龍の眼のひらくとき

真夜中 緒

第1話 津宮(つのみや)にて

 「まあ蜜月みつき、よく来たわね。ちょうど梅の蜜漬けが届いたのよ。あれをあけさせましょう。」

 竜魚を御して津宮の舟繋ふながかりに船をつけると、嬉しそうに乙姫様が出迎えて下さった。贅沢な事に細かく欠いた氷を添えた蜜漬けが、すぐに運ばれてくる。

 「竜魚を御して来たんですもの。暑かったでしょう。さあ召し上がれ。」

 銀の器に盛られた氷と梅の蜜漬けはとても美味しそうだ。しかしまさか従者の私が先に匙を取るわけにはいかない。

 横目で主を見ると、主がため息をついて匙を手に取った。

 「乙姫…あんまりにもあからさま過ぎないか?」

 主が匙で梅を崩し、氷と混ぜる。混ぜたものを一匙口に含んだ

 「あら、だって竜魚を御すのは蜜月みつきでしょ。あなたにできるわけないもの。ほら、主が食べたんだからもういいわ。蜜月みつきも溶けないうちに召し上がれ。」

 乙姫様のお言葉に、主と同じように梅を崩して氷と一緒に口に入れる。

 冷たい。そして甘い。すごく美味しい。

 口の中にふわりと甘さと香りが広がってゆく。

 夢みたいな美味しさだ。

 表情に出ていたのだろう。乙姫様が満足そうに微笑まれた。

 「乙姫、この梅はどういう梅だ。香りの高さが素晴らしいぞ。」

 主も梅の香りの高さに驚いたらしい。

 「牟婁むろから運ばせたのよ。献上品のついでにね。」

 牟婁むろというのは京からもっと南の、山を越えたところで、梅とか柑子とかの産地なのだそうだ。

 「献上品の上前はねたんじゃないだろうな。」

 主の皮肉を乙姫様が笑いとばす。

 「まさか。必要なだけたっぷりと仕入れたのよ。梅の蜜漬けは色々と使えるもの。取引に応じてもらうのに骨は折ったけどそのかいはあるわ。朝宮あさのみやにだって明朝には届くわよ。」

 どうやら私達は帝に献上されるよりも早く食べてしまったらしい。主が再びため息をついた。

 もう一匙、口に入れる。

 やっぱり美味しい。それにすごい香りだ。

 (薫餌くのえに使ってみたいな。)

