第20話 擬態再び
「黄金竜のクオーターとか言ってたよね。これ食べたら強くなれるのかな?」
そう言ってみると、フラスコに入ってるペコのスピリットが一際激しく暴れだした。もしかして言葉わかってるんだろうか。
ま、スピリットを扱うには専用の施設がいるとかって話だったし、私なんかが下手なことはしないほうがいいだろう。
ということで、とりあえずペコのフラスコは収納しておく。
さてと。レベルは……おお!
一気に100まで上がってる!
さすがレベル128のペコ。経験値、美味しいです!
思いがけずレベルが上がっちゃったけど、今後の道中はどうしよう。
大きく分けて二パターンかな。
一つはこのまんま出くわす人間どもを片っ端から倒していくってパターン。
この盗賊団程度が相手ならまったく問題はないわけだけど、あまり舐めてもいられない。冒険者の中にはとんでもないのがいるってことは十分にわかってるからね。
もう一つは、なんらかの偽装を施すパターン。
ペコが爆裂しちゃったので、使役モンスターのふりってわけにもいかないんだけど、これについては一応考えはあるのだ。
私はミミックで、擬態を得意とするモンスターだ。
で、レベルが上がったら、擬態についてもレベルアップするんじゃなかろうか。
スキルは、ポイントで購入するってのもあるけど、使用状況やらレベルアップやらに応じても強化されたり、派生したりもするらしい。
てことでステータスを確認する。
うん。擬態の欄に“?”が増えていた。つまり擬態できる姿を増やせるってことだ。
で、今の脚が生えてる状態が宝箱改なんだけど、これをもうちょっと進化させたら人間の姿になれるんじゃない? というのが私の目論見なのだ。
ということで、さっそく別の姿になれるかどうかを試したいところなんだけど。
こんな血まみれの道の真ん中でのんびりそんなことやっちゃってていいのかなってのはある。
どうしようかな。
あたりを見回してみる。
すると、使えそうな場所が二つ見つかった。
一つは、盗賊団が襲ってきたであろう村。
もう一つは森っぽいところ。
どっちもそんなに遠くはない。
うーん、とりあえずは森かな。
さっきの盗賊程度なら別に脅威じゃないんだけど、わざわざ人間のいるところに行く必要はないしね。
さて、移動の前にスピリットキャッチャーの瓶を回収しよう。
瓶を一カ所に集めて、べろんと大きな舌を伸ばして、一気に中に放り込む。
片付けも終わったので、森へと向かうことにした。
ちょっと歩くと簡単に辿りついたけど、見つからないようにもうちょい奥へと行ってみよう。
てくてく。てくてく。
こんなもんかな。
あたりをきょろきょろと見回す。鬱蒼とした、ちょっと暗い森の中。
周りに人間やらモンスターやらの気配はない。
ないはず。
ま、索敵系のスキルを持ってないから確実じゃないけど、見た感じは誰もいない。
じゃあやってみますか。
最初に手足が生えたのは、必死になってどうにか逃げたいと願ったからだ。
てことで今度は。
「人間! 人間になれー! うぉぉおおおおお!」
無闇に気合いを入れてみる。
お、むずっときた! 変化のきざしが!
なんかいけそう!
よしっ!
「うりゃああああああ!」
さらに叫ぶ。
すると、
ずるり。
となんか伸びた。
ん?
なんか変わった?
視点位置を変えて、自分を見てみる。
残念ながら宝箱のままで、手と足が……ん?
なんか、背が伸びてない?
視点を動かして自分を全方向からぐるりと見る。
お尻があった。
おへそもある。
……えーっと……。
つまり、女の子の下半身といえるものが、宝箱の底についているのだ。
今までは、足の付け根が宝箱の底にあったんだけど、今はおへそのちょい上ぐらいが宝箱の底になっている。
微妙だ。
ステータスを見てみると、宝箱改二が増えていた。
一応人間には近づいてる。それは間違いない。
けど、これじゃごまかせないじゃん。不気味さがアップしてるだけじゃん。
もう一声欲しい。
つまり、上半身だ。
そう。これに上半身があればどうにかなる!
「どりゃああああああ! 上半身! 上半身出てくださいー!」
さらに気合いを入れてみる。
いや、もう、どうやったら思いどおりの部位を出せるのかなんて全然わかんないし。
こうなったら勢い任せだ。
なんかこう、熱い気持ちで誤魔化して押し通すしかない!
と、なんかむずりと熱い感覚が。
これはきたか! きやがったのか!
「ほわぁあああああああああ!」
よくわかんない雄叫びを上げる。
ばかん!
すると、宝箱の蓋が勢いよく開いて、盛大にすっころんだ。
え? 何が起こった?
横倒しになって、木が水平に見えてる。視界が九十度傾いちゃってるのだ。
視点は常に固定にできるはずだけど、体の動きにつられちゃうんだよね。
よいしょっと、と視点を動かそうとして、それができないことに気付いた。
あれ?
手を動かして、自分の身体を触る。
ん? 胴体?
