飛べ。


「白城先輩、よろしくお願いします」

「えぇ、いい勝負にしましょう」


 一週間後。

 わたしと白城先輩は、屋上で向かい合った。

 先輩の白い手袋には、同じく白い翼を持つブルームフェザー、アマナが止まっている。

「チコ、始めるよ」

『ピュイッ!』

 わたしは明石さんから借りたグローブを着けて、肩のチコに呼びかけた。

 チコはぱたたと羽ばたいて、わたしの目の前で『ピュィィ』と相手を威嚇する。


「練習は、充分に出来ましたか?」

「充分かは分からないですけど……明石さんには、助けてもらいました」

「……そう。なら良かった」


 わたしが答えると、白城先輩は微笑んで、ちらりと横目で明石さんを見る。

 明石さんは、屋上の入り口の所で、飾利先輩と共にわたしたちを見守っている。

(いっぱい付き合ってもらったし)

 勝ちたい、と思う。チコを引き取ってもらうためだけじゃなくて、今日まで毎日のように練習に付き合ってくれた、明石さんに報いるためにも。

(まぁ、最後まで明石さんは『無理だ』って言ってたけど)

 勝てると、信じてくれてはいない。でも、だからって手を抜くのは、明石さんの努力を無駄にするみたいで失礼だ。


「では、始める前にミネルヴァを呼びましょうか」

「ミネルヴァ?」

「正式な試合をする時に呼ぶ、専用の審判フェザーです」


 先輩が「お願いね」というと、アマナが大きく翼を広げて、高く高く飛び上がった。

『ピュゥー、ピュゥー!』

 そしてアマナは上空で旋回しつつ、セキレイのような鳴き声を響かせる。

 それから、ややあって。


『ホゥー、ホゥー』


 西の空から、低く響く鳴き声と共に、一羽のブルームフェザー。

「あ、フクロウだ」

 チコやアマナよりもずっと大きな体を持つ、オリーブ色の鳥。

 それは、フクロウ型のブルームフェザーだった。

 ミネルヴァと呼ばれたフクロウは、屋上のフェンスにガシンとつかまり、機械の両眼でわたしたちのブルームフェザーをじっと見つめる。

「ミネルヴァにはスキャンの機能が付いていて、不正改造などがあれば発見できるんです」

 チコさんは大丈夫だと思いますが、念のためですねと白城先輩は言う。

『ホゥー、ホゥー』

 しばらく二匹を観察していたミネルヴァは、先ほどと変わらない鳴き声で鳴きながら、ふわりと翼を広げる。

「どうやら問題はないようですね。これで安心して勝負を始められます」

「これって、スキャンするだけですか?」

「いいえ。試合ルールの同期や、映像の記録。希望すれば配信も行ってくれるんですよ」

「へぇ……多機能なんですねぇ」

 だから普通のブルームフェザーより大きいのかな。


「それよりも、蒼崎さん。準備はよろしいですか?」

 白城先輩はそう言って、手袋をした長い指を翻す。


 ――フェザーデュエルの前には、定番の動作があって……


 明石さんに言われた言葉を思い返す。

『翼を操るこの手のひらには、何の隠し事もない』。どこか気取って見えるこの仕草には、戦いに挑むプレイヤー同士の、誇りと公平さを示すのだ、という。

 白城先輩の手の平には、余計なものは何もない。

 わたしはそれを確認して、同じように手を返す。


「はい。始めましょう」


 指先が互いを向き、視線が交錯した。

 この瞬間の緊張に、わたしは未だに慣れていない。

 きっとこれを最後に、もう味わうことの無い緊張。

(最初で、最後だ)

 わたしが真剣にブルームフェザーで遊ぶのは、これっきり。

 勝って、終わらせる。そう心に誓って、わたしは試合開始の宣言を口にする。


「行って、チコ!」

「羽ばたきましょう、アマナ」

「――フェザー・デュエル!」


 わたしと白城先輩の声が重なるのと、ほとんど同時。

 アマナが真っ直ぐに突っ込んできた。……速い!

「チコ、避けて!」

 小指と親指を広げて、羽ばたく仕草をしながら手を引いた。

 チコは後ろに引きながら上昇。尾の下をアマナのクチバシがかすめる。

 どうにか最初の攻撃はよけられた。でも、油断は出来ない。

 攻撃をかわされたアマナは、その場ですぐに旋回、チコの背後を取る。

「アマナ、スピン」

『ピピッ!』

 白城先輩も小指と親指を広げて、手を右に傾けた。

 指示を受けたアマナは、羽根を大きく広げて、勢いよく体を回転。

 チコに距離を取らせようとわたしは指を揃え、前に出すも、少し遅い。

 ぱきっ。アマナの羽根の先がチコの尾を叩き、チコはぐらりと体勢を崩した。

(すごく、速いっ!)

