第28話 よく学べ!→よく遊べ!⑤

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「じゃあ姫、そのまま首まで水に浸かるにゃあ?」


「う、うん。ひやっ」


 冷たい!

 うぅぅううううっ、この湖の水とっても冷たい!

 

 ブルリと身体を一度震わせて、水の冷たさに耐える。

 足が付く程度の湖畔の浅瀬。

 ちっさいお碗型のボゥトに乗った3号の指示に従って、オレは水の中を奥へと進んだ。


 周囲をぐるりと見渡す。

 湖の水面は波紋一つ無く、遠く向こう岸を見ようとしても水平線。

 周囲の森は無風だからか物音一つせず、たまに遠くから鳥の鳴き声みたいなものが響くだけ。


 なんとも穏やかで、牧歌的な風景だろう。

 前世でもこんな景色、教科書やテレビで時々見る昔の絵画ぐらいでしか知らない。


「えっと、次は身体を浮かせてみるにゃあ。できるかにゃあ?」


 ボゥトの上から心配そうにオレを見る3号が、2号から渡されたタブレット型の端末の画面をチラチラと見て何やら確認をしている。


「できるよ。こう?」


 前世じゃ水の事故で死んじゃったオレだけれど、普通に泳ぐ事に関しては自信があった。

 

 身体中を脱力させて、水にその身を委ねる。

 プカリと浮き上がる身体を小さな波に遊ばせながら3号に視線を送る。


「うん。大丈夫にゃあ。じゃあ次は魔力測定にゃ」


「魔力……測定?」


 聴き慣れない単語をオウム返しで聞き返すと、3号は小さく頷いた。


「魔力っていうのは、体内の魔核から捻出される生命エネルギーにゃ。その性質上、水との親和性がとても高いから、より正確に魔力の特性を調べるには水中で測定するのが適しているにゃあ?」


 へぇ……。

 よくわかんないけど、言われた通りにしてみよう。


【魔力。つまり魔力マナと呼ばれるエネルギーはその流動性から良く水に喩えられます。草木のような植物から、野生動物や人間のような知性体。その全てが魔力を必ず内包しており、魔力を持たない生命は存在しません】


 相変わらずイドは良いところで欲しい情報を教えてくれるね。


 つまり、この世界の生き物はみんな魔法使いなの?


【『魔力』を『法則』によって行使するのが『魔法』です。広義の意味での『魔法使い』はこの世界でもそう多くは存在しません。内燃機関や増幅器官に当たる『魔核』の大小や機能・内蔵量などは個体差が強く、魔力を排出することすら出来ない人間や動物がほとんどです】


 ん?

 つまり、魔力マナは持ってるだけじゃ使えないってこと?


【はい。後天的に魔核の機能を拡張したり、知識や技術によって成長させることも可能ですが、これがかなりの時間と労力を要します。魔法が使えないと判断された人間は、そのまま諦めてしまうのが一般的ですね】


 へぇえ〜。


【『才能』、という言葉で一括りにされることもありますが。例えばお父様──────大魔導師ゼパルなどは元々魔法の使えない奴隷民から、後年に賢者と呼ばれるまで成り上がった顕著な例です。姫の前世の知識で例えるなら、努力を諦めずプロ選手まで這い上がった一流アスリート……などは分かりやすいですか?】


 あ、それ!

 すっごい分かりやすい!


【もちろん向き不向きもございますが、努力と工夫と効率次第で如何様にも成長できる……お父様はそれを身を持って示してくれています。お父様の伝説が人気を博し数々の書物に纏められ、吟遊詩人などが長年に渡って詩に語り継いできたのも、その鮮烈なまでの成り上がりが多くの民の師事を得たからに他なりません。姫も、頑張っていきましょうね?】


 そっか。お父様……元奴隷だったのか。


 あれ? でも確か遺言動画では、亡国の王族の血脈だったって。


【そのあたりは長くなるので、書庫やお父様の書斎に赴いて資料を読むことを推奨いたします】


 うん。そうだよね。教えてもらってばかりだとダメだよね。


【はい。ではここら辺で、魔力測定に集中しましょう。姫の規格外さを、そろそろ姫自身にも理解して貰わねばなりませんから】


 な、なんだよぅ。その含みのある言い方……。

 気になるじゃん。


「姫、聞いてるにゃあ? ひーめー」


「わ、あわわわ! ごめんぼぉっとしてた!」


 波間に揺蕩う身体を慌てて起こして、背伸びで水底を蹴る。

 とんとんと小さく飛び跳ねながらなんとか水面から顔を出して、呆れる3号の顔を見た。


「水の中が気持ちいいのはわかるけど、無用心にゃあ? 水はとっても怖いものにゃ!」


 う、うん。それは前世の死因だから。知ってる。


「ご、ごめんね?」


「わかればいいにゃあ。じゃあ魔力測定第一段階、『魔力放出』を始めるにゃあ!」


「お、おっけー」


 自省から少しだけ身体を強張らせる。

 一度注意されたことを、二度間違えない様にしないと。


「まずは目を閉じて、己の内面へと潜りこむにゃ。自分の内側にある、静かな熱を感覚で覚えるにゃあ? 姫の魔核はとっても大きいからすぐに分かるにゃ」


「う、うん」


 言われた通りに目を閉じて、全身の感覚を身体の中へと向ける。


「深呼吸が大事にゃあ。大きくも小さくもない。呼吸音が邪魔をしない程度に繰り返し息を吸い込んで、その度に自分の意識を身体の深いところに潜り込ませるにゃあ」


 順に指示を与えてくれる3号の言葉を聞きながら、オレは魔力という未知のエネルギーを体内から探し始めた。


 その結果に驚愕するのは、このすぐ後の事だ。

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