第105話 アリーツェの慈悲

 そんなところへ一人の人物が現れた。灰色のストレートの長髪、年齢的にはレイカより一回り大きいくらい。落ち着いた素振りと表情をした女性の大教皇であるアリーツェであった。



 当然彼女の言葉にも警戒を緩めない。


「何よ!! 口先だけの言葉なんていらないわ!!」


 しかしアリーツェはそのようなことは言わなかった。



「口先だけではありません。あなたへの救い、それが私の使命です」


 最初はただレイカに恵みを与えたり、話を聞いたりする事ばかりで勧誘とは程遠い。

 しかし時にはレイカを叱責し誤った道を正すこともあった。それは勧誘してくる信者達と喧嘩になった時だった。いつもよりしつこい勧誘、イライラしながらも作り笑いをしながら断っていたのだが信者のとある一言がレイカの逆鱗に触れてしまう。


「そうやってあなたが信心しないから両親や友は殺されたのよ、あんたもあいつらと一緒に地獄へ落ちればいいのよ!!」


 その言葉を聞いた瞬間レイカの堪忍袋が切れて信者に一気に飛びかかる。


 目にも見えない早さで信者に接近し感情を込め腹パンを行う。


 そして信者はグハッと声にならない悲鳴を上げ倒れこむ、そこにレイカが身体に魔力を込めて飛びかかり何度も暴力を振るう。




 殴る、蹴る、顔を、身体を──。




 信者はすでに倒れこんで気を失ったにもかかわらずレイカは暴行をやめない。

 そこにアリーツェが現れる。


「おやめなさい」


 そしてレイカのほっぺをひっぱたく。レイカは即座にアリーツェにつかみかかり叫ぶ。


「何のつもりよ、こいつは私の家族や故郷の人を侮辱したの、一線を越えた──。邪魔するなら、あんただってただじゃおかないわ!!」


 アリーツェは信仰の勧誘はもちろん何の干渉もしなかった。


 毎日スラム街にあるボロ小屋のような粗末なレイカの家に行ってはただ食べ物を渡したり毛布を渡したりするようになった。


 会話も相変わらず決して信仰を押しつけるような会話ではなく体調が悪くないか? お腹はすいてないか? 暖かい恰好をちゃんとしているか? などたわいもない会話だった。


 そうした会話をするうちにレイカは少しずつアリーツェに心を開き始めた。

 そして寒さが強くなったとある日、アリーツェがレイカの所を訪れる


 真っ赤な顔でゴホゴホと咳をしながらうずくまっていた。

 アリーツェがレイカのおでこに手を当てる。明らかに熱を出しているのが分る。


 両手でお姫様だっこの形で抱きかかえながら病院へと足を運んでいった。するとかすれたような弱った声色でレイカが話しかける。


「なんで、私なんかに優しくするの? こんなことしたって私は信仰なんか持たないわ?」


「それでも、天使たちは見守っているからです。不幸な過去を持つあなたを──」


「レイカ、今あなたは幸福ですか? 今答えを出す必要はありません。心の片隅で問いかけてください」


 病院の簡素なベットでレイカは自身の行いを振り返る。八つ当たりのように信者に怒りをぶつける日々。


(何やっていたんだろう……私)


「無理強いはしません。あなたが心からやりたいと思うこと、自身の心に問いかけて。行いなさい」


 アリーツェはレイカが本当は優しい人物だと言うことに気づいていた。しかし家族や故郷を失ったという事実、それにつけ入ろうとした一部の信者に影響されて心がすさんでいた。


 なのでまずは彼女の心を開かせることか始まった。そして長い時間を経てレイカは心を開き始めた。

 素直な性格ではないが、それからレイカは自分なりに強い魔法使いとなり魔王軍と戦っていくことでこの人に認めてもらいたいと期待にこたえたいと心の底から思うようになった。


 嫌なことがあった時はそっと抱きしめ、功績を残した時は手を握り言葉をかける。

「私はあなたが、皆が幸福になってくれることを第一に考えこういう接し方をしました」


「お、おだてても私はあんたの思い通りにならないわよ──」


「かまいません、あなたには才能があります、その力で皆があなたのように不幸なことに見まられることが無いように戦ってください、それが私の願いです」



 信者の中にも魔王軍の襲撃によって知人を亡くした者も多く魔王軍達からみんなを守ってほしい。

 レイカは自分を想ってくれたアリーツェに対して両親のような、親愛にも似た感情を持ち始めた。


「アリーツェ、力になってやるわよ──。あんたのね──」


 アリーツェへの想いが彼女の原動力となっていた。


「そういう過去があったんですね──」


「私がレイカの事を知ったのはその直後、その時はうまく打ち解けられたけど何処かぎこちない感覚がしたわ──」


 イレーナの言葉を聞いているうちに出発の準備が整い始める。

 数時間ほどの時間をかけて幸一達は街へ帰っていった。






 昨日の断崖絶壁やフィヨルドを見渡すような風景とは打って変わって湿地帯や広大な針葉樹の森が続く。昨日の疲れも残っていて単調な風景が続く影響もあり馬車に揺られてうたた寝を繰り返してしまう。



 特に奇襲があったり敵が襲ってくるようなこともなかった。

 そして数時間が立つと森を抜け大きな平原にたどり着く。その中にぽつんと煉瓦で出来た旧式の建物があった。


 進行役の人によるとここが巡礼の場所らしくすぐに幸一達が馬車から下りる。

 そこは今までのように建物を置きく見せたり神々しいい模様や壁画など聖地のような雰囲気は影を潜めシンプルなレンガで出来た大き目の建造物という印象。




「ここの初代の大祭司と呼ばれるこの信仰のきっかけを作った人が天使たちと出会ったとされる場所なの。そこからこの信仰が始まったとされるので人々はここに行けば天使たちと会えることができて永遠の救いが訪れると人々は信じたことから聖地になったの」



 イレーナの解説を聞きながら幸一はその建造物を観察する。

 観察をしながら信者の人たちがごぞって建物の石に触れ出す。

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