第63話 囚われの姫と→忠義の騎士と②
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「経歴が追えない?」
「ああ、今のこの国の軍や騎士団や民兵の連中。どいつもこいつもその経歴が不自然なまでに真っ白なんだよ。10年前の革命の際に、まるで突然現れたかの様にね」
枝や草を払い除けながら先導するヨゥがそうミィに答える。
「それは……変ね。て言うか、ありえない」
ミィはオレが転ばない様にと右手を繋ぎ、空いた左手を顎の下に添えて考え込む。
「だろ? て言うか新王を除く城仕え全員がそうだったもんだからさ。キナ臭さで鼻が曲がりそうだったよ」
「えっと、どう言う事?」
ミィとヨゥの会話に理解が追いつかず、先導するヨゥの背中に向けて疑問を投げかけた。
時刻は夜半過ぎ。王都上空にまん丸いお月様が浮かぶ深い時間帯。
オレたちは戻ってきたヨゥの報告を確かめるために、宿を出て街壁の外──────王都に程近い薄暗い森の中を進んでいる。
「本来、どこの国もそうなんだけどさ。城に仕える武官・文官、一兵や使用人に至るまで身元はしっかりとしていなきゃいけないもんなんだ。周辺貴族の子弟とか血族とか、功績を認められて士官した奴とか色々と伝手はあるものの、しっかりと記録に残せる様な人物じゃなきゃ王族に何するか分かったもんじゃないだろう?」
「う、うん」
「でも今のこの国の官僚や兵士には、それが無い。兵舎とか色々潜り込んで見たんだけど、どこの記録も10年前の革命当時の人材までしか記録に残ってないんだ。酒場に居た少ない酔っ払いどもにもそれとなく探りを入れてきたんだが、何十人に聞こうが『兵士に知り合いが居る』奴すら一人も居なかった……て言うか、夜の街に休暇中の兵士が出歩いてすら居ないってのも奇妙なぐらい不自然なんだよね」
そ、そうなの?
「一応この王都にも娼館が幾つかあったんだけど、どの娼婦に聞いても兵士の客なんて取った事無いらしくてさ。て言うか、この街では娼婦も商売にならないほど客が居ない様なんだが」
「兵士なんて仕事をしてる男共が、酒も女も欲しがらない……んー、私たち『女』としては複雑だけど、やっぱりそれはとっても変ね」
「そ、そんなものなの?」
オレ、お酒って前世でも飲んだ事無いからわかんないんだけどそんなに飲みたいものなの?
一応、歴とした思春期の男の子だったからさぁ。女の子に対するアレやコレやは理解できてるつもりなんだけど……。
そういやオレ……この身体になって性欲的な感情を一切感じた事……ないかも。
ミィやヨゥの身体を見てドキドキする事はあるけど、アレは性欲って言うかどっちかと云うと綺麗さに負けて……みたいな感じだったし。
もしかして、そう言った感情はイドが抑圧してる?
【否定します。イドが姫の精神になんらかの制限を設けて制御した事は、過去に一度しかございません。培養器内部で覚醒直後だった時、姫のメンタルバイオグラムが安定せず覚醒に支障をきたす恐れがあった時のみです】
そ、そうですか。
あれ? じゃあオレ……もしかしてそう言う欲求すら女の子化してるってこと?
【……女性にも性欲はございます。どちらかと言えば女性化したと言うよりも、情緒が幼児化した、が正確かと】
あ、そっち?
それはそれでなんか複雑な気もする……。
「んで、まぁミィや2号に報告する前に、アタシなりに色々と仮定して行動して見たんだよ。もしかして今居る城の連中は──────『革命のために用意された』んじゃないかってさ。今の外界の技術力ではあんまり現実的じゃないけど、何事にも例外と規格外って居るしね。アタシらの
「……ちょっと待って。つまりなに? 今の兵士たちは私たちみたいに『用途を限定されて造られた存在』ってこと?」
へ?