 ちょっと浮かんだ考えを打ち消す。さすがにこれを薫餌に使うのは無理だ。高価すぎるし希少すぎる。

 「それで、刈津かりのつに行くの?」

 すっと声を潜めて乙姫様が囁かれた。

 「相変わらず耳が早いな。」

 主が北の刈津に向かうという話がでたのは昨夜だ。まだ昼間なのだから一日もたっていない。

 それどころか、今日の呼び出しの理由がこの話なのならば、話がでていくらも立たないうちに乙姫様の耳に届いていたということになる。

 「こんなところにいて、特に秘密というわけでもない話を知らなければ、それは無能と言う事よ。」

 津宮は交通や流通の要衝ではあるけれど、京からは少し離れている。東宮での内々の話がこれほど早く届くということは、乙姫様は東宮に耳をお持ちなのかもしれない。

 「行くしかない。まさか東宮である兄上を行かせられないからな。それではなんのための輝宮かぐのみやかという話だ。」

 そして主が行くのなら、私も当然行く。私が行かなければきっと、主はお役目を果たせない。

 「東宮様に妬まれるのは大変ね。」

 乙姫様がくすくすと笑った。

 乙姫様は津女宮つのひめみや様のご息女のお一人だ。ご自身も女王ひめおおきみでいらっしゃるのに、主の妃にもならずに通い処で通しておられる。

 主に言わせると乙姫様には他にも通わせる殿方がいらっしゃるのだそうだけど、それならいっそう妃になってもらうべきだと思う。

 だって、本当に素敵な方なのだもの。

 華やかで、お綺麗で、しかもとても格好よくて。

 主がぼやぼやしている内に他の殿方に取られてしまわないかとはらはらする。

 「はっきり言うなあ。兄上も悪気ばかりと言うわけじゃない。」

 主はそうおっしゃるけれど、本当だろうか。

 主の兄君である東宮は意地の悪いお方だ。その意地の悪さのおかげで私は主に拾われたのだから、私が文句を言うのもおかしいのかもしれないけれど。

 でも、そうは言っても仕える主が恥をかかされるのは許せない。

 「刈津かりのつは夏でも朝晩は冷える事があるそうよ。念のために袙は多めに持ったほうがいいかもしれないわ。」

 浪津なみのつには刈津かりのつからも多くの船が来るそうで、乙姫様は色々と刈津かりのつの事を知っておられた。

 刈津かりのつは栄えているみなとなのだそうだ。

 「北の、龍の首戸おびとの海に面していて、北からの昆布や干魚の他に、龍のかしらの玉を扱っているのが大きいわ。かしらでは寒すぎてあまり作物が取れないから、玉を売って冬支度の食料を買うのですって。それを龍の腹沿いに浪津なみのつまで運んでくるのよ。」

 乙姫様の御声は耳に心地よく、内容も一緒にスルスル入ってくる感じがする。

 「つまり刈津かりのつまで行くには船で龍の腹沿いに行けばいいのか。」

 主の言葉に乙姫様は首を横に振った。

 「それは冬の話よ。夏なら龍の背側の方が荒れ難いわ。みやこからだと一度凪の海に出てから大淡海の塩津までまず船に乗って、そこから角人津つぬのつまでは陸を行くの。角人津つぬのつからは船で刈津かりのつまで行けるわ。」

 みやこから船に乗って、その船で刈津かりのつまで行くというわけには行かないらしい。

 「どちらにしても刈津かりのつまでは何度も泊で休みながらの旅になるわ。人足も水夫かこもいるし手軽な旅というわけにはいかないでしょうね。人足や水夫かこはこちらで信用できる者を探しましょうか?」

 主が渋い顔で頷いた。

 「頼む。蜜月みつきもいるし妙な輩は困るからな。」

 ふわりと乙姫様は笑まれる。

 「もちろんよ。蜜月みつきはあなたの目で耳で、ほとんど両腕みたいなものですもの。そうじゃなくてもこんな賢くて可愛い子を無碍にはしないわ。」

 乙姫様の御手が髪を撫でて下さるのが、ちょっとくすぐったかった。



 私と主は二人で一人前というか、お互いに補うような関係なのだと思う。

 煌族こうぞくでもっとも強いかぐの持ち主であるにも関わらず、神霊をほとんど感じ取る事のできない主。

 神奈かんな薫餌師くのえじであるにも関わらず、声の出ない私。

 かぐというのは人が持つ中で最も貴い力だ。煌族の血の中にだけ受け継がれ、神霊や神霊に感応する力をもつ全てのものを魅了する。その貴さゆえに推戴され、この国を治める事になった。

 今上は四十九代目、既に治世は二十五年を数える。主は今上の第五皇子で、飛び向けて強いかぐを持つために輝宮かぐのみやと呼ばれていた。

 輝宮かぐのみやというのは最も強いかぐを持ちながら、帝でも東宮でもない煌族こうぞくに与えられる名なのだそうで、実際に東宮は主の異腹の兄君である第一皇子が占めておられる。

 かぐの貴さゆえに推戴されたものならば、かぐの強い者こそが帝とされそうなものだけど、そういうものでもないらしい。

 ただ、歴代の「輝宮かぐのみや」はともかく、主に関して言えば不当な扱いとは言えない気がする。

 本当に、感心するほど神霊を感じないのだ。

 主の言い分では「強い神霊ならちょっとはわかる」そうなのだけど、それだって近くにいるとわかる程度で、どっちにいるのかもわかっていない。そのぐらいの感応は、しない者の方が珍しいのではないかと思う。

