第8話 アテンドTHE大化改新(8)

 八



ない、ないのだ。どこを探してもない。とんでもない。

クラスメイトが静かに昼休みを過ごす中、俺は一人焦っていた。

「どうした、大雅」

「あー、いやちょっとな……」

葵の爽やかな気遣いをやり過ごしつつ、鞄を底からひっくり返す。普段なら、こういう雑なことはしない質なのだけど、場合が場合だ。しかし、参考書が乱雑に落ちてくるだけで、目当てのものは見つからなかった。

確かにしまったはずなのだ。管理は極めて厳重にしていたはずだった。

「ん、なになに? 焦ってるねー」

良太が食後の菓子をかじりながらいつもの気の抜けた、おっとり声で言う。話しているとこっちまで気が抜けていきそうになるから、俺は生返事だけして、今度は机の中の参考書を一ページずつめくっていく。

「提出物でも忘れたの?」

「この焦り具合じゃ大事なプリントでもなくしたんじゃないか? 進路の、とか」

それならどれだけよかったか。ちなみに進路記入用紙は、受け取った日から行方知れず。

「で、なに探してんだよ」

「……当たり。進路のプリント」

本当は別の探し物であるが、返事も面倒だったのでそういうことにしておく。それに言えたものじゃない。あれのことは、どこかに情報のかけらでも漏れたら、その瞬間アウトなのだ。

いくら鞄を探っても見あたらなかった。となると、よぎるのは

「……ちょっと出るわ。用事」

「ん、職員室? 先手をうって謝りにいくのかー? 斬新な方法に出るなぁ、きっと先生も驚くぞ」

別棟の美術室前だった。記憶にある限りでは、最後にあれに触れた場所だ。暗闇の中だったから不用意に落としてしまった、というのは十分考えられる。

「というか、もう授業始まるよー?」

「あぁ、すぐ戻るから大丈夫」

 多少必要なことでも、面倒くさがり屋の俺は普段なら行動せずじまいのことが多い。だが、今回ばかりは即行動に移す。

あの寂れた場所なら、まだ誰の目にも触れていない、なんなら誰も足を踏み入れていない可能性だってある。今ならまだ間に合う。俺の名誉と、学校生活を守ることができる。教室を出たら、半ば走り気味に別棟へ向かった。

しかし、そんな見立ては早い段階で外れることになる。

声が聞こえたのだ。それは渡り廊下を過ぎて、別棟へ続く重たい扉を開けてすぐだった。心地よさそうに歌う女子の声が聞こえてくる。合唱部かなにかが練習しているのだろうか、怪訝に思いながら近づくと、今度は急に叫びだしたではないか。

もしかすると、なにか危ない空間に踏み入れてしまっているのかもしれない。しかし、そう簡単には引くわけにはいかない事情がある。ひとまず階段下に身を隠して様子をうかがうことにする。

聞いてみたら、なんとも暴力的な歌詞だった。一人で歌っていて、合唱部ではないようだった。だいたい、どう考えても合唱向きの曲でもない。学生バンドのボーカルだろうか。

一体どんな人が歌っているのかと思って覗いてみると、ちょうど美術室前辺りに、赤いシュシュが髪と一緒に揺れて見えた。どこかで見たことがある気がして、ぼんやりその姿を眺めながら記憶を辿っていたら、チャイムに阻まれる。

 はっとして気づかれないよう首を引っ込め、赤の髪留めの女子が立ち去る足音を聞き届けたら美術室前へと急ぐ。次の五、六限は数学の時間だ。前に真面目に受けると約束したばかり。

 美術室前をどんな風に探しても探していた紙は落ちていなかった。まさかあの女子が──とよぎりはしたが、人を疑う前に自分を疑え、とはよくいったものだ。家で一度探してみよう、と教室まで走って戻った。


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