第28話 二度目の救世主

 光が飛んできた方を見ると、そこには領主様がいた。


 助かった…?


「なんだこいつ…!?」

「その手を離せ」

「ちっ…おい、これ以上何かしたらこいつを殺す」

「痛い…」


 これ以上押さえつけている手に力を入れないで。関節が良くない音を立てそう…。

 そして領主様がそう言ったことで、私が領主様の弱点になるってすぐに気づいたのか…。さすが手練れ、状況判断が早い。


 私を押さえつけている手練れの近くにいる別の手練れが攻撃魔法を手に宿す…前に吹っ飛んだ。え、領主様強すぎない…?


「セイレン、一瞬だけ防御魔法を張って」


 領主様に言われた通り、私は自分の体の表面に防御魔法を一瞬だけ張る。一瞬なら、まだ残っている魔力でもきっと大丈夫。


 私が防御魔法を張ってすぐ、再び領主様の攻撃魔法が飛んできて爆発する。残っていた手練れは全員吹っ飛び、地面に倒れた。

 手加減はしてくれたんだろうけど…領主様強すぎません…?


「領主様…」

「怪我はない?」

「はい、なんとか」

「そうか。…無事で良かった」


 領主様が私の側に駆け寄ってきて、そしてその腕で私を包んでくれた。

 領主様の優しい温かさにようやく自分が助かったんだという実感が湧いた。私はまだ生きることができる。みんなと一緒に過ごせる。そう思うと、ひどく安堵した。


 安心して気が抜けた私を襲ってきたのは、ひどい倦怠感。まぁ、風邪にプラスで結構な魔力の使用だもんなぁ。こうなるのも仕方がないか。


「あの…ごめんなさい」


 本来、私が大人しく医務室で寝ていればこんなことにならなかった。領主様に心配をかけさせてしまったことが、とても申し訳ない。


「本当は怒りたいけど、実はこいつらの居場所が掴めてなかったんだよ。そんな時にセイレンの魔法を見て、もしかしたら…と思って来たんだ。だから怒るに怒りきれない」

「ふふ…そこは怒ってくださいよ」


 じゃないと、私はまた無理をしますよ。なんて。まぁ、ここまで無理をすることは今後しないと思うけど。でも大切な人たちが絡んだらどうしても無理しちゃうんだよなぁ。

 そして私が空に向けて放った魔法は無駄じゃなかった。ちゃんと領主様は気づいてくれたんだ。それが嬉しかった。役に立てたということもそうだけど、領主様が気づいてくれたことが何よりも嬉しい。


「ちょっとごめんね」

「え?…うわっ」


 領主様が急に私を抱き上げた。人生2度目のお姫様抱っこである。お城でされるのは恥ずかしいけど、今は体調のことがあるからありがたい。正直歩くのしんどいんだよね…。


「隊長!」


 不意に領主様の後ろから声がしたので、そちらに目を向けると、カテリナ様が駆け寄ってきた。


「そいつらを牢に。口封じされないようにしっかり見張っておいて」

「はっ」


 カテリナ様とともにやってきた騎士によって気絶している手練れ6人は縄で縛られて担ぎ上げられ、連れて行かれた。


 あぁ、そういうことか。領主様が言っていた仕事はこれだったんだ。おそらく、王太子殿下の暗殺計画の情報を事前に知っていた。そしてその計画を阻止する任務があったんだろうなぁ。


「領主様、あの暗殺者たちは…」

「サンローン様の手配した者たちだよ」

「サンローン様…!?」


 サンローン様とは、つまりサンローン家当主のことを指す。アダリンナ様の身内。でもなんでサンローン家が…。まさか、今日の計画を知っていた…?


「なかなか結婚しない王太子殿下を見限って、カーティス殿下にアダリンナ様を嫁がせるつもりだったらしいよ。今回の暗殺の犯人をミリアにしてね」

「そうだったんですか…」


 そうだよね、結婚してなかったらまだ王太子妃じゃないからね。そうなると権力は手に入らない。王太子殿下を害して、その罪をミリアになすり付ければ目障りな2人が一気に消えて、晴れてアダリンナ様はカーティス殿下…つまり新しい王太子の妻になる。カーティス殿下はアダリンナ様を怖がっているからなぁ。上手くいけばカーティス殿下を操り、その内傀儡政権ができる予定だったのかな。

 そうなったら、この国の平民は…そう考えると恐ろしくなったので、私は考えることを止めた。脳内に、この間見た光景が浮かんだ。


「ただ、これでもう言い逃れできない証拠ができたというわけだ」

「そうなんですね」


 まさか、この証拠を手に入れるために事前に知っていながら放置していたとか…?だめだ、上の人たちの考えがわからない。これが王侯貴族のドロドロとした争いか。


「サンローン家は、どうなるのですか?」

「当主は間違いなく処刑だろうね。アダリンナ様はどうだろう…この件を知っていたら処刑かな。でもそれ以外のこともあるし、国外追放からの修道院行きは免れないと思う」

「そうですか…」


 王太子殿下を害そうとしたんだ。そうなるのは当たり前。でも、前世の記憶が人の死を受け入れてくれない。まぁ、だからと言って命を助けてやってほしいなんて言わないけどね。私もそこまで人ができていないし、そもそも私は今この世界の人間だし。…大切な友人を巻き込もうとしていたんだし。


「さて、具合はどう?もうちょっと頑張れそう?」

「頑張る?」

「どうなるか見に行きたいなら会場に連れて行くよ」

「いいんですか…!?」


 まさか領主様からそんな言葉が出るなんて思わなかった。てっきり医務室に連れて行かれて強制的に休まされるのだと…。あ、もしかして領主様、私がここに居るの糾弾を見に行くためだって思ってる…?


「本当は休んでもらいたいんだけどね。でも、この糾弾にはセイレンも関わっているし、結末を自分の目で見た方がいいんじゃないかなって」

「行きます…!」


 見に行けるなら見に行きたい。悪役令嬢との最終決戦を、悪役令嬢の最後をちゃんと見守りたい。そしてミリアの勇姿をしっかりこの目に焼き付けたい。…ナツミ街が救われると確信したい。


「わかった。ただし、体調が悪化したらすぐ言ってね」

「わかりました」


 私が返事すると、領主様は満足そうに頷いて、私を抱えたまま歩き出した。


 そっか、今日サンローン家が糾弾されていなくなったら、もう噂に従わなくていいんだ。でもさ、誰かにこの状況見られたら恥ずかしすぎて1週間引きこもりたくなるぞ。まぁ、誰もいないか。この道は人通りが本当に少ないし。それに、会場で起こっていることにみんな興味津々だろう。


「…領主様」

「どうしたの?」

「ありがとうございます」


 手練れから助けてくれて。会場に見に行くことを許してくれて。


「どういたしまして」


 領主様は、そう言って優しく笑った。その笑顔、やっぱり好きだなぁ。


 …2回も命を助けてもらったら、身分意識を超えて惚れるよねって。

 この世界で平民として生きる私にとって、しっかりとした身分意識から領主様にそういう気持ちは抱かないと思っていた。けど、何があっても助けてくれて、いつも優しく見守ってくれる領主様に、その気持ちが芽生えるのは何もおかしくない。


 …私、領主様のことが好きだ。そう自覚すると、心が温かくなった。

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