 そして帝であれ、東宮であれ、神事を司る者が神霊に感応しないというのはよろしくない。

 考えてもみてほしい。

 かぐに慕いよる神霊を蹴散らして歩くとか、迎えるべき神霊が見えてなくてちぐはぐな方向を向くとか、せっかくのかぐの貴さも台無しだ。

 最も主のかぐは強すぎるほど強いので、そのぐらい失礼でも神霊はまるで気にしないのだけど。

 ただ、見るとがっかりするし、とても残念な感じがする。実際に私はすごくがっかりした。

 だから東宮様は主なんて気にしなければいいのにと思う。主を除けば今上の皇子の中で一番煌かぐが強いのは東宮様なのだもの。

 気にせずに堂々としてらしたらいい。別にいまでも堂々としておられないわけではないけれど、ちまちまと主に意地悪して、恥をかかせようとするなんてこと、なさらなければいいのに。

 その方がきっと、東宮様にとってもいいと思うのに。



 


 風の流れに目を凝らす。

 微かな囁きを聞き取る。

 乙姫様の指が風の流れをすくいとり、するりと引き出す。引き出された風は結んで、白い小鳥の姿に変じた。

 「さあ、やってごらんなさい。」

 うなずいて掌に薫餌くのえを忍ばせると、私もそっと風をすくいとる。それから途切れさせないように、息をつめて引き出した。薫餌くのえを芯に風が結び、小さな鳥になる。

 できた。

 やっと安定してむすぶようになったのが、とても嬉しい。

 懐から薫餌くのえの袋を出し、さらに一粒与えた。小鳥が薫餌くのえをついばむ。

 行って。

 声にのせなくても小鳥は囁きを聞き取ってくれる。小さな生き物は囁きに敏感だ。肉体をもっていてもいなくても。

 小鳥は飛び立ち、庭から十薬の花の一輪を咥えて戻った。

 花を私の手に落として、解ける。

 薫餌くのえの香が弾けた。

 「一通りの事は教えたと思うけれど、刈津かりのつまで行くのだから気をつけて行くのよ。」

 髪を撫でて下さる乙姫様の御手が優しい。

 乙姫様は風読みや、一時使役するための小さな神霊の結び方など無数の煌族の術を私に教えて下さっている。全ては主の目や耳、そして場合によっては手足にもなるための術だ。

 私は煌族ではないのでかぐを使う事ができないけれど、代わりに薫餌くのえを用いる方法を一緒に考えて下さったのも乙姫様だった。かぐのようにそれを慕って自然に神霊が結ぶというほどではなくても、薫餌くのえを使って結んだ神霊は、例えば紙や板に書いた式を芯に結ぶよりはずっと自然の神霊に近い、のだそうだ。

 「蜜月みつき薫餌くのえはとても良い香りだもの。神霊も好むのね。」

 薫餌師くのえしは自分の作った薫餌くのえを用いて基本的には肉体を持つものを寄せ、使役する。こんな薫餌くのえの使い方は、神奈庄かんなのしょうでも他にきいたことがない。主の側にいるからこそできる裏技みたいなものなのだと思う。主の近くには寄せるまでもなく慕いよる神霊が、いつでも群がっているのだから。

 「なんでもいいが、ここに来るとどうして俺はいつも放って置かれるんだ?」

 主が巻書を手にぼやく。主のまわりには幾つもの巻書や冊子が散らばっている。

 「書見してるあなたなんて、放っとく以外どうするのよ。それよりせっかく色々見せてあげているのだから、もうちょっと丁寧に扱いなさいよ。」

 乙姫様がため息をつく。

 刈津かりのつまで行くのならと、津宮の書庫に収蔵されている地図や文献を幾つも出させて下さったのを、主は片っ端から読み漁っていた。

 主に残念なところは多いけれど、だらしなさもそのうちの一つだ。きちんとした場ではともかく、自分の宮や親しい方しかいない場所では本当にだらしない。巻書を解くところは見ても、巻くところはほとんど見たことがないし、夏場は特に冠だって帯だって、すぐにはずしてしまう。

