2100年
水色
お話しの前に
1
うんざりするような蝉の声に乗って、無機質な機械音が部屋に響いている。
『……続いては天気のコーナーです。明日は全国各地で日差しの強い一日となるでしょう』
スマートグラスの向こう側にいる”気象予報士”はしかし、本物の人間ではない。人間の姿を真似て作られたアンドロイドだ。
『……横浜では37℃、熊谷では39℃、そして東京では、38℃の予想です。暑すぎず、春らしい陽気となるでしょう』
「チッ、何が春らしい陽気だよ」
部屋のドアが開き、彼の母親が出てきた。
「未來、明日から新学期でしょう?支度は大丈夫なの?」
彼はため息をつくと、厄介払いのように答えた。
「大丈夫だよ。無駄に遠いのはいただけないけど」
「仕方ないでしょ。この辺も学区整理で、あらかたの学校が統廃合されちゃったんだし。この学校も三年目なんだし、そろそろ慣れなさい」
母親はたしなめるように言うと、そっと部屋を後にした。
大東京といえども、少子化の波には逆らえないらしい。確かに、近所に同年代の高校生は見たことがないし、先週のニュースは日本の人口が5000万人を割ったことで持ちきりだった。それに輪をかけて子供が少ないため、学校の数は一世紀前に比べて半減したとのことだ。
「まったく、昔はいいよなあ」
彼は窓外の景色に目をやりながら、そうひとりごちた。
町は失業者で溢れかえっている。放棄された住宅を不法に占拠して、暑さをしのいでいる。増え続ける高齢者に福祉制度が追いつかず、貧困率は今や国民の四割にのぼる。未來の家庭も、未來とその祖父母の三人を女手一つで支えている。彼の父親はマラリアで療養中。この時代、南国由来の風土病にかかることも珍しくはない。この時代に生まれてよかったと思ったことは、ただの一度もない。日本はずっと下降線。昔も、今も、そして未来も。
ファサリ、と音がした。
部屋の片隅に取り付けられた郵便受けの蓋を、未來はおもむろに開けた。中には、何やら白い封書のようなもの。
(いまどき手紙なんて……ドローンがこんなもの運んでくるか?)
そもそも、紙自体を久しぶりに目にしたような気がした。ペーパーレス化が進んでいるわけでは、断じてない。紙の原料となる木材が、枯渇寸前なのだ。今や紙は、庶民には手の届かない代物となってしまった。平安時代に逆戻りだ。
手紙には差出人も、宛先も書かれていなかった。ますます怪しい。未來はやおら封を切り、中の紙を開いて見た。
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◇◇◇ 招待状 ◇◇◇
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未來は何くわぬ顔で、手紙をビリビリに引き裂いた。
「読んで損したぜ」
何が未来だこんちくしょう。俺の将来は決まってる。学校を出て、どっかに就職して、家族を養って生きていくんだ。そこに成長も何もあったもんじゃない。まあいい。それでいい。人生なんてそんなもんだ。そういう時代に産まれちゃっただけのことさ。大体、「秘密結社・SFCの会」という名前自体が既に胡散臭い。何だよSFCって。かの有名な文化財、スーパーファミコンか?
ひとしきり悪態をついたあと、彼は粉々になった手紙を見下ろした。「当選おめでとうございます」やら「合法です」やら、見覚えのあるフレーズを思い出してニヤリと笑う。
「とんだスパム広告だな……こんな見え透いた手に引っかかる奴が多いってんだから、驚きだ」
実際、社会不安に便乗した詐欺被害や悪徳商法が後を絶たない。今の日本人は疑うということを知らないと見える。三人に一人の子供は学校に行けていないのだ、それも当然だろう。
ふいに大きな物音がして、心臓が跳ね上がるのを感じた。
「なんだ!?」
突際に立ち上がり、部屋を見回す。怪しいところはどこにもない。詐欺の手紙に続いて、今度は何事だろうか。そう訝しむ彼の目線は、ガサゴソと不愉快な音を立てる郵便受けに釘付けになった。中で何か動いているらしい。
えもいわれぬ恐怖感に襲われ、ゆっくりと後ずさる。冷房の効いた部屋の中、首筋を冷たい汗が滴る。部屋の窓ほどもある郵便受けの扉がガチャリと開き、人の形をしたそれは姿を現した。
「やっほー」
面食らう未來の前には、一人の少女が立っていた。
「わたくし、秘密結社・SFCの会の者ですが」
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