第19話

 背中にジャリっと、土の感触。それが不快で目が覚めた。瞳を開けると天井じゃなくて肌色が広がっていて、ピントが合ってその正体に気が付く。

 でも、それは僕が望んでいた者ではない。そのホッとした表情が珍しくて、面喰らった。


「良かった……生きてる」

「野郎に心配されるのは嬉しくないね」

「そんな事、女性に言われたのは初めてだ」


 あっ、そうだった。僕は現状女扱い。今の対応は相応しくなかった。


「……そりゃあ、良い人生ですね」


 自分の失態を言葉で誤魔化して、上体を起こした。視界が彼から外されて、戦いの後地が鮮明に瞳に写る。

 壁が所々崩れていた。ここにいた遠くに人が倒れているのが見える。僕を中心にえぐれてた大地もそのまま。そして、体中に残る倦怠感。あの戦いが終わってからそう時間は経っていないようだった。


「……あれから。僕が攻撃されてから、どうなったんですか」

「そうだな。説明は必要だろう」


 咳払いをしてエリオットさんは説明をしていく。僕は体に四属性の魔術を受けた。山をも吹き飛ばす上級の魔法。本来であれば塵すら残らないレベルの攻撃だ。でも、僕のメイド服は上級までなら受けきる性質、固有能力アビリティがある。それによって耐えることができた。

 だが、それで終わりではない。僕のメイド服は攻撃を無効化するわけではない。


「君のメイド服、その真の能力は攻撃を受け、自分のエネルギーにすることだ」

「自分のエネルギー?」

「君にも覚えがないか? ダメージを受けた後、いつも以上に高い威力の一撃を放てる瞬間があっただろう」


 そう言われて思い浮かべる戦いがある。この世界における初戦。エマさんと戦った時だ。彼女の切札、『我が拳に貫けぬ物なしグングニル』を受けた後、素人の僕が彼女にも匹敵する威力の一撃を放った。


「でも、そんなことミツレさんは……」

「言わなかっただろう。機密が漏れないように隠していた。それを纏う君にさえもだ。彼女は計画に細心の注意を払っていた。たったこれだけを知る事でさえ多くの時間を有している」


 ミツレさんは秘密主義であった。僕が何を聞いても基本ははぐらかす。戦闘するとき、作戦の内容だって全くもって知らせない事だってよくあること。だからそれはとても彼女らしいと感じた。


「……話を戻そう。ここで肝になるのはエネルギーが『君の物になる』ということだ」

「あまり重要な様には感じませんけどね。結局奪われている訳ですし。どこが重要なんですか」


 僕自身にはメリットがあるとは思えなかった。話したこともそうだが、別にエネルギーが自分の物になったとしても自由に使えるわけでもなかった。


「まあ、そう思うかもしれない。だが、君の物になったエネルギーは君の体を通り、キミ独自の物に性質が変わる。水をろ過するとき……とは厳密に違うがイメージはそんな感じだよ。あの門は君の性質に変化したエネルギーでないと開かない」


 彼が、指差すのはこの場所にあった門。金属でできているこの時代に馴染まない物。でも僕から見れば馴染みのあるそれは、解放されている。

 彼の話の通りならば、僕のエネルギーを使ったのだ。


「あの奥には、かつて古代人が生活した痕跡が残っている。それを触媒に、冥界の門を開くつもりだ」

「冥界の……門を開く?」


 その言葉にエリオットさんは相槌を打つ。彼はその言葉を戦いの最中にも言っていた。あのとき、その意味を理解することができなかったけれどその真意を聞くことができそうだ。


「要は死者と生者の境界線をあやふやにすることだ。死んでも生きていても変わらない。事実上の不死の世界を作る気でいるのさ」

「それの何がいけないんですか?」


 誰も死なない世界。その言葉だけで言えば悪いことではないと思える。それによって細かい問題はあると思う。けれど、定められた寿命を越え、より長い間生きていられるというのはそれを度外視するだけのメリットもあるはずだ。

 でもエリオットさんはそれを肯定することはない。首を振って僕の言葉を否定した。


「世界のルールが変わる、作り変えられるんだ。今あるものはすべて消える。なかったことになる。その上で新たな世界ができるんだ」

「じゃあ、僕達は」

「……当然。その過程でオレたちは消えていく。それを防ぐために行動してきたつもりだったが……このざまだ。儀式の準備は成った。この奥にいるミツレと学園長を止めなくては世界が終わる。応援を待っている時間はない」


