【愛を求める氷雪の華 〜ラァラはわたしのおともだち〜】

第34話 外界へ→行ってみよう!①


「んにゃああ!」


 渾身の力を込めた一撃が、その渾身の力すら抜かれちゃいそうな声とともに発せられた。


「甘いにぃ! て言うか、それは適当すぎるにぃ?」


 4号はオレの放った木刀の一撃をサッと避けて、右手に持つピコピコハンマーを振り下ろす。


「あうっ!」


 おでこ。

 またおでこだよ(笑)。


 打たれた勢いでそのまま地面に尻餅をついて額を押さえたまま、腕を組んで呆れた視線を寄越す4号を見上げる。


「ちょっと前から動きが雑になってきてるにぃ。何も考えないで動いてるからにぃ」


「え、えへへ」


 図星で何も言えないから、笑って誤魔化す。

 ていうかさっきから4号、なんでオレのおでこばっかり狙うのさ!


 そりゃあ、今は前髪が邪魔だからヘアバンドで全部上げちゃってて、狙いやすいのは分かるけど。


 そんな軽口を挟もうとしたけど、4号の様子がちょっと呆れてるのを察してお口をチャック。

 余計に怒られそうだもの。

 

「全力で打ち下ろすなら一撃必殺の気合いを込めて、絶対に殺せる角度とタイミングをちゃんと見定めるにぃ? そうでなかったら体勢を崩す様な攻撃は絶対にしちゃダメにぃ」


「だってぇ」


 もうかれこれ2時間余り、どんなに工夫しようがどんなに策を弄しようが、オレの木刀は4号のマントの端っこにすらかすらないんだもの。


 やけくそのやけっぱちで当たったらラッキーだなぁって思って……。


「姫、たとえどんなに結果が振るわなくても一生懸命なのは良いにぃ。だけどどうせダメだって頑張ってるフリをするのはなんも成長しないにぃ?」


「う、うん」


 ぐぅの音も出ません。はい。


「まぁもうそろそろ姫の体力や集中力も限界にぃ。今日はここまでにするから、お風呂入ってご飯にするにぃ」


「──────うんっ!!」


 やたっ!

 ご飯っ、ご飯っ!


「はい、では気をつけ」


 慌てて立ち上がり、木刀を腰に巻いたベルトのホルダーに固定して背を伸ばす。

 両手は太ももの外側に、指はまっすぐ。

 アゴはちゃんと引いて、爪先も揃える。

 

 4号の剣の稽古では始めと終わりに必ず礼をする。

 4号は意外とそういうところに煩い猫だった。だから稽古を始めたばかりの頃に教えられた姿勢を守り、オレは4号の顔をまっすぐ見る。


 頭の天辺から足の先まで一通りジロリと眺めて、4号は納得したかの様に一度軽く頷く。


「にぃ……。では、礼」


「ありがとうございました!!」


 背筋を伸ばしたまま腰から頭を下げる。

 視線は爪先より拳一個分前を見て、同じ様に頭を下げた4号が動き出すまでじっと待機。


 4号が頭を上げたそぶりを感じたら、オレもようやく頭を上げて再び4号を見る。


 まだ、まだまだ。

 よし、4号が姿勢を崩した!


 これで今日の剣術訓練は終わり!


 オレの姿勢は合格だったようだ!

 ここがダメだったら、ちゃんと出来るまで4号はずっと黙ってしまう。


 今日は一発OK! 良かった!


「先に行ってるね4号!」


「お風呂でストレッチをちゃんと──────ああ、行っちゃった。まだ余裕あったにぃ? 本当、食いしん坊な姫様にぃ?」


 屋敷の中庭に設置されている、柵で囲われた広い芝生の訓練場を駆ける。


 3号が用意してくれたこの運動着はやっぱり動きやすい。

 黒いハーフサイズなスパッツタイプのせいで股間とかがピッチピチで、ぶかぶかで余裕のある長袖の上着が、分厚い素材で少し暑くて不満だけど。


 でもこの服、ほんとびっくりするぐらい丈夫なのが不思議。


 柵の入り口まで迂回するのが面倒で、一歩に力を込めて大きく跳躍する。

 飛んだ高さは4メートルぐらい、跳べた飛距離は10メートルぐらい。

 柵なんか余裕で飛び越して、中庭から屋敷の廊下へと繋がっている渡り廊下を目指す。


 そうだ!

 イド、イド!


【はい。なんでしょうか姫】


 今日の献立なんだっけ!?


【今日はアングリーボアの黒シチューと、姫が昨日焼成したブレッドだと5号は言ってましたね】


 やった!

 5号の作るシチュー、大好き!


【ええ、イドも大好物でございます】


 アングリーボアって、こないだ遠足に行った時に4号が罠にかけてた奴だよね?


 真っ赤な目に真っ白な体毛の、牙と角がすっごく熱い奴!


【はい。討伐推奨級数【二等級】の野生動物です。上位派生種として魔法を使用する『ブラスターボア』、空を跳躍で移動する『バウンドボア』の二種類の魔物化が確認されています】


 確か5号が、ちょっと臭みはあるけどちゃんと下拵えしたらすごく美味しいお肉だって言ってたよね!


【内臓を処理した後三日ほど数種類の香草と根菜の浸した樽に漬け込むと、臭みは消えるそうです】


 どんな味かな! 楽しみだなぁ!


【姫は本当に5号の作る料理が好きですね】


 だってこの『ほぼ一年間』、5号の作るお料理が美味しくなかった日なんか一日も無いんだもの!

 しっかり胃袋掴まれちゃったよオレ!


【イドも同意します】


 イドの味覚データ、もう結構な量になったんじゃない?

