クェーサー・シュート


 そして魔王も同じように魔剣をイレーナに向かって振り上げる。先ほどの攻撃とは違う、本気の自身のすべての魔力を込めた一撃。




 互いの兵器は、見たことがないくらいの魔力がこもったまま衝突。


 勝負は一瞬。





「この俺様が、人間ごときに、負けただと──」



 ズバァァァァァァァァァァァァァァァ──!



 その魔剣ごと、魔王ノーデンスを両断した。

 イレーナの槍がノーデンスに触れた瞬間。圧倒的なパワーで彼の持っている魔力をすべて蒸発させる。

 彼の肉体は魔力による加護を失い、生身の肉体となる。


 そして、その生身の肉体を、イレーナの圧倒的な力を持った槍が切り裂き魔王の体を文字通り真っ二つに切り裂いた。



 雌雄は、決した──。



 シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ──。


 イレーナの世界を侵略し、その手に収めようとした、圧倒的な力を持つ魔王。

 その姿が、まるで蒸発するように消えていく。


「嬢ちゃん。素晴らしいねぇ。まさかこの俺様が、ただの人間に敗れるなんて思ってもみなかった」


 考えもしなかった。人間への敗北。そして自身の消滅。


 しかし、その表情にこれから自身が消滅していくという恐怖感は全く感じない。

 余裕の笑みを浮かべながらイレーナに話しかける。


「だがよぉ──。俺は魔王。この世界の闇自身だ。言いたいことはわかるか?」


「──また、復活するってこと?」


「ああ、今回は俺の負けだ。だが、人々が、天使たちの心が闇に染まった時、俺はまたその心に反応し、復活する」


 そう。魔王は、不死身なのだ。しかし、イレーナは動じない。時間、生死、通常の人間の常識が通用しない存在だということは理解していたからだ。


「復活しても、構わないよ。また勝つから、今みたいに、勝ってまた平和を取り戻すから!」


 魔王がその眼を見る。ハッタリではない、強いまなざし。そこから、理解した。


「わかったよ。お前さんの眼が黒いうちは、俺がこの世界に来ることはないだろうな──」


 既に魔王の胸から下は消滅。あと数秒で、この空間から彼はいなくなるだろう。


「じゃあな、嬢ちゃん。お前のその決意、大切にしな。簡単に──折るんじゃねぇぞ!」


 イレーナは真剣な表情でコクリと頷く。その瞬間、魔王ノーデンスはこの世界から一端、姿を消したのだった。


 灰色だった空に、光がさしていく。その空を見ながら、イレーナが座り込み、囁く。


「幸君……」


 最愛の勇者の、勝利を信じて──。

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