第50話 エイミィから→ラァラへ①
ぱちくり。
目が覚めた。ん? 目が覚め……てないな。
このどこまでも広がる真っ白い空間。見覚えがある。
地面と空の境界もあやふやで、影すら存在しない目の冴える様な純白。
イドと初めて会った場所だ。
「はい。ここは姫の自我領域の中枢。言うなれば精神世界です」
聴き慣れた声に振り返ると、銀色の長い髪を遊ばせたままの、生まれたままの姿のオレが浮いていた。
吊り目気味の眠そうな瞳で、まっすぐオレを見ているその姿はもちろんオレ本人でも鏡に写ったオレでもなく、イドである。
「なんか唐突だけどどうしたの? なにかあった?」
ここに来る事なんて最初の一回以外無かったもんなぁ。まぁ、イドとはいつでもお喋りできるし、オレが寝てる間はイドも自分のメンテナンスをしている。
夢の一部を利用して投影されているこの空間を作る用事なんかそうそう無い、と以前にこの空間について質問したらイドはそう教えてくれた。
「姫、緊急事態です」
へ?
「驚くべきことにセキュリティに守られた姫の精神機構、その末端である外部への接続端末へとアクセスして来た存在がおります。イドも慌ててメンテナンスを中断し、今こうして姫の自我を夢から引き寄せて守りを固めているのです」
つ、つまり、どう言うこと?
「大魔導師ゼパルが構築した強大な精神防衛システム。それに侵入できるほど強く異質な存在が、姫の自我に干渉しております。これは由々しき事態です。もうまもなくその存在が『ここ』に到着するでしょう」
え、えっと? イド、焦ってる?
いつもなら、もっと分かりやすく説明してくれるのに。
「焦っています。姫の自我を護る情報防壁は全部で七千層。一枚一枚が強固で難解なロジックにて構成されており、それを破壊するどころか一切傷付けず、システムに正規のルートと誤認させてまで侵入できる様な術師など存在しない──────はずでした。ですが実際はこうして容易く、しかも余力を感じるまでに簡単に侵入されています。本来あってはならない事です。今システム・イドは
わ、わからん!
わからんけれども、イドがそこまで早口でテンパるぐらいにはヤバイ状況だって事だけは分かった!
「オ、オレは何をすれば良いの?」
「この空間における姫のそのお姿は、全てが自我の核そのものです。その姿で傷を負うと言うことは、姫の精神の核が傷つく事と同義。ですので全力の防御魔法を展開し、イドの後ろに隠れて前に出ない様にしてください」
りょ、了解です!
オレは慌てて杖を構え──────。
あれ、そういや杖持ってないじゃん。
ここ精神の世界だから、杖はオレの身体が寝ている部屋に置きっぱなしじゃん。
て言うか今気づいたけど、イドもそうだけどオレもすっぽんぽんだよ?
杖どころか下着も、髪留めすら無いよ?
「自我領域は姫の自意識と
そ、そう言うもんなの?
「はい。姫、急いでください。来ます!」
イドにしては珍しく大きな声を張り上げ、オレを通り越して空間の遥か先をキッと睨む。
「あわ、あわわわ」
急かされたオレはイドに言われた通りに
オレが知る限りの防御系魔法は、今思いつくだけでも16種類ぐらい。
イドの補助があるからなんとか全部を一斉に使う事ができてるけど、本来のオレだったらせいぜい四つか五つが限界だろう。だって演算が大変すぎて頭パンクしちゃうから。
でもでも、互いの効果に干渉して打ち消しあったりしてるし、そもそも物理干渉の魔法とかこの世界で意味があるの?
と疑問を浮かべてみても、イドは返答を返さずただただこの空間の遠くを睨んでいる。
いつもなら間髪入れずに返事を返してくれるのに、今はその余裕すら無い様だ。
ご、ごくり。
そんなイドの姿を見てオレは遅ればせながら緊張し、唾を飲み込んだ。
説明だけじゃあんまり理解できてなかったんだけど、もしかして今ってかなり緊迫している状況ですか?
「──────最終防壁、ダメです。属性を変更してもそれに対応して相手も変性しています。攻勢素子が目標を見失っている……? こちらと同質のプログラムに擬態して……くっ」
無表情がデフォルトなイドが苦悶の表情を浮かべるのを、初めて見た。
オレは邪魔をしない様に身を屈めて、緊張と不安を抑えるために唇を噛み締める。
「自我領域の一部が変性します! 姫、何が起ころうともイドがお守りいたしますから、ご安心を!」
空間全体に響き渡るほどの大声でイドが叫んだ。
その直後、白い地平線の彼方から物凄い速度で──────世界が書き変わり始めた。
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