 5号の作るお料理の他にも、4号が野外実習で作るキャンプご飯とかも食べてるし、3号の紅茶のレパートリーもあるし。


 それにオレだって5号に監督されながら、お料理の練習してるからね!

 ふふんっ!


【姫の作る料理なんですが、5号と同じレシピ・同じ分量・同じ手順で調理しているはずなのに、なぜ味に差が出るのでしょうか。システム・イドの解析能力を持ってしてもその解析が進みません。不思議です】


 それはオレも本当に不思議!


 この一年で成長したオレの身体能力は、あれだけ長く果てしないと感じていた中庭の渡り廊下をもう通り過ぎようとしている。


 日々日々成長していくこの身体は、余りにも急すぎてオレ自身ですらイドの補助無しでは制御できないほどだ。


 一度全力で走って止まれずに、盛大にもんどり打って壁に激突したのを思い出す。

 あれは痛かった。

 何よりその後で3号にめちゃくちゃ怒られたのが、未だに夢に見るほど怖かった。


 屋敷の外壁に大きな穴も開けちゃったもんね。

 この建物全般のメンテナンスをしている1号には悪いことをしたなぁ。


 渡り廊下から屋敷内部へと繋がる扉を勢い良く開いた。

 ちゃんと壊さない様に手加減をしている。また怒られたく無いからだ。


 ここからは隠密に、そして迅速に行動しなければならない。

 手際良く部屋に戻って着替えを取り、3号に見つかる前にお風呂から上がりたいのだ。


 なぜならあのメイドさん。オレの入浴は絶対に自分が面倒見るウーマンだから。

 3号に任せたらすっごく長くなっちゃうんだよねぇ。お風呂。


 やれトリートメントだのオイルだの、海藻で身体を洗えだの、身体を拭いたらパウダーをしろだのネイルケアもしっかりやれだの。


 本当にそれ必要?

 毎回そう思いながら3号のされるがままはかなり疲れる。


 パッと入ってパッと乾かして、パッと着替えてすぐにご飯が食べたいのだ!


 イド、今3号がどこに居るかわかる?


【屋敷のセキュリティと接続──────正面玄関前の庭園の手入れをしている様です。まだ動きはありません】


 よし、ここからなら間に合う!

 後はオレがもたつかなければ──────。


【──────警告します。3号が急に動き出しました。小転移を繰り返して──ああ。今そこの廊下の角に現れました】


「姫♡  お風呂の時間にゃあ?」


 うわぁ!

 速い! 速すぎる!


 イドの報告を頭の中で整理するより速かった!


「お風呂の準備ならできてるにゃあ♡ さあ、行くにゃあ?」


「──────ぐぇっ」


 オレは全速力で走っていたはずなのに、3号はたやすくその勢いを殺して動きを止めると、ころりと転がして運動着の首を捕まえ、大浴場方面へと引き摺っていく。


 どうなってんだ!

 なんであの体勢からオレは寝かされてんだ!


【3号の身体から膨大な魔力を感知。複数の魔法使用による、見事な捕縛術です。使われているのはおそらく『感覚鋭化』・『物体浮遊』・『身体強化』──────後二つほどあると思われますが、判明しません】


 オレを洗いたいからってそこまでしなくても良くない!?


 これ魔法の悪用って奴じゃん!

 他ならない3号の魔法授業で自分が言ってた奴じゃん!


『魔法とは強大な力にゃ。だから普段は極力使わない様にするにゃあ?』


『力を過信すると精神は簡単に劣化するにゃあ?』


『だから魔法は最終手段。己が正義を為さんとする時こそ、その力は真価を発揮するにゃあ』


『要するに魔法を使ってズルばっかりしてると、あっという間にダメ人間になっちゃうよって事にゃ!』


 とか偉そうに言ってたじゃん!

 嘘じゃん!


「さんごうさーん……オレ、お腹ペコペコだから、お風呂すぐ出たいんだけどー……」


 無駄と分かりつつ、とりあえず自分の意見を述べてみる。

 そろそろオレだって一人でお風呂に入れるってとこ、3号が気づいてくれるかも知れないし……いや、無いな。


「ダーメーでーすーにゃー」


 ほらぁ。


「姫に任せたら頭は濡らして泡立てて終わりにゃ。身体だって馬鹿みたいな力でゴシゴシしちゃうにゃあ? 湯船からはすぐ出ちゃうし、オイルもパウダーも面倒くさがって触ろうともしないにゃ。それに髪を乾かすのも魔法でパパっとやっちゃうにゃあ? あれは髪が傷んじゃうからやらない様にって言ってるのに、全然聞かないにゃ。わんぱくなのも良いけど、ちゃんと私の言いつけは守って──────」


 うぐぅ。言わなきゃ良かったでござる。

 説教モードに入ってしまった。ここから大浴場に着くまで止まんないんだろうなぁこれ。


 ねぇイドぉ。


【イドも概ね3号と同意見です。姫は何事も雑が過ぎます】


 ブルータス……お前もか。


【イドです】


 知ってるよ!


「それに姫? 今日はちょっとおめかしするにゃあ?」


 お説教と同じトーンで、3号は首だけ振り向かせてオレにそう告げる。

 おめかし……?


「なんで?」


 なにか特別な日?

 オレの誕生日──────と設定されている日付は、もう少し後だよ?


「今日は主様マスター──────姫のお父様が自らを魔石へと錬成する為に魔力炉に入った日付けと同じ日、だからにゃあ」


「──────お、とうさま……が?」


 なんだか悲しげに目を伏せたまま、3号は廊下を大浴場へと進んでいく。

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