 彼は重苦しく、重みのある言葉を自分に言い聞かせるように言う。でも、そんな緊迫した状況であったなら、どうして────


「だったら、僕に話しかけている暇なんて無いでしょう?」

「それは……時間稼ぎの結界を解除できないでいるからだ」


 彼はもう一度空いた門を指差した。彼の言葉によって気が付かなかったことに気が付く。開かれた場所にうっすらと何かが書いてある。


「あれは『文字結界』。非常にシンプルで、簡素的な結界だ」

「じゃあ、どうして解除できないんですか?」

「特定のルールに沿ってなら簡単に解除できる。けれどそれを破って解除するとなるとなかなか破れない」

「特定のルール?」

「反対の言葉を結界に刻むんだ。そうすることで解除できる。だから基本的には異国でしか用いられない」


 歩いてその結界に近づいた。うっすらとした文字の正体が明らかになる。


「これは古代語、かつてこの世界で使われていたとされる言葉だ」

「古代、語……?」


 ふさわしくない言葉を思わず聞き返す。古代? そんなはずがない。だってこれは──


「そんな訳がない。これは日本語だ。何で、こんな所に」

「君達の居た場所ではそう呼んでいたんだったな。ミラも驚いていたよ。本来であれば、ミラに解除してもらうつもりだったが……。ミラは、もう……」


 エリオットさんが目を伏せる。

 ミラさん。僕と同じく日本からこの世界に来ていた彼のメイド。だが彼女は学園長さんに歯向かって、その心臓を雷によって射抜かれた。その後の事を彼の態度で察する。


「頼む、シオン・フヅキ。君は巻き込まれた一般人だと分かっている。オレがどうなろうと、礼は必ずする。だからどうか、一緒に世界を救って欲しい」


 僕は世界なんか救いたくない。でもこのままじゃ悔いが残る事は確定的だ。最後に見たミツレさんの顔。表情は確認できなかったけれど、喜んでいるようには見えなかった。

 僕は彼女が本気で笑えるように、メイドとしてやってきた。本気で笑わない。いつだって取り繕った顔ばかり見せる彼女の表情を崩したかった。

 でも、このままじゃ……その願いは、信念は果たされないままだ。自分達の関係性がそんな形で終わってしまうのは、嫌だった。

 だから僕は彼の言葉に頷く。


「……分かりました。行きます」

「本当か!?」

「ええ。嘘を付いたりしないですよ。でも、僕は世界を救うなんてつもりはない。ただ、彼女にもう一度会いたい。それだけです」

「それで十分だ。ありがとう」


 結界を見る。刻まれていたのは「侵入を禁ずる」という一文。指で結界に触れるとぼんやりと指先が蛍の様に光る。指を動かして結界に「侵入を許可する」と書き込むと、文字は薄れ、さっきまで指先に会った壁の様な感覚が消えていく。


「これで、結界は解けましたかね?」

「ああ、完璧だ。行こう。時間がない」

「話は聞かせてもらったぞ!」


 僕らの背後からの声。その主の正体を目視で確認する。

 赤髪と金髪の二人組。さっきまで戦っていた、もう立ち上がる事ができないと考えていた人たちだった。アイザックさんとエマさん。僕が初めてこの世界で敵としてであった者たち。

 その姿に僕も、エリオットさんも驚きを隠せない。


「驚いた。まさか生きているとはな」

「ハッ、あんまり俺を舐めるなよ。俺はターナー家の長男だぞ。ただの致命傷ごときで死んでたまるか」

  

 いや、死にそうだから致命傷なんだけどな……。言っていることが滅茶苦茶だ。どうやってツッコミを入れていいのか分からないままでいると、背後に回ってた者が後ろから抱き着いてくる。