そのまま手を上に上げていく。
ぺたぺたぺた。むにむにむに。
柔らかい。
そして首が。ほっぺが。髪の毛がある。
おお! 成功したのか!?
だったら、これで完全な人間体に!
……は全然なっていなかった。
えーと。
今の私を簡単に説明するなら、宝箱に食べられかけてる女の子って感じ?
宝箱の中から、女の子の上半身が生えている状況なのだ。
で、脚はない。側面に生えていた手もなくなって、これは普通に上半身についてる。
ステータスを見ると、宝箱改三が増えていたので、今の状態がそれらしい。
「よっこいしょっと」
とりあえず、手で地面を押して、体勢を立て直した。
さてと。
一応、上半身は出たわけだけど。
でも、どうしようもないな、これ。
まず脚がないので身動きが取れない。できて腕だけの匍匐前進か。
それに、深紅の薔薇の恩恵を受けられない。なので、この状態で攻撃を喰らうと一撃でアウト。
まあ、レベル100だからそれなりの耐久力はあるはずだけど、深紅の薔薇があるのとないのでは雲泥の差だよね。
そして、顔ができてしまったからか、視点位置の変更能力もなくなっている。
さらに最悪なことに、この状態で頭を潰されたら死んでしまうだろうって実感があるのだ。
この状態の私の本質は、頭部の脳味噌にあるみたい。
だから。
メリットが何一つない!
人間のふりにしては実に中途半端で、こんな姿で警戒されずに人間の世界を旅するなんてとても無理だ。
うーん。
宝箱に食べられかけてる美少女のふりをして、人間をおびき寄せる役に立つぐらい?
けど、そんなんで油断する程度のやつなんて、真っ向から倒せる気もするなー。
あ、美少女かどうかなんてわかんないのに私、ナチュラルに自分が美少女だって思い込んでた。
実際のところどうなんだろ。
美人薄命の効果で美女なんじゃなかろうかとは思うんだけど。
気になるけど、視点変更できないし、鏡とか持ってないしなー。
がさり。
と、考え込んでいると何者かの気配を感じた。
やっば。変身に夢中で周りに気を配れてなかったよ!
慌てて振り向く。
そこにいたのは、細身で目の細い冒険者だった。
ん? なんか見覚えが……あ、アルドラ迷宮で最初に会った冒険者だ。
ほら、深紅の薔薇をくれた盗賊の人。
うーん、なんか微妙な気分になるな。たしかに深紅の薔薇は役に立ってるし、これがなきゃ死んでたんだけど、素直に感謝する気になれないっていうか。
で、盗賊の人は、魂の抜けたような顔をしていた。何か、信じられないものでも見たっていうか……ああ、私か。私に上半身が生えたからびっくりしたのかな?
「あなたは何をしているんですか?」
そして、ぼそりと盗賊はつぶやいた。
「え、何をって言われても、人間の姿になろうかなって……」
「脚はどうしたんですか?」
盗賊がずかずかと近づいてきた。あー、そーいや、この人、私の脚をえらいなでてたな。思い出したら鳥肌立つけど。
「ああ、人間の姿になりたいなって思っていろいろ試してたらこんな感じに――」
「ふざけないでください」
こわいよ! なんか無表情だし!
「ちょ、ちょっと待って! なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないの!」
なんか詰め寄ってくるし。ちょっと、近いし、怖いよ!
なんというか、大分レベルは上がってるんだけど、この盗賊に勝てる気がまるでしない。
まあ、今の状態だと深紅の薔薇の恩恵は受けられないから、純粋な実力勝負になってしまうし、脚がないから動けなくて戦いになんないんだけどね。
「お、落ち着いて。ね? 私もこの状態はまずいなーって。脚が生えてるほうがいいなーって思ってるところだから!」
必死に訴えてみると、盗賊の動きが止まった。てか、いつのまにか手にナイフ持ってるし。こえーよ!
とにかく、この状態だとどうしようもないので、私はいったん、先ほどの状態、宝箱改二に戻ることにした。
「よいしょっと」
すぐに腰から下が生えている状態に変化した。
「で、なんの用なわけ?」
相手は人間だけど、攻撃しようって気にはなれなかった。一応恩人ってこともあるし、敵意を向けられてるわけでもないし。
「ああ、つい我を失ってしまって。脚がまた生えるならそれで問題はありません」
なんだかよくわからないけど、納得したのか盗賊は去っていった。
え? いや、こっちはさっぱり意味わかんないんだけど。
と、ちょっと考えてる間に、盗賊の姿はきれいさっぱり消え去っていた。
すぐにどっかへ行けるわけもないから、気配を消して姿を隠したのだ。
こわ!
あいつ、もしかして、私のあとをずっとつけてきてたの? まったく気付かなかったんだけど! 今もどっかから見てんの?
えー? なんかやだなー。
まあ、どうしようもないので、それはさておき。
これで、人間化の目途はたったんじゃなかろうか。
下半身はできたし、上半身もできた。
なら、後は両方を同時に実現すればいい!
やってやろうじゃないか!
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