転生神の憂鬱

@HighTaka

再就職

 死んだのはずいぶん昔だ。現代でいうところの室町時代。出自はそれほど高くはなかったが、聡明と評価されて僧籍に入り、招来を嘱望されていたところを病で三十路にもならず死んだ。

 それから西国のとある山村の土地神となって数百年。時代の変化を見て学びながら村を守ってきた。村は何度か戦禍にまきこまれたが、絶えることはなく今日のこの日を迎えることができたのは、土地神としては上出来だったと思う。

 今日のこの日とは、最後の村人が去る日だ。

 土地神といえど、全国的な少子化や過疎化には対処できるわけもない。村人とともにテレビを見てこればかりは一介の土地神にはどうにもできんと分かった。

 願わくば全国に散ったこの村の子孫たちが絶えることのありませんように。

 土地神としてのつとめはここで終わり、私も久々に都へと戻った。テレビで紹介されていたので都がどうなっているかはよくわかっている。とりあえずあそこの寺社は健在なので、縁故のあるところに転がり込んで身の振り方を考えようというわけだ。どうせ、ご同様の土地神はたくさんいるので、別の赴任地を紹介してもらうのはあきらめていっそ入滅してしまってもいい。記憶を封印して人間として生まれ変わるのもいいし、外国に働きにいってもいいだろう。

「少子化のせいでよい生まれ変わり先もなかなかおまへんのや」

 世話になった先ではいきなりそう言われた。

「児童虐待確実なとこならすぐにでも紹介できますけどいやどすやろ? 」

「それくらいなら入滅してしまうほうがいいですね」

 うんうんとうなずくこの神はこの神社で下働きをやっている。ほこらももらっておらず、ご祈祷の処理だの、ちょっとした天罰などを代行しているのだ。そんな立場だって満員で空きはない。

「外国も今は危ない国しか募集がないし、だからこそあいてるわけで」

 これは遠回しに入滅を勧められているなと思った。彼としてもいい加減な対応をしては自分が失職しかねないので露骨に勧めることはできない。しかし、余った神の処遇としては一番世話のない選択肢なのだ。

 入滅とは文字通り、彼岸に去って戻らないこと。人間でいえば死ぬことである。

 まぁ、十分な歳月存在できたし、いろんなものも見れたし、それでも悪くはない。

 ところが彼は急に声をひそめてこう話しかけてきたのである。

「ここだけの話どすけどな、外国ですらないところなら一つ募集がおます。誰でもってわけでもありまへんが、天満宮でもお勤めできそうなあんさんなら紹介できると思いますのや」

「それはどのような? 」

「異世界どす」

 理解できなかった。

「ほら、若い人の読んでるライトノベルなんかに出てくるやつ」

 ああ、そういえば村の誰かの孫がそんな感じのものを読んでいたな。

「でもそれは作り話の世界でしょう? 」

「まあ、そうともいえるし、言えなくもおまへんな。神の世界も様変わりしてましてな、いまやネットや概念の世界にも拡大してますねん。わいがゆうてるのはそういう世界の一つとしての異世界ですねん」

 よくわからない。

「で、どういうことをするのですか」

「迷える若者を導く、そう聞いてます。興味ありまっか? 」

「新興宗教のご神体やれという話ならお断りですよ」

 そういううさんくさい話は昔からある。あんまり頭のよくない無職神がひっかかって結局たたり神になってしまうパターンだ。

「ちゃいます。これはビジネスだす」

 新興宗教もビジネスなんだが。

「えげつない話やないでしょうな」

「安心しとくれやす。相手は神に採用されないような死人だす」

「そこまで言えるということは結構知っておられますな。ちゃんと聞かせてもらえますか」

「いうてもええですけど、聞いてもうたら後戻りできまへんで。聞かずに断ってもよろしおますが、正直な話、当分は他にご紹介できる話はありまへん」


 荘厳な神殿の中を私は案内された。荘厳といってもなぜかギリシャ風というかエジプト風というかそんな大理石の回廊なのだが。

 両側には泡のたつ縦長の水槽がならんでいて、そのてっぺんには人魂が冷たい光を放っている。

 案内にたってるのはこれまたそっちの神話にでてきそうな女神だったが、聞けば日本神話の女神の分霊なのだという。社がダムに水没し、かわりに稲荷の代行としてどこかの会社の稲荷に常駐していたのだが、その会社もつぶれてしまって現在にいたっているらしい。

「これがそれぞれ一人分なのですか」

 都を離れると言葉使いも変える。そもそも私の生まれた時代の都と今の都では話し言葉も違うのだ。ケースバイケースである。

「はい。結構な数あるでしょう? 」

 彼は一つに手をかざした。漆黒の長衣をきた少年が露出の多い、耳の長い肉感的な女性数名を侍らせて照れながらもまんざらでない顔をしている風景が映った。

「これが彼の望んだ世界です」

「子供っぽいですね」

「それでも何かエネルギーを感じませんか? 」

 まぁ、リビドー方面だね。

「確かに穢れているものの、ちらほら輝くものはありますね」

「これが一人二人ならともかく大変な数発生しているのです。放っておくとどんな祟り神が現れるかわかりません」

「それを整えて発散させてやるのが仕事ですね」

「出来のいい妄想はギリシャから招聘したミューズが内容の相性のよい書き手に伝達し、作品となって世に伝わります。そうすれば、ここで祭ることのできる御霊も増えるというものです。昔はこれがやりにくかったのですが、今はとてもやりやすくなりました」