「隙ありだぜ!」

「なっ、エマさん、何をするんですか!?」

「何って、悪戯だぞ? せっかくミツレさんに貰った権利だ。行使しとかないともったいないだろう? 何せ世界が無くなっちゃうかもしれない訳だしな」

「エマ、それは洒落にならないから止めろ」


 ぶち壊されたシリアスな空気を再び鎮めるように、エリオットさんは咳払いをする。


「……まあともかく、俺たちも連れていけ。死にかけとは言え戦力にはなるだろう。それに……俺もミツレに一言、言っておきたい」

「ああ、助かるよ、アイザック。行こう」


 エリオットさんの一言で僕たちは動き出す。扉の奥へ向かって一定のペースで走り、突き当りにあった螺旋階段を下っていく。

 その途中で僕たちはここに眠る遺跡を上から眺めることになる。その視点はさながらテレビ局のヘリで報道される時の視点だ。そして、その高さから見る物も似通っている。

 所々に見える瓦の屋根。立ち並ぶ電柱と電線。コンクリートの道路。明かりの消えた信号機。それらは全て僕がいた場所にあった物だ。


「……日本だ。間違いなく」


 そこまで驚きはなかった。薄々予感はあったからだ。古代の文字は日本語。エマさんが使っていた銃は「古代遺産オーパーツ」と呼ばれていた。

 ここにいる僕以外の人間にとってここは過去の物なのだ。


「まさか、ここまで綺麗に残っているとは……」

「ああ、これだけの物は初めて見る。町丸々一つ残ってるとなると歴史的発見だ。迂闊に魔法を使いたくないな」


 エリオットさんとアイザックさんが街並みを見てそう言う。その驚きようにエマさんは不思議そうに問いかける。


「ん? ザック、何がそんなにすごいんだよ。ちょっと不思議な街並みが一つあるだけじゃないか」

「このばっっっか! いいか、古代人の記録はほぼ残っていない。その生態は謎に包まれたままだったんだ。その解明が一気に進むかもしれないんだぞ」

「それの何がすごいんだ?」

「奴らは指先一つで、詠唱も無しに星すら吹き飛ばしたって言われてる。もっと強大な魔法が開発されることだって……!」


 アイザックさんの話を適当に聞きつつ、思う。僕の居た頃にはそのような技術は存在しなかった。でも、かのアインシュタインは言っていた。『第三次世界大戦がどのように行われるかは分からない。だが、第四次世界大戦は棍棒と石の戦いだ』と。進歩によって自分の理外の物が出て来てもおかしくは無い。

 ……まあでも、まさか最終的に剣と魔法による戦争になりそうというのは、誰も予想できなかっただろう。

 螺旋階段が終わり、久々にコンクリートの地面へ足を降ろす。かつての自分では考えられない様な服装をしているから、自分がかつての世界にあまりにもミスマッチである。ごってごてのメイド服を男の自分が着ているなんて、かつての自分が知ったらたぶん信用しないことだろう。


「魔力が増大していくのを感じる。儀式が行われようとしているんだ。ついて来てくれ」


 エリオットさんの言葉に従って、その後ろを追いかけた。進行方向の先には住宅地の中で目立つ神社が見えた。赤い鳥居が奥に向かって何本も並んでいる。千本鳥居とまではいかないけれど、それでもかなりの量だった。

 階段を上がり、一本目の鳥居をくぐろうとしたとき、目の前を走っていたエリオットさんが急にその足を止めた。てっきりこのまま走り抜けると思っていた僕は減速していない。


「なんで急に止まっ、うぐっ……!?」

 その勢いのまま鳥居をぐぐれなかった。うっすらと空中に再び文字が浮かび上がるさっきの結界と同じものだろう。僕の体は弾かれて、後ろに吹き飛ばされた。


「おいおいシオン何やってんだよ。これぐらい気づけって」

「すいません、助かりました」


 吹き飛ばされた体を後ろに居たエマさんが見事にキャッチする。からかってくる彼女を軽くあしらって、もう一度前を見た。


「ここから先はこの門の様な物全てに結界が張られているみたいだな」

「ちっ……めんどくさい真似を」


 結界に気が付いていた二人の魔法使いはこれから先の道のりを見ていた。アイザックさんはその面倒な結界に苛立ちを見せている。


「おい、ポンコツメイド! さっさと解け!」

「だから、僕はそんな名前じゃないですよ」


「まったく……」と口走りつつ結界に記されていた日本語に目を通す。中央部に書かれているのは───『鰍』。

 ……ん? 待って、待って、待ってなんて読むの? しかも対義語でしょ? 魚の種類の対義語ってなんだ……?


「おーい。シオン? どうしたんだよシオーン」


 エマさんが肩を揺する。だが混乱のあまり、反応することが僕にはできなかった。

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