第51話 エイミィから→ラァラへ②


「こ、これは……?」


 知覚で認識できなかった程の速度で、目に映る光景が書き換えられた。

 あの真っ白でどこまでも果てしなかった世界が、全く違う光景へと一瞬にして変った事でオレは呆気に取られている。


「お、お花畑?」


 そう。

 白一色の目の冴える様な世界から、様々な色の花が咲き誇る牧歌的な風景へ。


 現実世界の身も凍る様な吹雪とは真逆の、ポカポカとした日光の陽気に照らされたカラフルでファンシーなメルヘンワールド。


 鳥が歌い、蝶が舞い、どこかで虫さんが踊ってるんじゃなかろうかぐらいホワホワした、暖かい光景が地平線遠くどこまでもどこまでも広がっている。


「い、イド……? これ、なに?」


「…………?」


 オレを護る様にして立つイドに向かって疑問を投げかけるも、返事は返ってこない。

 ただ黙ったまま周囲を見渡して、真っ白な肌が太陽光に反射し艶の様な照りを輝かせている。

 今のオレと全く同じ姿のイドがそうなのだから、オレもそうなのだろか。

 客観的に見ると、幼いながらに変な色気があるなぁ、なんて。

 混乱気味のオレは少し現実逃避をする。


 落ち着かねば。いや、実際はこのほんわかした景色と気温に影響されたのか、心はびっくりする程穏やかだ。

 イドがあそこまで警戒していたからオレもちょっとだけ怖くて緊張していたのに、今ではなんだか毒気が抜かれたかの様に平静だ。

 何故だか知らないが、今の事態は身構える様な危険な状態では無いと直感している。


 敵意……って言うのかな。それが全く無い。

 この風景がそうさせるのかは分からないけれど、オレが感じとったモノを言葉で表すと、『無邪気』。

 根拠は全く無いのだけれど、オレたちに何らかの害を与えようとか、そういったモノがこの空間に全く含まれていない……様な気がする。



「──────これ……は」


 しばらくあたりをキョロキョロしていると、イドがゆっくりと口を開いた。


「何か分かった?」


 オレとイドはいつも一緒の一心同体。たった一年にも満たない期間だけど、声色で考えを察する事ができる程度には通じ合っていると自負している。


 だから今、イドが何かに気づいたであろう事も声で判断できた。


「──────はい。この精神干渉が『攻撃』では無い事と、干渉している存在がなんなのかが……憶測ですが、判明致しました。今精細なデータを収集・解析しております。もう少しお待ちを」


 そう言ってイドは目を閉じて、未だ少し浮いていた身体の高度を下げて地面へと降り立った。

 そして口をギュッと引き締めて集中し始める。


「うん。頑張ってね」


 イドが何かの作業を始めたのなら、邪魔をしちゃいけない。オレは労いの言葉を一つかけ、後は黙って結果を待つ。

 さて、基本的に無力で無知なオレはイドが居ないと何もできない。

 なのでイドが解析を頑張っている間は特にやる事が無い。

 手持ち無沙汰に焦れてちょっと居心地が悪く、取り合えず周囲の確認だけでもしておこうと思った。

 その場で膝を折り曲げて、足下に咲いている花をじっくりと観察する。


 うーん、花に関する知識が全く無いから、これが何の種目なのかも判明しない。

 とりあえず凄いカラフルで、凄い綺麗で、凄いいい匂いがする。

 それと見えてる範囲で言えば花の種類がかなり多い。

 一輪一輪ごとに形も色も違い、赤やら青やらピンクやら、白いのもあれば紫のもあって、たんぽぽの綿毛らしきふわふわも目に付いた。


 一面花だらけの幻想的な場所で、一糸纏わぬ素っ裸な幼女が二人。

 この状況、かなりえっちじゃない?


「よっと、んーーっ。はぁ」


 なんて身も蓋もない事を考えながら再び立ち上がり、屈伸と背伸びと深呼吸を繰り返しながらイドをちらりと横目で見る。

 時間、かかってるなぁ。

 いつものイドならもう何らかの答えを出している程度には時間が経過している。

 それだけ今の状況がイレギュラーで難しいって事か。

 空気に飲まれて油断しかけていたけど、少し気を引き締めなければ。


「ん?」



 視界の先、イドを通り越して少し離れた場所で何かが動いた。


「んー?」


 色は透き通る様なブルー。まるで水色の陽炎が揺らめいている様に見えるソレは、どうやら人の頭の様にも見える。


「んんー?」


 グイっとその物体に意識を集中し、目のピントを合わせる。

 次第にはっきりと見える様になったその蒼い物体は、やはり人間の頭の形をしていて、花畑に埋もれている。


「イド、ちょっと見て来ても良い?」


「……………………」


 了承を得ようとイドへと顔を向けるも、難しい表情で目を閉じて集中するイドはオレの声に気づいていない様だ。


「…………ま、大丈夫──────かな?」


 あの蒼い物体に危険性は無いと勝手に判断し、オレは花畑をゆっくりと進み始めた。


 気を引き締めなければと自戒した直後の行動としては軽率かな? とは思いつつも、あの蒼い人影からは何の危険も感じ取れない。

 不思議なんだけど、オレに中の何かがあの人影と共鳴している……様に思えるのだ。

 