 今だって冠を外し、指貫に袙を羽織っただけの格好だ。仮にも自分の宮以外でそんな格好をするってどうなのだろう。

 主が開いたままの巻書を巻く。

 「蜜月みつき、地図はおいておいてくれ。参照するのに使うから。」

 地図には触らずに次々と巻書を巻いて並べた。

 「それで、参考になる事はありそう?」

 主が刈津かりのつに向かうのは、主のかぐで北の神気を解して呼び込むためだ。それができなければ出向く意味がない。

 「うん、まだ決定的なのはわからないが…思いつく事なら幾つかあるな。刈津かりのつの状態にもよるが。」

 主は時々紙に何か書き付けながら、次々と書を読みすすめる。

 「好きなだけ読み漁ってちょうだい。夕べにはちょっと手伝ってほしいけど。蜜月みつきお茶にしましょう。喉が乾いたわ。」

 主の生返事を聞き流しながら乙姫様の後を追った。

 お茶というから温かいのかと思ったら、女官が運んできてくれたのは、冷えたお茶だった。翡翠のような色をしている。

 「香草を干してね、水に一日漬け込んで作るのよ。干した柑子の皮とか他にも色々混ぜてね。」

 一口頂くと青っぽい香りの中に確かに柑子の気配がある。それから軽い酸味。これは…

 「あら、何か気づいた?」

 私はふところから白い布を出した。布に包んだ短い筆筒から細い筆を取り出す。筆筒の下の方には露草の染料を練ったものが入っている。

 筆先を少し口に含んで湿し、もう一度筒に差し込んで染料を含ませると、白い布に「鹿威ししおどし」と書きつけた。

 露草の染料は水にとても溶けやすい。布につけても布を水に浸すだけで全部流れてしまう。声の出ない私にはとっさに書きつけて使うのに便利なのだ。

 「よくわかったわね。さすがは神奈かんな薫餌師くのえしだわ。」

 酸味はまだ熟さない鹿威ししおどしの実のものだった。

 鹿威ししおどしは神奈庄の山に多く成る。熟さないものは鹿の好物だが、熟した実に触れるとぱんっという音をたてて弾ける。その音で鹿が驚く事から鹿威ししおどしと呼ぶのだ。

 熟した実も炒ると香ばしいし、神奈庄に多いので口にすることも、薫餌くのえに使うことも多い。ただ、熟さない実を干して香草茶に入れるというのは初めてだ。

 青っぽい香草茶が熱を吸ってくれているみたいに、術の練習で体内にたまっていた熱がすっとひいてくる。

 「今年の暑さは確かに厄介だわ。それにこのままにしておくと冬に一気に北の神気で冷える事になりかねない。秋に向けて北の神気を上手く誘えるといいのだけど。」

 乙姫様が気がかりそうに、主のいる方を振り返った。




 今年は衣の裏を剥ぐ前から、気温の上がりが早かった。

 月神はあと五日で夏越社なごしのやしろに遷座される。そうしたらその次の遷座は夏越祓なごしのはらえだ。

 年越祓としこしのはらえが春に向けて南の神気を招くように、夏越祓なごしのはらえは秋に向けて北の神気を招く大祓おおはらえだ。夏越祓なごしのはらえの直後に最も強くなる暑気は、招かれた北の神気によってゆっくりとなだめられる。

 「しかし、今年はあまりに北の神気が遠い。」

 昨夜、御酒みきをなめながら東宮がおっしゃった。暑いというので淡海に近い東宮のくるわに几帳をたて、仮の席を作っている。

 「夏越祓で上手く北の神気を招けぬと、あとが面倒になるかもしれませんね。」

 珍しく島宮しまのみや様も宴席に加わっておられる。今上の弟君で、淡海の島を預かる島宮しまのみや様は、滅多に島から出てこられない。

 強いかぐの持ち主が三人も揃っているので、宴席は涼しかった。淡海から神霊が涼気をまとって打ち寄せてくる。

 「夏は暑い方が作物には良いとも申しますが、今年は南の神気が出過ぎました。まことに神気というのは難しいものです。」

 肴には夏らしく香魚の塩焼が出され、盃はいかにも涼しげに気泡を含んだ玻璃だ。

 酌の女官が空いた盃に御酒みきを注ぐ。

 「北の神気がどの辺りに滞っているかも気になりませんか。南北の神気を、半年毎に京に招く事で回しているわけですから、もしも北の神気がどこかに溜まっているなら、そのあたりの実りに障るかもしれません。」

