月の猫姫様は愛されちゃってしょうがない〜人造姫【プリンセス】・ラボラトリ〜
不確定ワオン
【銀の月、目覚めの日】
第1話 覚醒→《アウェイクン》①
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『よし、起動に成功したにゃあ』
くぐもった声が、深い深い意識の底で眠っていたオレの自我を優しく掬い上げる。
『各種パラメータも問題にゃしにゃ。神経伝達系のパルスにも異常は見あたらにゃいにゃ』
ぶくぶくと何かが泡立つ様な音が分厚いフィルターの様に作用して、耳に届く声に変なエフェクトが掛かっていた。
『目、開けるかにゃ? 俺っち達のこと、見えるかにゃあ?』
ぽよぽよ、こつこつと。
何か柔らかい物体が硬い物にぶつかる様な、そんな音が聞こえてくる。
気になって閉じた目蓋を開こうとしても、何だか体に全く力が入らず開けられなかった。
『まだ開かないと思うにゃあ。それに知識データの移行をしていにゃいにゃ。反射反応はすると思うけれど、ちゃんと僕達を認識するのはまだまだ先の話にゃ』
それがなんらかの言語なのは理解したけれど、何を言っているかまでは全然分からない。
オレの意識が未だふわふわと微睡んでいるからなのか、それとも全く知識に無い言語だからなのか。それすらも。
『そりゃそうにゃ。にゃんせ生まれたばかりにゃ。よし、俺っちは朝の魔導炉の定期チェックに行ってくるにゃ。二号は姫の経過観察を引き続きよろしくにゃ』
『任されたにゃ。そういえば三号はどこにゃ?』
『姫のためにお洋服を準備するとか言って部屋でチクチク針仕事をしてたにゃ。気が早すぎるにゃ』
『仕方にゃいにゃ。三号は
もういいや。
何言ってるかなんて全然さっぱりだし、考えるのがとても面倒だ。
今はただ、とにかく眠たい。
なんでこんな眠たいのか、だってオレは長い──────眠っていたはずなのに。
あれ?
長い間、どうして眠っていたんだっけ。
んー…………ああ、思い出せない。
今はただただ、眠くてたまらない。
『本当に長い長い研究だったにゃ。
『仕方のにゃい事にゃ。この研究を終わらせる事が、
『まぁ、そうにゃあ。んじゃ行ってくるにゃ』
『帰りに5号からご飯貰ってきて欲しいにゃ』
『了解にゃ』
二種類の甲高い声が軽快なリズムで交互に何言かを交わして、そして突然静かになった。
ごぼごぼとした水音と、ごうんごうんと地響きの様に鳴る──────これはなんだろう。
機械音?
まるで船舶の動力の様に聞こえるそれを子守唄代わりにして、オレは再び意識を深く深く沈めていく。
そう、船の、様な、音……?
あれ、確かオレ……船から落ちて……?
ああ、ダメだ。
もう……眠くて……何も……かんがえ……ら……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【知識データ、移行率20パーセント】
うおっ!
びっくりしたぁ!
な、何? 誰の声!?
なんて言った!?
【記憶データ、移行開始──────失敗。一部データの移行が端末側から拒否されました。アプリケーションを再起動して再度試みます。再起動、失敗。メンタルバイオグラム照会。正常動作を確認。不具合箇所の検索…………………………ソウル体と記憶データの相互干渉を確認。移行可能データを抽出。684693030件のデータが一致。一致したデータから移行を開始します】
何を言って──────痛い! あたまが──────ぐっ、だ、だれかっ、たすけ──────!!!
【ソウル体に負荷を確認しました。人格保護を最優先。外部よりシャットダウンを試行します】
うるさ──────このいたみ───とめ──────。
【シャットダウンまで──────5──────4──────3──────2──────1】
あっ──────。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『ひーめっ、おはようにゃあ♡』
……ん?
あれ、オレ──────さっき……痛みは、消えてる……?
なんだったんだアレ。
死ぬかと思った。
『意識の覚醒は済んでるにゃ。別に呼びかけなくても勝手に目を覚ますにゃ』
『そんにゃ問題じゃにゃいにゃ。朝起きたらおはようって言うのが正しいにゃ。これだから2号はダメにゃ!』
また、二種類の声。
でも今度はさっきと違って、声の違いがはっきりと分かる。
一つは、男の子。
もう一つは女の子。
どっちもとても幼い……様に聞こえる。
聞こえるけれど、相変わらず何を言ってるのかは分からない。
英語、でもないし。フランス語……?