 惹かれている──────のだと、思う。

 確信にも似たその直感に導かれる様にして、オレはこちらには何の敵意も無い事をアピールする様に自然と、そして優しい足取りで人影に近づく。


「あ、あの」


 距離にすると大体2メートル程度。

 その地点で足を止めて、『彼女』に語りかける。


 そう、『彼女』。

 蒼い人影は、キラキラと輝く蒼い髪の──────女の子だった。


「あの、ここで……何をしているの?」

 

 怖がらせない様に、努めて優しい声色を意識する。

 何せ彼女は、分かりやすく怯えていたから。


 声をかけた瞬間にびくりと身体を揺らし、恐怖で揺らぐ髪の色と同じく蒼い瞳でオレを見て、目尻に涙を浮かべている。


 肩どころか身体全体が可哀想なほど震えていて、女の子座りをしている身体を支えている両の腕も力なく地面の土を握っていた。


「だ、大丈夫? どうしたの?」


 これ以上怖がらせない様に、膝を曲げて抱える様にしゃがみ目線を合わせる。

 

 こんな場所に突如現れた全裸の幼女。もしオレが彼女の立場だったら訳がわからず混乱し怯えるのも理解はできる。

 でもオレとしても、花畑で蹲る蒼い髪の全裸の幼女が居るのだ。程度は違えどこっちだって多少は混乱している。


 そう彼女は全裸だった。まっぱ、スッポンポン、フルヌード。

 オレとお揃いだね! なんて軽く言えれば彼女も落ち着くだろうか。

 いや、余計に怖がりそうだ。やめておこう。


「あ、あう、あ、あぁ、ひっ」


 身体と同じぐらい震える声で、幼女が少しだけしゃくりあげた。

 幼女の目尻に溜まった涙の粒が、大きな水滴となって頬を伝い顎に集まり地面に落ちる。


「あ、ああっ。泣かないでっ。大丈夫だからっ」


 オレは反射的に彼女へと身を寄せ、頬へと手を伸ばして涙を指で拭った。

 あ、やっちまった。


 あんまりにも可哀想な姿だもんだから、庇護欲がくすぐられすぎて思わず近づいてしまった。


「んっ。ぐすっ。ひっく。あ、アナタは、だぁれ?」


 オレの不用意な行動に更に怯えるかな? と思いきや、幼女は涙を堪えて目元を両手の甲でぐしぐしと拭いながらオレに問いかける。


 綺麗な、でも何だか、辛そうな声。


「オ、オレは──────ラァラ。ラァラ・テトラ・テスタリアって言うんだ」


 この身体に転生して初めての自己紹介に、少しだけ戸惑ってしまった。

 自分の名前に言い慣れていないせいか、ちょっとだけ気恥ずかしい。


「……ラァラ?」


「うん。キミのお名前は?」


 感覚的には、泣いている赤ちゃんをあやすぐらいに優しく声色を作って彼女の名前を聞き変えす。


 同時に改めてその姿をしっかりと確認した。


 長い……長すぎる髪の毛は本当に綺麗に透き通る蒼。地面につけているお尻の部分で折り返して土に触れているその髪が汚れてしまわないか心配になるぐらい、細く美しい。

 肌は病的に白くて、月並みだけど白磁の器と例えてしまうぐらい汚れ一つない清純な白。

 幼い顔立ちは泣き顔のせいか更に幼く、無意識の内に『守らなきゃ』と思ってしまうぐらい危うい。

 はっきり言って美少女。いや、美幼女である。


「すんっ、わた、わたしは──────」


 可愛らしく鼻を鳴らして、美幼女は全身の力を振り絞る様に喉から声を出す。


「──────わたしは、エイミィ」


「エイミィ」


 頑張って名前を告げたエイミィが何故だか誇らしく、オレは思わずその綺麗な髪を優しく撫でてしかった。

 初対面の女の子に対して、気安すぎないだろうか。また怖がらせてしまったかな……。


「ひっく、うん。エイミィ・ブライト・アングリスカ」


 エイミィはオレの心配とは違い怖がらず、何故か頭を撫でていたオレの手を取って両手で包み、頬を寄せた。


「アナタが……ぎんのつき?」


「──────銀の月?」


 イロ踊る幻想の花の園、その中心で出逢ったオレとエイミィは、お互い裸のまましばらく視線を合わせたままだった。

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