 主がこう発言した時には私ももう、きっと北へ行かされる事になるのだろうと思っていたし、主もそれを踏まえての発言だったのだと思う。

 ただ、東宮様のお言葉は予想の斜め上だった。

 「それで、私が北へ行ってこようと思う。」

 「は?」

 主が間抜けな声を出した。私も声が出るなら危なかった。島宮しまのみや様も盃を手にしたまま東宮様を見ておられる。

 「夏越祓なごしのはらえも近い。父上や叔父上はお忙しいからな。しかし大きな神気を招くとなるとやはり上位の煌族が動かねばならぬ。ならば東宮の私であろう。」

 確かに夏越祓なごしのはらえは今上と島宮しまのみや様がなさるけれど、東宮様が暇と言うわけではない。なんと言っても次期帝という尊いお立場だ。しかも当代には輝宮かぐのみやがおわす。

 そこまで考えてわかった。

 これは東宮様の嫌がらせだ。

 「お言葉ですが兄上、兄上もまた東宮という重いお立場でいらっしゃいます。何よりも輝宮かぐのみやなどという分不相応な名をいただいております私が、今働かずにいつ働くのでございましょう。」

 言わされてしまった、と思った。

 けれど主が言わないわけにもいかなかった。

 だからきっとあれは仕方がなかったのだと思う。

 「いや、たまたま当代に輝宮かぐのみやがあると言って、なんでも追い使うというのは違うだろう。なんと言ってもいずれ帝として、神気を招くのは私なのだから。」

 そう言われれば主も重ねて言うよりない。

 「帝のお役目はみやこにての大祓でございます。さすればむしろ、夏越祓なごしのはらえのお介添こそ大切でしょう。北へ向かい神気をうかがうのは、私のなすべき事と存じます。」

 東宮様の目がまっすぐに主を見た。

 こういう時の東宮様はちょっと悲しそうに見える。けれど東宮様がこの表情をなさるのは、主がどうしようもなく東宮様の策にかかった時なのだと、主に仕えてからの四年で理解していた。

 「そうか。輝宮かぐのみやがそうとまで言ってくれるなら、北の事は任せるとしよう。歴代の中でも殊更煌かぐ強さを讃えられる輝宮かぐのみやならば、確かに私が行くより良いかもしれん。」

 東宮に、あるいは今上に命じられただけなのと、是非にもと東宮から北行をもぎ取ったのでは、主の立場が変わる。これで北の神気が動き出すまでは、主はみやこには帰れない。

 「では輝宮かぐのみや頼んだぞ。」

 悲しそうな東宮様のお口元が、ほのかに笑んでいるようにも見えた。




 夕刻に帥宮からの船団が現れた時に、主は乞われて潮目を整えるのを手伝った。

 正確には主を餌に、乙姫様が潮目や風を読んで、船団を浪の津に上げさせた。大きな船が何隻も津宮の船庭に上げられる光景は圧巻だった。

 船を引く人足たちの掛け声が、船庭に響き渡る。

  まず船引水路から船庭に引き込まれた船から荷が降ろされる。荷を下ろした船は完全に水から引き上げられる。

 「明日は朝から船の修理ね。あれも見ているとなかなか面白いものよ。」

 主のお供をして津宮には再々うかがっていても、船庭をゆっくりと眺めたのは初めてだ。そこに丸太を敷きつめ、坂になっている船引水路や、そこで人夫が船を引くさまなどは物珍しくて面白い。淡海や川を渡る舟とは、大きさだけでもまるで違う。

 布に「刈津かりのつ」と書きつけて見せると、乙姫様がちょっと首を傾げられた。

 「そうね。あそこも大きなみなとだけれど、こことはまた違うのではないかしら。ここはもともと海が陸の方に入り込んだところにあるし、すぐそこに凪の海もあるけれど、刈津かりのつはむしろ海に飛び出した龍の首の、付け根にあるそうだから。」

 大きなみなとと言っても色々違うらしい。

 「私も刈津かりのつに行ったことはないの。蜜月みつきが行ってきたら色々聞かせてちょうだい。」

 乙姫様がお喜びになりそうな話を、いっぱい聞いてきますね。

 そういう気持ちを込めてうなずいた。

 

 


 



 



 

 

 

 


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