光命について

 光命は私の二番目の旦那である。


 彼との出会いは少し風変わりなものだった。私は幼い頃は霊感を持っていなかった。ただ、視線を感じるとか、気配を感じるとかで、振り返ってみても誰もいない。この程度でしかなかった。


 ある日、ねん――想いの送り方の修業を始めてから、半年ほどで神様が見えるような霊感を持った。いわゆる開眼だ。三十歳を過ぎてからのことである。

 しかし、まだまだ未熟で、私が見えたり話ができるのか、神の子供だけで、大人は見えるようにならなかった。


 その頃、この世界で結婚していた旦那が、素晴らしく霊感のある人物で、彼から大人の神様たちのことは話に聞いていた。


 そこで、光命と出会ったというか、彼のことを知ったのである。

 勘や感情という曖昧なものでは動かず、すべて小数点以下二桁の数字の可能性をパーセンテージにして、成功する可能性の高いものを選び、言動を起こす。彼が人間であったとしたら、細い縁の眼鏡をかけているような繊細でありながら中性的なルックス。物腰全てが優雅で貴族的。口調はですますで、一人称は。それが、光命だった。


 私は感覚人間で、光命の考え方は斬新ざんしんだった。そして、彼の思考回路にはまったのだ。三ヶ月間、ほとんど眠ることもしないで、可能性を導き出し選びとる。それにハマり、ある朝、体に限界がきてぶっ倒れるほど、光命に夢中になった。


 気づいた時には好きになっていた。

 だが、私には配偶者がいたのだ。あの世でもこの世でも同じ人が。しかも、その人と他の女性との間に生まれた子供が、光命だったのだ。


 つまり、私と彼は母と息子なのだ。恋愛対象になるとは、肉体の欲望を生み出したもので、間違っているのだと、恋の炎を何度も消そうとしていた。


 そのうち、光命にパートナーの女性ができたと聞かされた。神様の世界では、出会ったら永遠で別れることはない。肉体の欲望がない限り、心にみんな忠実で、本当に自身に合う人を探し出すし、探し出せるのだ。

 あっという間に結婚する神々の世界のことをもよく知っていた。光命もその人とすぐに結ばれるのであろう。

 私という存在がいることも知らないままで。


 ガッカリする自分がいることを知ると、やはりまだ諦められていないのだ。欲望に取りかれた自分に腹立たしくもあり、自嘲じちょうもした。ただ自分に言い聞かせた。


 光命さんが幸せならそれでいい、と。



 それから、数年後――蓮に出会った。その頃は、光命は私の中で過去の人となり、蓮を本当に好きになった。ここで初めて、神様と結婚をした。


 さらに、八年の時が過ぎて、私は精神障害を負ってしまった。その頃には、霊感はなくなり、神経を研ぎ澄ましても、声も聞こえず、誰の姿も見えなかった。


 もしかしたら、幻覚や幻聴だったのかもしれないと悩んだ日もあった。私の見ていた美しい世界は、どこにもなかったのかもしれない。不安と絶望の中で、否定的な考えが次々と生まれた。


 それでも、私は一分も泣かなかった。後悔しても何も始まらない、治すことのできない病気ならば、その病気を付き合っていこう。まずは病気を知ろうとした。誰も見ていなくても、誰にも理解されなくても、前へ進もうと思った。


 東京で一人暮らしはできなくなり、七年間失踪していた家へ戻ってきた。家族は相変わらずで、まったく価値観の合わない人たちばかり。イライラがお互いに募る関係性。それでも、回復に向けて、病状の記録をつけたり、思考回路の変更を何度失敗しても、諦めずに続ける日々だった。


 精神科の閉鎖病棟から退院して、半年が過ぎた頃、蓮が部屋に入ってきたのを、もう何年ぶりかに見たのだ。誰か男の人を連れてきたいた。私の知らない男の人を。


 その人が私のそばへきて言った。


明日あす、あなたと結婚します」


 まだまだ心が病んでいる時で、びっくりはしなかったが、


 誰?


 とだけ思った。よーく見てみる。霊感を強くして。紺の長い髪は少し波を打うくせ毛で、肩より下までの長さ。色白で神経質な綺麗な顔立ち。霊感を研ぎ澄まして、今目の前にいる神が過去のどこかで会ったことのある人かを探す――すると、すぐに見つかった。


「光命さんですか?」

「えぇ」


 何がどうして、こうなっているのか。わからなかったが、勘や感情で動かない彼が、いきなり結婚するとは言わない。私のことを知らないと思っていたのだが。そんなことを自問自答していると、神には人の心の声は丸聞こえだった。


「三年前から、あなたから見えない場所で、私は見ていましたよ」


 三年前といえば、中絶して体調がどんどん優れなくなり、最後は歩くことも困難になって、寝たきりの生活に近い日々を送って入院して、今に続くまでの時間だ。


 光命の優雅な笑みを消え失せ、真摯な眼差しになった。


「あなたはいつでも一生懸命。何事からも逃げましませんでした。ずっと見ていました」


 誰も見ていないと思った。世界でただ一人になってしまったみたいだった。神様たちが私の心の支えだったのだから。でも、神様は見ていたのだ。


 そこで、ピンときた。蓮が光命を先に好きになったのだろう。光命はルールはルールだ。バイセクシャルの複数婚などというエキセントリックなことには踏み出さない。それに比べて、蓮はミュージシャンの感性で動いているから、性別など関係なく結婚しようとか言いそうだ。


 やっと理解できた。配偶者の人数が増えるのだ。


「じゃあ、光さんの奥さんと結婚するんですね?」

「いいえ、私は結婚していませんよ」

「え……?」


 パートナーの女性が見つかったから、とうの昔に結婚して、子供も生まれて幸せに生きているのだとばかり思っていた。


「あなたと結婚するのが初めてです」


 光命という存在を知ってから、十四年の時が流れていた――。

 運命だったのだ。何も間違っていなかった。私は神の示した道を歩んでいたのだ。


 こんな出来事が起きてから、私の人生観は変わった。それまでは、人生とは自分が本当に望んだものは手に入らないのだと思った。入ったとしても、自分の思い描いていた形ではなく、別の方法や代替え品だったりした。


 しかし、望んだものが望んだ形以上になって、やってくることもあるのだ。この後には、たくさんの人たちの愛の中で暮らすような生活が待っていた。いいことの前には辛いことや苦しいことが起きる――厄落としというものがあるというが、その分よりも、素敵なことに私は出会ったのだ。


 神様、ナイス、サンキューです!


 今でも、光命が無防備にそばで眠っていたり、彼の素肌を見ると、ドキドキとフワフワは止まらない。一生色あせない恋もあるのだなと、四十過ぎで知ったのだった。


 2020年7月23日、木曜日

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