0:01 時間停止の砂時計

マグロ

――キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン




 一時間目開始のチャイムが鳴ったが、僕はまだ廊下を歩いていた。人身事故で電車が遅延し、遅刻をしてしまったのだ。急いで生徒指導に遅刻届を提出し、後ろ側の扉から教室に入る。


 幸い先生はまだ来ていないようだった。所々たわいのないおしゃべりが聞こえるが、誰も僕には目もくれない。




☆☆☆




 僕はこのクラスで「いないもの」として扱われている。高校三年の6月。もうそろそろ高校生活もお終いだというのに、全くクラスに馴染めていなかった。ヒーローに憧れていた少年は「凡人以下の何か」になって高校生活を送っている。


 高校では綾野先輩や小林のように助けてくれる存在もいなくなった。一人一人に個性が出て、誰からも慕われる存在なんてものは薄れていく。「陽キャ」「陰キャ」「オタク」「嫌な奴」「ダサい奴」そして誰からも頼られない「いないもの」


 僕は今、ただ授業を受け学校が終わったら帰ることを繰り返している。部活にも入らない。いじめられるよりはマシ。そう自分に言い聞かせる。僕の居場所はここにはない。




☆☆☆




 僕は教室の一番後ろにある自分の席に座り、一時間目の授業の準備をする。教室を見渡すとところどころ空いている席がある。今朝の人身事故の影響で他の生徒も何人か遅刻しているようだった。


 まだ先生も来ていなかったのでスマホを取り出しTwitterを開いてみる。「人身事故 学校」で検索をかけると多数のツイートが引っかかる。




『人身事故で電車動いてなくて学校いけない笑』




『なんか○○駅で人身事故らしい 学校遅刻だ・・・』




 ネットはいい。「いないもの」の僕にも外との繋がりをくれる。でも繋がりがあるだけで居場所があるとは限らない。


 僕のTwitterのフォロワーはほとんどいない。唯一の相互フォロワーはクラスメイトの「マグロ」だけだ。


 マグロは校則ぎりぎりの長髪でいつも目を覆っている小柄な女子生徒で、僕と同じくクラスで浮いた存在である。どんな話をしても反応が薄いことから、クラスのやんちゃな男子たちの間で「マグロ」と呼ばれている。本名は麻倉あさくらといった。


 僕とマグロはいわゆる「ぼっち」で、一学期からグループワークなどで余り者同士組まされることが多かった。それがきっかけで知り合い、今ではTwitterを相互フォローする程度の仲である。ただその程度の仲であるから基本的にはグループワークや掃除などで一緒になった時にしか会話をしない。故に友達と呼ぶには微妙な関係である。だが僕にとって高校での唯一の繋がりだ。




 ただ僕とマグロには決定的な違いが2つだけあった。


 一つ目にマグロは友達ができないわけではなく、友達を必要としないタイプの生徒だということだ。休み時間などは常に読書に耽っていて、僕とは似て非なる存在だった。


 そして二つ目は彼女の居場所がクラスにあることだった。


 どんな形であれクラスに居場所を作れるか。その点において最も重要な要素は「キャラ付け」だろう。秀才、運動神経が良いなどといったポジティブな要素はもちろん、運動音痴、いじられキャラといったネガティブな要素が一つでもあれば、みんなからどう思われようとも、一応認知はされる。


 実際、マグロはぼっちであるにも関わらず、クラスメイトからあだ名をつけられ「いないもの」ではない。僕が小学時代に拒否した生き方を彼女はしているように思える。




 マグロのTwitterアカウントを覗いてみたが、今日はまだ何も呟いていない。そういえば今日の掃除当番、マグロと一緒だったっけ。そう思い、斜め右前の席のマグロを見ると、彼女は先生が来ないのをいいことに読書に耽っている。


 マグロと一緒の時間があるからといって、僕の心が休まるわけではない。そもそもマグロは僕に対してもそのマグロっぷりを遺憾なく発揮する。相槌を打つか、最低限の返答しかしない。向こうにはクラスメイト程度にしか思われていないのかもしれない。








 綾野先輩に認められ、この人のヒーローのなりたいと思っていた日々が懐かしい。そんなことを考えていると先生が教室に入ってきた。ああ、また退屈な一日が始まる――。


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