2
真っ白で何もない、殺風景な部屋。壁ぎわに立ち尽くす少年。この状況を完璧に予想していたかのように、少女は意味ありげな笑みを浮かべている。
「あれ?聞こえなかった?もういっかい言った方がいい?」
唖然とする未來に向かって、彼女は意地悪そうに話しかけた。
未來は混乱しきっていたが、ひとまず冷静を取り繕うだけの余裕はあった。目の前の少女に悟られないように小さく深呼吸をし、ゆっくりと口を開く。
「アナタ、ダレ、デスカ」
少女は床にばらまかれた手紙の残骸を一瞥すると、そのうちの一つを摘み上げた。
「誰って……これの差出人なんだけど」
(あー、破いちゃったよ。ビリビリに引き裂いちゃったよそれ)
未來がやや後ろめたそうに俯くと、少女は彼の腕をぐい、と掴んだ。
「じゃあ挨拶も済んだし、行こうか」
「行こうかって、どこへ?」
困った表情を浮かべる彼をよそに、少女はすでに部屋のドアを開けていた。
「質問はあと。とにかく私についてきて」
というわけで、気づけば未來は、直射日光の差す外の世界へと連れてこられてしまった。
「暑っ……!外には出たくないのに!」
彼のぼやきもどこ吹く風、少女は家から程近い波止場まで一言も発さなかった。これからどこへ向かうのか、彼女が何者なのか、あの手紙は何なのか、疑問は山のようにあったが、何を尋ねても答えてはくれなかった。
「はい、乗って」
少女に促され、未來は仕方なくモーターボートに乗り込んだ。
(誘拐されるってこんな気分なんだな)
そう思っているうちにエンジンがかかり、彼は慣れ親しんだ東京を海に向かって出発した。
陸上の景色が徐々に小さくなる。左手にスカイツリーの錆びた鉄骨が見える。この辺りは、かつて荒川区や台東区があった場所だ。度重なる高潮で、今やそこは海底と化しているが。
隣でボートを操縦する少女を、未來はしげしげと観察した。ふと何かが心に浮かび、彼はそれを口にした。
「あなた、人間じゃないですよね」
少女の姿は人間と変わらない。人混みの中に混ざれば、確かにほとんど見分けがつかない。それでも、近くで見れば微かな違和感を覚える。彼女の容姿には”ほつれ”がない。洗練されすぎているのだ。
少女の肩が小さく震え、ぞんざいな表情で未来の方を向いた。
「アンドロイドにその質問は失礼じゃないか」
「やっぱり」
未來は少しばかりの優越感に浸りながら、にんまりと笑った。
「名前、教えてくれませんか」
アンドロイドは通常の人間に近い待遇を受ける。警察犬や救助犬などのように、意思と役割を持った一個の生命体として扱われる。だから、名前も付けられる。
少女はしばらく海を見つめたあと、小声で呟いた。
「ミネルバ」
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