第33話 依存と共依存

「今から話すことは、恐らく簡単に信じてはもらえないと思う。だから、先にひとつ質問したいことがあるんだけどいいかな?」


 全部話すと言っても物には順序が必要だ。

 特に内容が内容だけになおさらだ。


「なんでしょうか?」


 エルネはすっかり冷静さを取りもどしている。

 いや、あえて感情を押しころしているんだろう、見ているこっちが辛くなってしまう……。


「この世界では魂の洗礼を行わないと魂の欠片ソウルスフィアを使っても意味がない。それはそもそも使えないのか、使ってもスキルが使えないのか、どちらが正しいのかな?」

「なぜ今そのようなことを聞かれるのか疑問ではありますが、私は坊ちゃまの教育係でしたね。いいでしょう答えましょう。魂の欠片ソウルスフィアは魂の洗礼を終えてからでないと、使うこと自体できません」

「なるほど、なら都合がいい」

「都合がいい?」

「うん」


 俺はあえてそれ以上言わず、バックパックから木製の魂の欠片ソウルスフィアケースを出し、開いて見せた。


「それは、先ほどシフティエイプを倒した時に手にいれた魂の欠片ソウルスフィア?」


 エルネの言うとおり、俺は先ほどの戦いで4つの魂の欠片ソウルスフィアを手に入れていた。

 巨躯のシフティエイプから手に入れた黒と錆色のマーブル模様の魂の欠片ソウルスフィアが1つ、通常個体のシフティエイプから手に入れた、だいだい色の魂の欠片ソウルスフィアが3つだ。


 俺はその中から、巨躯のシフティエイプの魂の欠片ソウルスフィアを手に取り、話を続けた。


「実は俺もエルネと一緒で、普通の人間ではないんだ」


 いきなりこんなこと言われたら、普通はバカにしてるのかと思うかもしれないけど、俺が規格外なことはじゅうぶん伝わっているはずだ。


「確かに先程の戦いぶりには驚きましたが……、よくよく考えてみると、坊ちゃまはあの不可侵の剣士であるフラック様のご子息。それに、どう見ても坊ちゃまは普通の人間のようですが、一体どういうことですか?」


 なるほどそうきたか。

 どうやら父さんの名は、俺が思っている以上に広く轟いているようだな。


「見た目は確かにそうなんだけと、この世界にとって俺は、ある意味エルネよりもずっと異質と言える存在なんだ」

「どういう意味ですか?」


 怪訝な表情を浮かべるエルネ。

 意味深な言葉ばかり並べられてるんだ、それも当然である。


「それは見てもらったほうが早いかな」


 そういうと、俺は手にした魂の欠片ソウルスフィアを胸に押しあてた。


 なんの抵抗もなく当たり前のように胸に吸いこまれていく魂の欠片ソウルスフィア


「なっ!」

 

 何度見ても異様な光景だな。

 エルネが驚くのも無理はない。

 でもエルネが驚いたのは、その光景の異様さでないのはいうまでもない。

 そして……。


 どうやらこれはかなり当たりのようだ。


 シフティエイプの魂の欠片ソウルスフィアは、ものを投げる攻撃の命中と威力にほんのわずか補整がかかる『投擲LV1』だ。

 しかし今、俺の頭の中に浮かんでいるのはそんなちんけなスキルと比べ物にならない、思わずテンションがあがってしまうほどの上物だ。

 どうやら特殊個体だと、持ってる魂の欠片ソウルスフィアも変わってくるみたいだな。


 思ってもいなかった収穫に期待を膨らませながら、俺は近くにあった背の高さほどもある大岩にとことこと歩みよった。


「ぼ、坊ちゃまは、魂の洗礼を来月に控えていると聞いておりますが……?」

「うん、それで間違いないよ。俺はまだ魂の洗礼がすんでいない」

「な、ならなぜ?」

「訳がわからないだろうけど、まあ見ていてよ」


 エルネを一瞥すると、俺は目の前の大岩に掌をピタリとつけ、覚えたばかりのスキルを心の中で唱えた。



衝撃インパクトLV3』!



 直後、耳をつんざく衝撃音とともに、目の前にあった大岩が礫の雨となり爆散した。


「実は俺、この世界の人間じゃないんだ」


 俺は振りかえると、口を開けたまま固まっているエルネに全てを打ちあけた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「まさか、そんな嘘みたいな話があるなんて……」


 エルネは最初こそ戸惑いをみせたものの、語るにつれ静かに俺の話に耳を傾けてくれた。

 あまりに真剣な俺の表情を見て、ふざけているわけではないと判断したんだろう。


 しかしあまりの荒唐無稽な話に、語り終えてもなんとも反応ができず困っている様子だった。

 婆っちゃんみたいに、裏付けとなる色んな知識もないんだから当然のことだ。


 しかし、10歳児ではとうていあり得ない先ほどの戦いぶりと、本来ではあり得ない魂の欠片ソウルスフィアスキルの使用がとどめとなり、どうにか信じてくれたようだ。


「とりあえず、俺が元々この世界の人間じゃないってことはわかってくれたかな?」

「……ええ、どう受けとめればいいのか困り果てておりますが」

「俺は別に、自分も苦労してきたから、身内の死を経験したから、気持ちがわかると言いたい訳ではないんだ。エルネの話を聞いて、人の悲しみや苦悩は人それぞれで根深いものなんだとよくわかったよ。軽い気持ちでいった訳じゃないけど、気持ちがわかるなんて言って悪かった」