ミィの言ってることがすぐに理解できず、オレは思わずその顔を仰ぎ見る。
眉間に皺を寄せて怪訝な顔をするミィからは、焦りの様な感情がうかがえた。
「なきにしもあらずってとこかな。アタシとしても半信半疑だったけどありとあらゆる可能性をとりあえずで考慮したまでだよ。アタシが調べた限りじゃ、誰一人とっても生活感すら感じなかったんだ。仕事を終えれば皆一様に兵舎に戻り一歩も外にでず、簡単な食事と排泄以外で部屋から出てきすらしない。兵舎の外に出れば突然饒舌になる奴も居るし、仕事中ぴくりとも動かない奴や言葉すら発しない奴も居る。幾ら何でも不気味すぎるだろ?」
「で、でも。オレたちが最初にあった、街壁の関所に居た兵士さんは普通だったよ?」
凄い不真面目で凄いダラけてたけど、ちゃんとお喋り出来てたし受け答えもできた。
感じは悪かったけど不気味とまでは……。
「アイツら、アタシが監視を始めた三日間ずっとあの場所に居た──────って聞いたら、姫は信じるかい?」
え、ええぇっ!?
「もちろんずっと見てた訳じゃないんだけどさ。他の調べ物をする合間合間に結構な頻度でアイツらの様子も確認してたんだ。あの関所に居た兵士の数はおよそ8人。この三日間で一回も人数や面子に変更は無かったし、しかも立ってたり座ってたりしてた位置すら変わって無かった──────おっと、姫のその顔。いいね。アタシも二日目ぐらいから気持ち悪すぎてそう言う顔になったよ」
「い、一回も移動してないの? 本当に?」
き、気持ち悪いにもほどがある。
オレらがその姿を確認したのは、直接応対した一人と、あと円卓でボードゲームをしていた数人。
この三日間、ずっと同じ場所で同じボードゲームを延々としている姿を想像したら、軽く吐き気を催すレベルで気持ち悪い。
「──────誰か人が来た時だけ『そうであるように振舞う』よう起動する、
「それで、ミィの出番ってわけ」
森の中を草木を掻き分けて進む事はや1時間。
前のオレならもう弱音を吐きながら青色吐息でゼェゼェ言ってただだろう距離を、今ではかなり余裕を持って踏破できる。
時刻が時刻だから、ちょっと眠いけど。
「時々片方のお城から馬車が定期的に出ていくのを何度か目撃していてさ。他の兵士に比べて明らかに能動的に動く奴らがここいらに向かって『何か』を補充してるっぽいんだよね。んでアタシが見る限りは、目的地にあった施設は魔導に関わる物だと踏んでるんだ」
「ああ、それならヨゥより私や2号が適任よね」
「そういうこと。簡単に探りを入れた感じだと、日中に何かを搬入している時以外はほぼ無人だって事は判明してるからさ。チャッチャと内部の調査をしてやろうって」
最後に大きな木の枝をバキっと折って、ヨゥはその足を止めた。
「ほら、ここだよ」
ミィはヨゥの肩口から。オレはヨゥの太ももの外側からひょっこりと顔を出す。
「これは……砦?」
「ボロボロだよ?」
月明かりに照らされて見えたのは、少しだけ小高い丘の上に建つ廃墟のような石造りの砦だった。
所々の外壁は崩れ落ち、周囲には雑草が生い茂っている。
丘の向こう側は幅の広い川が流れていて、水流の音で判断するならかなり流れが速そうだ。
「念のために少し遠回りして接近したけれど、やっぱり中に人の気配は無さそうだね」
そう言いながらヨゥが顔を向けた先に合わせて、オレも視線を向けてみる。
砦の建つ丘に向かって、草が踏み倒され出来た細い道が一本。
馬車の車輪の跡で出来た二本の筋が、まるで横断歩道の白線の様な役割で道を形作っているようだ。
つまり、ここに定期的に馬車が来ていると言う証拠だ。
「んじゃ、行ってみようか」
「ええ、姫。索敵は忘れずに。私かヨゥと離れちゃダメよ?」
「う、うん」
緊張から生唾を一つ飲み込んで、オレはミィに手を引かれながら森を抜けて丘へと進み出す。
……なんだろう。確かに人の気配はしないんだけど。
誰か、たった今オレたちの存在に……気づいた気がする。
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