 冷汗が背中を伝う。明石さんによると、チコもアマナも、速度に大した差はないらしい。平均的な速度設定。それでもアマナが強いのは、白城さんの操作技術が高いからだ。

「そこです、アマナ」

 白城先輩が指先を一点にまとめる。

 クチバシを操作する時の形だ。ってことは、強めの攻撃が来る!

(話には聞いてたけど……)

 白城先輩とアマナの特徴は、その攻撃の連続性にあるという。

 よく磨かれたダンスを踊るように、滑らかで淀みがない。

 気を抜けばすぐにペースを握られて、対抗する間もなくやられてしまう。


(本当に……だっ!)


 だから、まずは焦らないこと。

 相手の攻撃を見極めて、リズムを理解する。

「チコ、足を使って!」

 わたしはぐわっと手を広げた。

 空中でバランスを整えるチコは、言葉とグローブに従って両の脚の爪を開く。

 アマナのクチバシはもうすぐそこまで来ていた。アレを避けるのは難しい。

 でも、迎え撃つことは、出来るっ!

「蹴って、チコ!」

『ピュイィ!』

 迫るクチバシを、チコの脚の爪で受け止める。

 ぱきんっ! 軽い音が鳴って、チコの身体はフッ飛ばされた。

「むぅ、重いっ……」

「……えぇ。けれどダメージはこちらの方が上、ですね」

 微笑んで、白城先輩はちらりとフェンス上のミネルヴァを見る。

 ミネルヴァの広げた翼の中には、チコとアマナの体力ゲージが映し出されていた。

 チコのゲージは、スピンとクチバシで少しずつ削れてる。でもアマナのゲージも、さっきの蹴りで削れていた。つまり、差し引きではこっちの勝ち!

「っていうか、アマナの体力ゲージ少なくないですか!?」

 アマナのゲージは、こちらの三分の一程度しかなかった。

 それを指摘すると、「ハンディですよ」と白城先輩は答える。

「これを削り切れれば、蒼崎さんの勝ちです」

「……なるほど」

 言い換えれば、こっちの体力はアマナの三倍はある。

 さっきみたく、差し引きプラスの攻防を繰り広げられれば……

「では、続けましょう」

 考える間もなく、白城先輩は指を動かした。

 揃えて、上昇。アマナは高く舞い上がる。

(飛行高度には、制限がある……)

 試合中、ブルームフェザーが飛んでいいのは、床から7メートルの高さまでだ。

 ミネルヴァが審判を務めている中、この高さは絶対に超えられない。

 それでもアマナは、限界まで上昇を続けた。なんの為に?

「……っ、チコ!」

 マズい、と思ってわたしは指を揃える。

 旋回、いや距離だ。チコの向きを変え、速度を上げる。

「それではダメですね。動きが単調です」

 だけどそれは失敗だった。アマナに背を向ける格好になったチコ。アマナは空高くからその背を狙っていた。アマナを下降させると同時に、白城先輩は指を一点にまとめる。

「上から下への攻撃が、最も速くて重いのです」

 言葉の通り、落下と共に繰り出される攻撃は、これまでの比ではない速さだった。

 もちろん、こっちも逃げてる。でも白城先輩は、チコの移動も計算に入れて角度を調整していた。上からの攻撃だから、さっきみたく爪で止める事も出来ない。

「チコ、止まって!」

「無駄です、その速度で飛んでいればもう……」

 親指と小指を広げて、羽ばたかせながら引く。最初と同じ動き。

 でも、チコの動きはすぐには止まらない。勢いが強すぎたんだ。遅くはなったけど、後ろに引く前にアマナのクチバシはすぐそこまで迫ってきていた。


「お願い、チコッ!」

『……ピュィィィィッ!!』


 思わず叫ぶと、チコも高く声を響かせた。

 羽ばたきは一層力を増す。けれどアマナの落下地点は修正済みで、このままだと頭上に直撃だ。ぎり、と歯を食いしばる。間に合え、間に合え、間に合え!

