第21話 この世界の現実

「や、やっぱり怒ってる? イレーナ……?」



 表向きは笑顔だったが内心は完全に怒っていた。全身から怒りに満ちた、どす黒いオーラを放っている。


「別に、だって怒られたくてやっているんでしょ? だから私が怒ったら幸君歓喜しちゃうでしょ」


 その言葉に今までの経験から言い訳は無駄だと考え頭を下げ、謝る。


「ごめん、今度からは気をつけるよ……」


 するとイレーナの表情が変わり始める。

 作り笑顔が無くなり、ほほを膨れさせた。


「幸君の馬鹿!! 心配したんだからね!!」


 イレーナの瞳にはうっすらと涙。それだけイレーナも自分を心配していたということだろう。


 そして小さく口をとがらせ、そっぽを向く。幸一はイレーナを心配させてしまったことを強く後悔する。



「そろそろいいかね……、本題に入りたいのだが」


「大丈夫だと思います」


 備え付けソファーから別の人物の声がした。一人はサラ、そしてもう一人は……。


「こ、国王様!! いたんですか……」


 何と国王もいた。リーラの事をサラと調べていたらしく、その報告に来たのだという。


「彼女の事を調べたのですが、一つの手掛かりを得ました」


「それはリーラがヴァロワ家と接触があるという事です」


 サラがそのヴァロワ家のことを話し始める。イレーナもその家系については知っているようでその言葉に反応する。


「確かあそこは悪評高くて有名だよ」


 そこは三貴族と言われ地方領主の貴族の中で、有力で広い国土を持つ影響力の強い家系である。


 しかし内部はろくでもない素行や悪行で有名であった。

 領主は権力を笠に過酷な重税で市民たちを苦しめ、やる事と言えば連日にわたる豪勢な宴や暴力、汚職の数々。


 自分の管理する土地の人達を私物としか考えず、暴力や収奪は当たり前、悪評しかない貴族達。


 恐らくはそんな悪評だらけの貴族達が、勇者の評判を落とすためにトラップを仕掛けたのだろうと推測。



「しかし、何故そんなことになったんですか?」


「それがこの国が抱えている問題そのものなのだよ。それが恐らく魔王軍との戦いにも影響している、この前のように情報が割れて奇襲を受けたこともそうだろう」


「それってどんな事ですか?」


 そして今度はサラが真剣な表情になり口を開く。


「この国の特徴として地方への統制がとれないんです」


 サラの説明によるとこの国ジーランディア王国は建国当初からこの国は国王の力が絶対的ではなく、権力基盤が盤石でない。そのため国王の権威を全国まで轟かせるには実際に武力を持つ地方領主の力が重要になってくる。


 そしてその地方領主は時に、国王の目が届かない地方で汚職や圧政をしばしば行ってしまうことが問題になっていった。


 さらに問題なのがそれが全く違うある問題に絡んでいることだと、サラが説明。


「そしてもう一つこの国で問題になっていること、それは後継者争いです」


「国の決まりとして、国王に何かあった時に代わりに国王になる人を決めなければなりません。そうしないと国に何かあった時後継者争いで内戦になってしまうからです」


 確かに正論だ、国王が次期国王を決めなければ確実にその椅子を狙って争いになってしまうのは確実である。

 いま国王になる資格がある人は二人いる。一人は今の国王の娘ティミセラ、もう一人は国王の弟の次男の息子であるホーゼンフェルト。


 国王としてもっともふさわしい身分と言われているのは国王の直系の娘であるティミセラ。しかし国王に女性がなったというケースは無い。なので彼女ではなく次男の息子で国王直系ではないが、男性であるホーゼンフェルトを推す声も大きいのが同じくらいあるのが実情。


 そして厄介になってしまったのが、これが地方領主同士の勢力争いと結びついていることだった。


 先ほどの説明の通り地方領主たちはそれを悪用し、国王の目の届かないところで好き勝手に暴れてしまうことが多かった。


 しかし領主たちは時には連合を組んで国王に対抗する一方、完全に一致団結して国王に対抗したわけではない。

 彼らの中でも領土争いや資源を巡る争いが度々あり、そこで国王の権限を利用したり他の領主や貴族との協力を築いたりしている。


 国王と地方領主の対立、地方領主間同士の争いの微妙なバランスの上に成り立っている。

 さらに今は魔獣の襲来によりより強い武力が必要になり、彼らとの協力は無くてはならないものになっていた。

 ティミセラが女性であることを利用し、女性が多い冒険者たちから支持を得ようとしている動きもある。


 そして領主たちは、自分の息のかかった次期国王とつながりを強くしてこの国の中で勢力を拡大しようという動きが活発になっている。


 二人とも決して仲が悪いわけではない。

 地方領主間の対立と国王の後継者争いが本人たちの知らないところで結びついてしまっている。その領主たちの突きあげもあり、今この国は国難にある中でまとまり切れないところがあるのである。






 しかしここで一つの疑問が浮かぶ。


「じゃあイレーナはどうなんだ? お姫様なんだから後継者になればいいんじゃないの?」


 二人で争っているというのなら、どちらでもないイレーナを選ぶは方法の一つとしては有効である。イレーナも王女様なのだから──。


「う──」


 イレーナがうつむいて言葉を詰まらせる。まるで何か嫌な事を思い出したように──。

 慌ててその言葉にサラが反応する。


「イレーナさんは理由があって後継者争いには参加できないんです。理由は……今は言えませんが」



 二人の深刻そうな顔に幸一はこれ以上の詮索をやめた。話しは対立問題に戻る。

 そしてその対立が魔王軍との戦いにも悪影響を及ぼしていた。


「先日みたいに首都ならいいんですが地方だと問題なんです。仲の悪い領主の所から来た冒険者を危険な目にあわせたり、ひどい時にはわざと孤立させて壊滅的な被害を出させたりするということもありました」


 つまり国難より気にいらない奴の足を引っ張ることを優先する奴がいて、敵は魔王軍だけではないという事であった。


「つまり敵は魔王軍だけではないということだな?」


「残念だけど、そう言うことなの」


 幸一の質問にイレーナが答える。今自分たちが置かれた状況をあらかた理解した幸一はサラの説明の中で疑問点を見つけ、それを聞いてみた。


「そういえばさ、ちょっと気になるんだけれどいいかな?」


「何でしょうか?」

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