 時代の移り変わりは土地神としてもしみじみ感じる。あの村もずいぶん栄えたりひどく衰退したりして最後にはなくなってしまった。

「お仕事はカウンセリングとマッチングです。望む世界と力を与え、ただ予定調和ではなく本人もびっくりしながらも楽しめる設定を行います。はやりものの基本をおさえるだけではだめで、そこは手堅くても人としての感性に訴える驚きがないといけません」

「難しそうだ」

「参拝者の望みを、本人が意識してないレベルでかなえてあげるようなものです。ずっとやってきたことではありませんか? 」

 確かに、祈りの内容は願いそのものではなく本人が拙いながらも考えた解決策にしかすぎないことがままあった。それを読み取るのは神にもやや難易度が高い。

「それでは手順を説明します。それから最初に担当する人の資料を渡します」


「まことに残念ながらそなたは死んでしまった」

 考えたら、氏子にも直接話しかけたことがないのに不思議な仕事だ。

「え、あ、うわぁ」

 死の瞬間を思い出しておののく背広の男。

「事故にいたるまでの事情はあまりにも気の毒。ゆえに転生についてはそなたの希望をなるべくかなえたい」

 ちなみに、世俗的な日本神話の神様の姿をとっている。本当は一度きてみたかった宮中装束を仕事着にしたかったのだが、ちょっとマニアックすぎると同僚たちに駄目出しをされてしまった。

 まぁ、いきなり具体的に希望はいえないので、ここからは講習で学んだカウンセリングの技術を利用して引き出して行く。あらかじめ、プロファイリングでだいたいの方向は決まっているのでほぼ確認作業なのだが、時折びっくりするような希望がでてきてアドリブ力も試される。

 無事、過労のあまり事故を起こして死んだ営業マンは異世界に旅立った。想像通り、たまに刺激のあるスローライフを希望していたので、刺激の与え方に緩急を用意しておく。寂しがりやでもあったから、心の許せる家族や友人も増やしていこう。本人は自覚していないが、同性愛者でもあったから恋愛要素はなし。そのかわり彼好みのライバルであり友人でもある人物を用意した。毎晩原稿用紙を前にうなった成果が実ったというものである。

 これで十五人目である。まずまず順調であろう。ただ、彼の物語がミューズによって伝達されることは少なくとも十年はないと思う。

 やってみると、土地神とは違ってなかなか刺激的で面白いものの、ひどく疲れるので、休みももらえるのはありがたい。なにしろ土地神は暇な時が大半とはいえ常時営業であったから。

「おつかれさま。一ヶ月のお休みになるけど、どこで過ごす? 地底空洞温泉ならまだ予約できるよ」

 事務方をやっている神が私の勤務表を見てそう聞いてくる。彼もメジャーどころの神の分霊だが、ネクタイをしめて袖カバーに眼鏡と昭和の事務長のような格好をしている。気がきいてありがたいのだが、ちょっとのめりこみすぎである。

「あそこいくと媾合のお誘いがきちゃうのであんまりのんびりできないな。情報収集もかねて人の世界にいくよ」

 地底空洞温泉というのは、人間がこれないような地下空洞にわく温泉で、神々がのんびりするのは絶好の場所だ。ただ、いろいろ解き放たれるので、古代の神々にとってはフリーセックスの場でもある。彼らはあけすけなところがあってちょっときつい。といってお誘いを断ると彼女らは怒りっぽいのでまた面倒なことになる。

「では所定の現金と寄り代を用意しよう。物騒だから気をつけてな」

 物騒といっても、私の生きていた時代ほどではないだろう。

 寄り代はわらでつくった人形である。これに宿ってかりそめの姿をつくるのだが、火には弱い。燃えてしまえば次の休みまで替えはないので注意が必要だ。

 さて、情報収集である。この仕事を紹介してくれた都の神に相談したところ、ちょうど開催のある大規模イベントがあるというので行ってみる事にした。

「行ってみるってあんさんな、世界最大の宗教イベントより人が集まりますのやで。不用意にいったらエラい事になりますがな」

 そうなのか。世界最大の宗教イベントってどれくらい人が集まるのだろう。千人くらいかな? 

「全然、全然届きまへんわ」

 教えられた数字に腰が抜けた。

「そらぁ、あんな仕事が成立するわけだ」

「せやろ? いきなりいっても目が回っておしまいだっせ。さて、ここでええ~話がありますのやけどな」

 こいつ、顔が広いな。

「ちょっとやってもらうことがありますけど、開場前に入れて一般参加と違う視点で見れて、交代で戦利品かいにいく時間もとれる話だす。あんさん、記録と金勘定は大丈夫ですやろ? 」

 まあ、神主と一緒に帳簿睨んでたことはあった。簿記も覚えた。使わないと思うが。

「たぶん」

 あまり本格的だと困るな。

「大丈夫だす。うちらの仲間であれに出る連中がおりましてな。売り子があと一人欲しいとぼやいてるのがおって、さて一般神では無理やろなと思ってたとこにあんさんがきてくれてこれはもう渡りに船やと」

「そいつらも神なのか」

「某大社で禰宜としてはたらいております、わしも時々寄り代でさい銭の勘定やら初詣の設営やら手伝いますが、あれを常時やってる感じ。それで俗世の趣味に目覚めてあのイベントに出るまでに」

 なんだか重篤な連中のようだ。

「よい経験になりそうなので、乗りましょう」

「よっしゃ、ほな引き合わせまひょ」

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