『ピィィィッ!』

「っ……!?」

 ふわっ。その時、チコの身体がほんの少し後退した。

 ぶわりとその真正面を、アマナのボディが通過していく。

 避け、きれた! 慣性を乗り越えて後ろに飛んだチコは、そのまま空中を一回転。

「まさか、間に合うなんて……」

「信じてたよ、チコ! やっぱりこれも、明石さんの言う通りだった!」

「どういうことです?」

「明石さんが教えてくれたんだ。チコは内蔵されてるモーターの数が多いから……」

 この戦いまでの一週間。

 明石さんのパンジーと練習試合を繰り返す中、明石さんはチコのある特徴に気が付いた。

 チコのモーターは、市販品より数が多いのだ。

 機体全体のパワーは市販品と変わらないけど、動き方によっては他のフェザーに比べて少しだけ早いらしい、って。

「後ろ飛び、旋回、脚の爪! 細かい動きなら、チコは他のフェザーに負けない!」

「なるほど、それがチコさんの強みですか……」

「んでもって、今なら……!」

 落下の勢いが残ってるアマナは、すぐには上昇出来ない。

 反対に、こっちはアマナの上を取ってる。

「上から下への攻撃が、最も速くて重い……ですよねっ!?」

 チコは翼を広げ、ぐわりと体を回転させた。

 回転は落ちる時の風の抵抗を弱めてくれる。

 これは、明石さんに教わった技の応用だ。

 わたしは指を一点に集中させて、地面に向けて振り下ろす。


「チコ! スピンスピア・フォール!」

『ピッ! ピィィッ!』


 チコの雄たけびが響き渡り、そのクチバシはアマナの上部を捉えた。

「いけない、アマナ!」

 とっさに白城先輩はアマナの翼を振って、クチバシを弾こうとする。

 ……きぃんっ!

 激しい音が鳴って、チコの身体が吹っ飛ばされる。

(ダメージはっ……!?)

 ミネルヴァに目を向ける。アマナの反撃は、チコに重いダメージを与えていた。

 でも、それ以上にアマナのダメージは大きい。残るゲージはあとわずかだ。

(あと一撃入れれば……)

 削り切って、勝てる。

 チコとお別れが出来る。

「……っ、チコっ」

『ピッ!』

 わたしの呼びかけに、チコは勇猛な声で応えた。

 勝とうとしている。きっとチコは本気で。

 でもチコは……この勝負の意味を、どこまで理解しているんだろうか?

(いや、何考えてんだわたし!?)

 こんなことを考えるなんて、まるで……


「躊躇いは、命取りですよ」


 一瞬指示が遅れたのを、白城先輩は見逃さなかった。

 アマナは体勢を取り戻し、ぶわり。羽根の先でチコの身体を弾く。

 じり、とゲージが削れた。チコのバランスが崩れた所で、アマナは空中で一回転し、更に爪の一撃を食らわせに来る。

「避けてっ!」

 手を左に回して、体を傾け避けさせる。

 ちり、と爪の先がチコの身体をかすめた。

 危ない。もし今のが当たっていたら、かなりのダメージだっただろう。

「蒼崎さん。それでは勝てませんよ」

「っ、まだまだ! 体力はこっちの方が多いですし、そっちはもうギリギリで……」

「体力など、飛べるなら問題になりません。けれどあなたの心は、飛べていない」

「意味わかんないですよっ!」

 スピンスピアでアマナを攻撃するが、クチバシは軽くかわされてしまった。

 反対に、攻撃後の隙を突いてもう一度アマナの翼がチコを打つ。

『ピィッ……』

 チコが短く悲鳴を上げた。

 見れば、さっきまで優勢だった体力ゲージも、もうほとんど残ってない。

(なんで……)

 さっきまでは勝てそうだったのに!

