中学時代のヒーロー

 5年生になって、6年生になって、気が付けば中学生になって、僕の周りは少しずつ変わっていった。仮面ライダーやデュエリストを目指していた同級生たちは、それぞれ現実的な夢を追い始めた。


 スクールカーストは細分化し、目に見えるようないじめはなくなった。ただ細分化したのは「普通の奴」で、「嫌な奴」と「ダサい奴」はずっと底辺のままだった。


 相変わらずダサい奴だった僕は次第にクラスに馴染めなくなっていった。身長は伸びず、成績も大して良くならない。そんな僕をクラスの委員長やリーダーの子たちは助けようと手を差し伸べてきた。


 ヒーローになりたかった僕にとってそれはとても惨めなことだった。本来ならば僕がその立場になるべきだと思っていたからだ。差し伸べられた手を振り払うかのように振舞うと、僕は自然とクラスで孤立していった。


 今思えばクラスメイト達の僕への扱い方も変わっていったと気づいた。4年生の頃はいじめから助けようともしなかった子たちが僕なんかに手を差し伸べるようになったのだ。綾野先輩の言ったとおり、大人に近づくにつれて周りの子たちは変わり始めていた。




だけど僕は変わらないままだった――。




 もし僕がここまで負けず嫌いではなく、ヒーローにも憧れていなかったら、落ちこぼれキャラとして生きる選択肢もあっただろう。


 でも恋心とともに抱いていたヒーローとしての綾野先輩への憧れと、夏休みの日に先輩から言われた一言が僕にそれを許すまいとずっと拒み続けていたのだった。


 こんな惨めな姿、綾野先輩には見せられない。




 幸い先輩は中学受験をし、都内にある名門の中高一貫校へと進学していった。そして小学校の卒業式を最後にもう先輩とは連絡をとることさえしなかった――。




☆☆☆




 中学時代のヒーローはちょっとやんちゃで義理堅い。そんなイメージがある。僕とは正反対だった。


 この頃の僕はもうみんなにとってのヒーローのなることは諦め、誰かにとってのヒーローになることを目指していた。それでも結局僕はまわりに助けられてばっかりだった。


 中学一年の時、仲が良かった小林星士こばやしせいしという男子生徒がいる。小林は他の小学校出身で、坊主頭にニキビがトレードマークだった。初めて出会ったとき、僕は彼との身長差に驚いた。身長が一回り大きい。僕の頭が小林の胸あたりだ。


 小林は一年生ながら野球部のエースで、僕の描く中学時代のヒーローそのものだった。そんな正反対の存在だった僕らはたまたまクラスの席が近かったことで仲良くなった。




☆☆☆




 部活のない日に小林が幽霊部員だった僕を誘い、僕の家でゲームをすることになった。




「ソウタ、喉乾いた。なんか飲み物ない?」




出会ってまだ2か月だったが小林は僕のことを名前で呼んでいた。




「うん、わかった。麦茶でいい?」




「いいよー、ありがとソウタ!」




僕が二人分の麦茶を用意する。


そうしてかつて綾野先輩とプレイしたゲームの続編を僕は小林と遊んだ。ここでなら僕はヒーローになれる。そう思っていた――。








「ソウタ、ここは任せろ!」




 小林は僕よりもはるかにゲームが上手かった。綾野先輩の時のようにゲームと現実が入れ替わることはなく、僕は小林に助けられてばかりだった。ラスボスを倒し、世界を救ったのは現実世界でもヒーローの小林だった。


 その時初めてコントローラーを持つ手が震えた。悔しいさ、劣等感、優しくて最高の友人のはずの小林に嫌悪感さえ抱いてしまっていた。




「……小林くん。すごいね」




 本心から出た言葉は小声でため息のようにさえ聞こえた。




「結構やりこんでるからな。ん? どうした、具合でも悪いのか?」




 明らかに様子の変わった僕を小林は心配そうに見つめる。




 どうしたら僕は小林くんのようになれるんだい?




 僕は恥ずかしさを押し殺して訊いてみたくなった。でもまた強がってしまって訊けなかった。




「ごめん、体調がなんか悪くて、風邪かも」




「大丈夫か? お大事にな」




☆☆☆




 小林には悪いことをしたと思っている。友達思いで裏表のない最良の友人だったとも思う。


 あとから同級生に聞いた話だが、弱気で体の小さい僕が不良の先輩たちから目を付けられないように、真っ先に友達になろうしたらしい。


 その優しい心遣いが僕にとっては苦痛でしかないことを彼は知らない。次第に僕は小林とは距離を取り始め、中3でクラスが変わると遊ぶこともなくなっていた。


 助けてもらえなくたって僕は生きていけるんだ。いつか絶対誰かにとってのヒーローになるんだ。




夢の中で綾野先輩が僕に何度も「大丈夫」と言った。「ソウくんは私のヒーローだよ」と続けた。それを僕は何度も何度も反芻していた。




☆☆☆




 3年の秋を過ぎると、受験モード一色になった。小林はスポーツ推薦で強豪校への合格を決めた。一方僕は受験に失敗し、都内随一の底辺校に進学することになる。




 小学時代ヒーローになる夢を見ていた僕の居場所は、もはやこんな場所にはあるはずもなかった。

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