違うな。日本語では無いのは確かだ。
『にゃあ……にゃんで僕は同タイプの猫妖精からダメだし食らってるにゃあ?』
『2号は助手タイプでオス。この
『僕達は同一のエーテル体の複製にゃ。つまり95%の体構成が同一の個体にゃのに、その理屈はおかしいにゃ』
『ぐちぐちぐちぐちうるさいにゃ。私は姫と初めてのご対面で忙しいにゃ。もう用事は済んだからさっさとあっちいくにゃ』
『り、理不尽にゃ……』
声色だけで判断すると、女の子はとっても不機嫌そうに聞こえる。
男の子の声がため息と共に遠ざかっていくのを感じて、その方向に首を動かしてみた。
とてもぎこちないけれど、かなり頑張る事でなんとか首は動く。
なんだ。なんでこんな、体が動かし辛いんだ。
『動いた! 動いたにゃあ! 姫、私の声が聞こえてるにゃあ? 貴女のお世話係の人工猫妖精三号にゃ! 初めましてにゃあ♡』
甘い甘い声で、女の子がオレに向かって話しかける。
もふっもふっと柔らかい音が同時に耳に届いた。
『……まだ言語野の開発は終わってにゃいにゃあ。音に反応しただけで言葉の意味までは理解でき無いにゃ』
『ふかー! あっち行ってろって言ったにゃ!』
『にぃ……』
男の子と女の子は、言い合ったり喧嘩したりしながら、未だ目蓋を開けられないオレへとずっと話かけてくる。
返事を返してみようにも自分の体なのに指一本動かせず口すら開けられないし、それにまだまだとても眠たい。
一向にクリアにならない思考のまま、オレは語りかけてくる声をどうにか理解しようと頑張って、そして理解できずに考える事を放棄したのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
もう何日経っただろうか。
緩く覚醒しては、すぐにやってくる眠気に負けてまた深い眠りに落ちると言うループを延々と繰り返している。
時間の感覚は曖昧で、そもそも目も開けられないから周囲の状況すら読み取れない。
だけど今日は違った。
ようやく、薄めだがオレの閉じた目蓋が開かれたのだ。
どうやらオレは大きなガラス菅の様な物の中に居るらしい。
大量の水で満たされたそのガラス管の中で、ふよふよと浮き沈みしている様だ。
水には少しだけ色が付いていて、かなり薄めのメロンソーダみたいな緑色だった。
足下から浮き上がる気泡は特に酸素って訳じゃなさそうだ。て言うかマスクもボンベも付けてないのに、なぜオレは水中で平気に息をしているのだろうか。
なんとか力を振り絞って大きく深呼吸をしてみたら、普通に空気を吸う事ができてしまった。
ううむ。分からんことばかりだ。
とにかく、まずは周囲の観察から始めよう。
状況確認、状況確認。
大事だよね。状況確認。
首を頑張って持ち上げて、とりあえず正面を見る。
初めに目に移ったのは、かなりどでかい電光掲示板の様な物。
空港の出発ロビーにある様な奴で、黒い背景に白くて細かい文字がビッシリと羅列されていた。
書かれているその文字に見覚えは全く無い。
どっちかって言うと象形文字。文字と言うより子供の落書きに近いグニャグニャ。
いつもよりはっきりとした思考でその文字を端から端まで一通り眺めて、明滅したり現れては消えたりと言った電光掲示板の変化を少しだけ楽しんだ。
なにせずっと意識が混濁していたんだ。
目に映る光景が新鮮すぎてちょっと面白い。
まだ身体は動かせないっぽいけど、視線ぐらいならキョロキョロできる。
電光掲示板は……液晶モニターかな?
右隅の方でグラフみたいなアニメーションがグニグニと動いている。
左上では物凄い勢いで文字が書かれては消え、書かれては消えと目まぐるしい。
知らない文字で書かれているから、当然ながら文字として認識できず、一通り観察を終えたオレは疲れた目を休ませるためにまた目蓋を閉じた。
たった数分間開けていただけなのに、もう目の奥で鈍痛がするほど疲労してしまった。
一体オレの体はどうなっているんだ。
ここがどこかも分からないし、自分がどうなっているのかも分からない。
なのにあんまり焦っていないのは、やっぱりまだ意識がはっきりしてないからなのだろうか。
ゆっくり、ゆっくり整理して行こう。
まずは、こうなる直前の事。
確かオレは──────船から落ちて、大海原を漂流していたはず。
地獄の様な、三日間の渦中に──────居たはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます