第205話 私達の想い、受け取って!

 アブディールの渾身の一撃を防いだのは、メーリングだ。


「しまった……ですわ」


 この状況で、メーリングの面倒を見るのはシャムシールの仕事だ。

 さっきまで彼女がルナシーの方に行かないように、警戒はしたものの、ルナシーが前線に突っ込んだ時に一歩引いていたせいで、対応しきれなかったのだ。


「メーリングさん、すいません」


「いいえ、あなたが勇気を出したおかげよ」


 メーリングが、フッと微笑を浮かべる。


 確かに二人は、出会ったのは先日。たまたま一緒に戦うことになっただけで、コンビネーションは未熟。



 しかし、それでも理解しあっていた。


((私は、この世界を救いたい))


 そんな強い想いを胸に、二人は一瞬目を合わせた後。ルナシーが大きく手を上げる。


「これは何ですの?」


 アブディールが叫ぶ。空中には、星の形をした魔法陣が展開し、ルナシーの杖が強く光始める。


「まずいですわ!」


 シャムシールが、ルナシーの作戦に気付き、襲い掛かるが時すでに遅し。

 アブディールは、メーリングの攻撃を防いでいるため、頭上の攻撃を止めることができない。


「これで、おしまいよ!」


 スッと、メーリングが一歩引く。


 無念の結晶よ。今こそ希望を紡ぐ力となり、世界の未来を切り開け!

 アストログラフ・スターエアレイド


 そして杖から、魔力を帯びた光線がアブディールの頭上にある星型の魔法陣に突き進む。

 魔法陣は、光線から力をもらったように一瞬強く光った後、すさまじい轟音を上げながら強いエネルギーを持って魔法陣と同じ形の光線を吐き出す。


(まずい!)


 アブディールはすぐに強力な障壁を頭上に展開、何とか直撃を逃れようとする。


 ──がそれは無駄な努力だった。


 ルナシーの出した攻撃が、アブディールの繰り出した障壁ごと、押し潰す。


 眩しくて、目が見えなくなるくらいのまばゆい光がこの場を包む。


 そしてしばらく時間がたち、光が和らいでいく。メーリングがその場所に視線を注ぐ。


「勝負は、どうなったの?」


 そしてメーリングが見たものは──。


「皆さん。私、勝ちましたよ──」


 ボロボロながらも、ニコッと微笑を浮かべながら突っ立っているルナシー。そしてその隣で、完全に魔力を喪失し、倒れこんでいるアブディールの姿。


 シャムシールが、その光景を見て驚愕し、口元を覆っている。


「私たち天使が、負けた? 俗物でしかない人間に──。本当ですか?」


 その言葉通り、ルナシーは、天使であるアブディールを、打ち倒したのだ。

 予想もしなかった現実に、シャムシールは、パニック状態になる。


 ──が、ルナシーも無事ではなかった。ルナシーは、急にその場でふらふらとし始め、ばたりと力が入らなくなったようにひざを折ってしまう。


「ほぼガス欠ですね。私はここまでです、あとはルナシーさん。これが私の、置き土産です!」


 ルナシーも、天使を相手取るのに、ギリギリの戦いをしていた。今までの無いくらいの攻撃を何度も受けた後、自分のすべてを出し切るような術式を繰り出したのだから当然だ。


 もう戦うことはできない。彼女にできることはただ一つ。


 ルナシーは両手をメーリングに向けた。


「私の残りの力、受け取ってください!」


「え──。いいの?」


 そう言う間にも、メーリングは自分の体内に、温かくて、優しいものが充満しているのを理解する。

 それがルナシーの最後の力だというのも。


 戸惑うメーリング、すでにボロボロのルナシーが自分に魔力を与えたら、彼女は魔力の無いただの人になる。


「何でそんなことするの? 私が負けたら、逃げられなくなるわ。人質にされる可能性だってあるわ」


 慌てて言葉を返す。しかし、ルナシーは動じない。


「大丈夫。私だって勝てたんだもの。あなただって絶対勝てるわ。一緒にいる時間はわずかでも、その想いは本物だってわかるもの」


 にこやかに微笑を浮かべる。ルナシーとメーリング。村でもほとんど接点はなく。一緒に戦ったのは、今が初めてだ。


 それでも理解できる。その気持ちの強さ、平和への、同じ思い。

 だから、メーリングの勝利を心から願い、自分の力をすべて明け渡したのだ。


 戦いを通じて、信じあったからこそできた代物だった。


 ルナシーの龍の力、それを受け取ったメーリングは感じる。


(ルナシー、確かに私はあなたとはあったばかりで、どういう道を歩んできたのかはよく知らない)


 体を回転して、天使たちに振りかざす。





(けれど、あなたのこの戦いに賭ける思いは感じることができる。だから、その想いを共有して、あなたの力を受け取って、この一撃を込めることはできる)


「私と、ルナシー。その想いがこもった一撃を、くらいなさい!」


「あなたこそ。私達も覚悟、想い。すべて受けて消滅するがいいわ!」


 メーリングかその剣の切っ先をシャムシールに向ける。負けじとシャムシールも切っ先を向けた。


 お互いに理解していた。次の一撃で、決まる。

 駆け引きのつもりでも、それから逃げたら切り刻まれて終わり。


 ──自分のすべてを、この場で出し尽くすだけだと。



 そして互いに自分のすべての魔力をその剣に集中させる。


 互いに息を合わせたように、一気に間合いを詰め、相手に最後の一撃を振りかざす。


 悠久なる力の結晶よ。今永遠に咲き誇り、未来を示す一閃となれ!

 ダイクロイック・プリズム・アブソルート・スラッシュ!



 勝負は一瞬、互いの攻撃が相手の攻撃に衝突──。





 ドサッ──。


 メーリングが、倒れこみそうなところで剣を地面に突き刺し──。




 シャムシールが攻撃を全身に受けて倒れこむ。


「負け、ましたわ……」


 勝負は、一瞬だった。メーリングの攻撃がシャムシールの攻撃を打ち破り、彼女の体を切り裂いた。


「素晴らしい戦いぶりでしたわ。私達の負けです」


 メーリングは息を荒げながら、体制を変え女の子すわりでシャムシールを向き、じっと見つめる。


 シャムシールは目に涙を浮かべながら訴える。


「私たちは、誓いましたわ。この世界を変えると──。平和な世界にすること。それは、かないませんでしたわ。約束、してくれますか。私達では成し遂げられなかった夢、平和で幸せな世界。作るために、戦ってくれると」


 メーリングは微笑を浮かべながら言葉を返す。


「当然よ。約束するわ──」


「ありがとう。天使たちの想い。受け取るわ」


 さっきまで敵対しても、やり方や考えは違っても、この世界を想う心は、目の前の人を助けたいと思う心は一緒。

 メーリングも、ルナシーもそれは理解していた。だから、天使たちを絶対悪だとは考えられなかった。


 その想いを継ぐために、戦っていこうと決意した。


「幸君、サラ。あとは無事かしら──」


 他の仲間たちの心配をしながら。

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