「それはもう構いませんが、ならどうして坊ちゃまはこんな話を?」

「それは君に信じてもらいたいからだ」

「はい? 仰っている意味がわかりませんが」

「俺はこの世界の人間ではない。人間がどうとかエルフがどうとか知ったことじゃない。つまり俺はエルネを偏見の目で見ることのない、この世界でただひとり明確な根拠を持った人間だ」

「確かにそうかもしれませんね。でもそれは坊っちゃまが言ったとおり、あなたがこの世界の人間ではないからです。もしそれが私を救えると言った坊ちゃまの根拠だとしたら、それはとんだ見当違いです。あなたひとりがそうであったとしても、私にはなんの意味もないんですから」

「そんなことはない。これは君にとってとても大切なことなんだ」

「まるで私の気持ちがすべて分かっているかのように聞こえますが、先ほどの謝罪は嘘偽りだったのですか?」

「俺は確かに君の気持ちにはできないと言った。でも、君が何を考えここまできたかはわかっているつもりだよ。エルネ、君は本当は人間を信じたいんだね」

「――!」


 ずっと気になっていた。

 なんでエルネは教育係の道を選んだのか。


 今、依存心の強いエルネの生きる指標となっているのは、人並みな幸せを手にいれて欲しいという母の遺言だ。

 だからこそ、得意でないながらも積極的に他者と関わろうとしてきた、それはわかる。


 でもなんで人間の貴族の教育係なんて選んだのか。

 母の願いを叶えるだけであれば、エルフの里に戻った方がずっと手っ取り早いはずだ。


 エルネのお母さんの話を聞く限り、事情を話せば恐らく里に受け入れてはもらえるだろう。

 もちろんそこでも迫害を受けるだろうし苦労はするだろうが、人間の町でひっそりと暮らすよりもずっとましなはずだ。


 では何故エルネは人間の町での暮らしを選んだのか?


 それは人間のことを知りたかったからだ。

 そして信じたかった。

 母親の仇でもある人間を何故?

 そんなことは決まっている。


「エルネは本当にお母さんのことが大好きだったんだね……。だから、お母さんが人間の男性を選んだことを否定したくなかった。そして君は、見たことのない自分のお父さんを信じたかった。人間の印象を最悪のままになんてしたくなかった。違うかな?」

「ええ、そうですよ、その通りですよ! ただそれだけなのに、エルフとわかったとたんに! いったい、いったい私はどうしたらいいと言うんですか……?」


 押さえこんでいた感情がせきを切ったように溢れだす。

 エルネは体を震わせながら叫ぶと、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしその場に崩れてしまった。


 自分で仕向けたこととはいえ胸が痛む。

 そう俺はこうなることをわかっていて実行した。


 人の心を掌握するには、一度ドン底まで突き落として手を差し伸べてやればいい。

 いいやり方でないことはわかっている。


 でも今のままではエルネはぜったいに幸せになんてなれない。

 誰かが前へ導いてあげないとダメなんだ。

 だから……。


「エルネ、俺についてくるんだ」

「……えっ?」


「さっきも言ったとおり、俺はこの世界を救うべくもたらされた存在だ。戦うべきその相手は異世界の神。それはSS級の魔物よりも遥かに格上の存在。いくら俺に女神の恩恵を受けた力があったとしても、その戦いは熾烈を極めるだろう。しかし俺は必ずやりとげて見せる。守るべき人たちを守るために。そのためには力がいる。俺自身の力は当然のこと、災厄から多くを守るための軍隊、それを動かすための権威。俺はありとあらゆる力を手にいれるつもりだ。それが傭兵団なのかギルドなのか、はたまた国なのか、今は何かとはわからないが俺はそれを率いる存在になる。出自や性別、年齢など関係なく優秀な者が正しく評価される、そんな組織を作るつもりだ。この世界ではエルフが迫害されている? そんなの知らないね、俺はこの世界の人間じゃないんだから。本当にそんなことができるのか? できる! 俺は女神に選ばれこの世界を守るべくもたらされた存在だからだ!」


 この先を言うと、もう引き返すことはできない。

 俺はエルネの依存の対象となり、彼女の人生を背負うことになるだろう。

 でもどうせ世界を救うと決めたんだ。

 ひとりくらい増えたってどうってことはない。

 覚悟はずっと前からできている。


 これは俺の決意表明だ。


「今の世界に絶望しているのなら俺がお前の世界を作ってやる。だからエルネ、お前は側近としてずっと俺の成すことを側で見守っていろ! 」


 俺は高らかに宣言すると、うずくまるエルネに手を差しのべた。


 目に涙を溢れさせ、静かに顔を上げるエルネ。


 そしてエルネはそのまま、差しだされた俺の手を掴み答えた。


「はい、坊ちゃま……」


 その様は神に救いを求める信徒のように見えた。

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