第53話 エイミィから→ラァラへ④


「罪人って……何やったの?」


 こんな小さくてか弱い女の子が、牢屋に閉じ込められるほどの何かをしただなんて、オレにはにわかには考えられない。

 

 緊張と不安とで強張った身体を解きほぐすみたいに、エイミィはオレの右手を口元に当てて弱々しい力で揉み続けている。

 その冷たい体温と熱い吐息とでオレの右手が徐々に湿っていく。

 震える瞳はまだ涙を堪えているのかチラチラとオレの顔を見ては、目線が合う度にまた地面へと視線を落とし、そして小さな口を懸命に開いて、か細い声で語り始めた。


「わ、わからないの。ただ、おじさまは……わたしのせいでおおくのひとがしんだっていうの……だから、もうずっとあのろうやでさむさにふるえているわ……あそこにいることが、わたしにできるたったひとつの『しょくざい』だって、おじさまが……」


「『贖罪』? 何も悪いことなんてした覚えもないのに、牢屋に入れられる事が……贖罪?」


「わ、わたしがまだあかんぼうだったころに、なにかとてもひどいことをしたって……」


「あ、赤ん坊だった頃?」


 何それ。

 赤ちゃんの頃に何かをしたとか、そんなのエイミィには絶対わかんないことじゃんか。


「精霊たちは、オレがエイミィを助けるって言ってたの?」


「う、うん。だからもうすこしがんばってって」


 うーん。詳しく話を聞こうにも、当事者であるエイミィが何も分かんないから何ひとつ解決しない。


 イド、何か分かった?


「……この空間が固定されてから、精神干渉は収まっています。敵意のような行動は一切見受けられません。本当に、姫とエイミィ様を結びつけるためだけが目的だったようです」


 謎すぎるなぁ。

 そもそも『銀の月』って本当にオレの事なのか?

 確かにオレらは月からやってきたけど、銀色っていうのが……ああ、オレの髪の色の事?

 自分でも綺麗な色をしていると少し自慢なんだけど、何で精霊がオレの髪の色の事を知ってるんだろう。


 外界に降りてきたのは今日が初めてだしなぁ……。


 ん?

 あれ? なんだか、周りの風景が……。

 チラついてきたっていうか、ザラついてきたっていうか。


「姫、エイミィ様の意識の覚醒に伴って姫とのリンクが途切れ初めています」


「エイミィの目が覚めそうって事?」


「はい。それに合わせて姫ももうすぐで目を覚ましそうです。外はすでに早朝ですから」


 もうそんな時間が経ってたのか。

 体感的にはまだ1時間も経ってないんだけどなぁ。


「お、おわかれ……なの?」


 未だ握ったままのオレの右手をさらに強く握り、エイミィはその小さな瞳に涙を滲ませた。

 うう、この目……弱いんだよなぁ。


「と、とりあえず。今エイミィが居る場所のヒントをくれないかな?」


 そうだそうだ。まだ何の事情も分かんないから助け出そうにもどうする事もできないし、そもそもエイミィが居る場所をオレたちは知らないから助けに向かう事もできない。


「わ、わたし。おしろからでたこと……ないから」


「分かんないの? お城の名前とかさ」


 エイミィはフルフルと蒼い長い髪を大きく震わせる。

 分かんないかぁ。


「この精神のリンク元を逆に辿って行けば、エイミィ様のおおよその現在地を割り出すことができます」


「さ、さすがイド! じゃあ、とりあえずオレたちはその近くまで行ってみるよ!」


 お城なんてそんなたくさんある訳じゃないだろうし、これで何とかエイミィの近くまでは行くことができそうだ。


「ただ、リンクルートを繋いでいる物が群体の精霊ですから、個々の個体反応がとても微弱な上に、かなり散漫的です。解析に時間を要すると予想されます」


「最初にどの方角に向かえば良いとか、分かる?」


「その程度でしたら、お昼前までには」

「うん、それなら大丈夫そうだね。ヨゥ達に何とか事情を話してみようか」


 問題はどう説明するか、何だけど。まぁ何とかなるでしょきっと。


「ら、ラァラ……さま?」


「ラァラで良いよ」


 姫って愛称ですらちょっとくすぐったいのに、様なんかつけて呼ばれるなんて柄じゃない。


「たすけにきて……くれるの?」


「うん。絶対……とは言えないし、まだ何も分かんないけど。とりあえず泣いてるエイミィのことは放って置けない、かな?」


 涙が溜まる目尻を、左手の人差し指で拭ってあげると、エイミィはキュッと目を閉じて顎を上げた。


「んっ」


 口を横に結んで、エイミィはオレの右手を頬に添えて頬擦りをする。

 その仕草が何だか子猫みたいで、とても可愛い。


「とりあえず、すぐ近くまで行くから。精霊達が言う様に、もう少しだけ頑張って待っててね?」


「え、ええ……ラァラがきてくれるなら、わたし……まだがんばれる……がんばれるわ……」


 お花畑に走るノイズがより一層激しさを増し、青一色だった……晴天に灰色の砂嵐が走った。


「ずっと……ずっとまってるから……だから、あの」


「うん、約束」


 エイミィの手を優しく解いて、オレの右手の小指とエイミィの右手の小指を絡ませる。

 弱々しいエイミィの代わりに、オレが強くその指を結びつける。


「絶対、会いに行くから」


 ゆっくりとその指を上下に振って、指切りげんまん。だけどその指は切らない。


「うん……うんっ」


 ついに止まらなくなった涙をポロポロと落としながら、エイミィは壊れたおもちゃの様に首を振って頷く。


 世界に広がる灰色の砂嵐は急速に広がっていき、お花畑も青空も何ひとつ消え失せる。


 残っているのは、オレとイドとエイミィのみ。

 そしてエイミィの姿が、霞んでいく様に消えていく。


「ラ、ラァラ……」


「大丈夫。大丈夫だよエイミィ。何でだかわからないけれど、怖がらなくても良いよ。またすぐ会えるからさ」


「や、やくそくっ。やくそくねっ!?」


「うん、約束!」


 声だけが響く空間で、消えいくエイミィに向かって大声で呼びかける。


「絶対、絶対に会いに行くから! もう泣かないで!」


『ラァラっ。やくそくっ。やくそくだからっ──やくそ───ラァ────っ』


 エイミィの姿は消え、声は凄い速さで遠ざかっていく。


「待っててね! エイミィ!」


 オレは怖がる彼女を勇気付けようと、何度も何度も名前を呼ぶ。


「精神接続、途絶。この空間を正常に戻し、姫の意識を覚醒させます」


 最後にイドがそう呟いて、現実のオレが──────目を覚ました。

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