 勝負を焦り過ぎた? 違う。むしろわたしは、攻めるのに躊躇した。


「……勝ちたいと、思いますか?」

「と、当然じゃないですかっ!」

「勝てばその子と離れ離れになるのに?」

「関係ないですっ! そのためにわたしはここまで……」


 練習を積んだ。明石さんと、明石さんのパンジーに手伝ってもらって。

 ブルームフェザーの操り方を教えてもらって、戦い方を教えてもらって。

 関わりたくないと思っていたブルームフェザーに、深く関わってしまった。


「もう見たくないんですよ……お母さんの作ったものなんて!」

「……。それがあなたの本心なら、どうして攻撃できなかったんでしょうね」

「っっ……」


 言葉に詰まる。本当はもう分かっていた。

 勝ちたく、ないんだ。心のどこかで、チコとお別れするのが嫌になってる自分がいる。

 でもそんなの。ここまでしてもらって。そもそもお母さんの作ったおもちゃなんて。


「本当に要らないものなら、とっくに捨てられたはずでしょう?」


 白城部長の言葉が、胸に刺さる。

 そうだ。そのための時間はいくらでもあった。他の引き取り手を探すのでも、売るのでも、もしくは捨ててしまうのでも……要らないのなら、なんでも良かったはずなのに。

「でもそれは、チコのために……」

「要らない、興味のないおもちゃの為に、そこまでしますか?」


 ……ああ。本当にその通りだ。


 わたしはずっと、自分にウソを吐いていた。

「……チコ。チコは、勝ちたい?」

『ピッ……?』

「わたし分かんないよ。勝ちたいのに、勝つのが嫌。どうしていいか分かんない」

『ピッ……!』

 答えが出せなくて、わたしはチコに叫んだ。

 するとチコは短く鳴いて、指示もしていないのにわたしの傍まで飛んでくる。

『……ピィ?』

 そしてわたしの指先に止まって、首をかしげてわたしを見上げた。

 心配、してくれているのかな。そんな気持ち、この子にあるのかな。

「わたし、チコのことも分かんないや……」

 分からないことだらけだ。ブルームフェザーのことも、チコのことも、お母さんのことも。……どうしてチコがお母さんの字が書かれたカードを持っていたのか、も。

「分からないなら、まだ答えを出す必要はないでしょう」

 わけがわからなくなってしまったわたしに、白城部長は優しい声でそう言った。

 でも、じゃあ、今わたしは、何をすればいいんだろう。


「あなたが勝てば、チコさんは引き取ります。けれどそれは、今じゃなくてもいい」

「……今じゃ、なくても?」

「あなたが本気で納得して決めた時、決めればいいのです。だから……」


 前を向きなさい、と部長は言った。

 背筋を正して、手を伸ばせと。

 この戦いはまだ、終わってはいないのだから。


「……。勝っても、まだ渡さなくていいんですね」

「えぇ。元々、すぐにという条件はついていませんしね」

「わかり、ました。それなら……」


 深呼吸して、指先のチコに目を向ける。

 チコはじっとわたしの目を見つめて、それから小さく『ピッ』と鳴いた。


 どうしても勝たなきゃいけない理由は、もう何もなかった。

 だからこそ、わたしはチコを空に飛ばす。

 目的も、答えも、何もかも後回しにして、最後に残ったのがこの想いだけだから。


(勝ちたい)


 明石さんや白城先輩に教えてもらって、分かった。

 この戦いは。フェザーデュエルは。……めちゃくちゃ、面白いんだって。


「勝とう、チコ」

『ピィィー!』


 チコの雄叫びと共に、勝負は再開した。

 わたしはチコを真っ直ぐに飛ばして、アマナへと接近させる。

 けれどそれを許す白城先輩じゃない。ふわりと手を上げて、アマナを上昇させた。

 自然、チコは上を取られる。このままじゃ、また攻撃をくらうだけ。

「それはもう、身に沁みたのでっ!」

 ぶわりと腕を回す。チコは旋回し、アマナの斜め後ろをキープ。

 これならすぐには攻撃できない。尾を追いかけるように上昇させると、アマナも逃げるように前へ飛ぶ。……競争だ。飛行機みたいな軌跡を描いて、二匹のブルームフェザーは空を駆け巡る。

「よくついてきますね」

「それくらいはっ!」

「では、これなら?」

 言って、白城先輩が指先を空に向ける。合わせて、アマナが空中を一回転。追っていたはずのチコが一転、追われる側になってしまった。

「でも、小回りはこっちが上!」

 ぎゅんっ、とその場で旋回し、チコはアマナに向き合う。

 そのままスピンして、羽根での攻撃を狙うけど……すかっ。アマナは高度を下げてこれをあっさり避けてしまう。

 やっぱり、白城先輩とアマナは強い。明石さんの言う通りだ。

 心臓がバクバク鳴っている。わたしの意識はチコとアマナ、そして白城さんの三点に向けられて、それ以外のものはほとんど見えていない。

 そして青い空の下で飛ぶチコを見て、思うのだ。

 まるで、わたし自身が空を飛んでいるみたいな気持ちだ、と。

 それは錯覚だ。わたしは立って指示を伝えているだけ。けれどその指示が通じれば通じるほど、わたしの意識はチコと一つになるような気がする。

「チコっ! いけるよね!?」

『ピィィッ!』

「いいえ、もうおしまいです。……アマナッ!」

『ピュゥゥゥゥッ!』

 ぎゅおん、とアマナは急旋回。チコの尾に狙いを定めて、上昇しながら飛翔する。

「スピンスピアです!」

 白城先輩が、細長い指を突き出した。アマナは回転し、風の抵抗を消しながら慣性でチコへと向かってくる。速度は速い。多分このままだと、追い付かれる。

「それを狙ってたんですよぉッ!」

「なっ……!?」

 白城先輩の攻めは、素早くて隙が無い。

 ただ避けるだけでも大変だけど、それじゃあペースを握られるだけ。

 最初に確認した通りだ。今のわたしに、試合の流れを握る力はない。でも。

『ピィィィイィィッ!』

 ぶわっ。チコは大きく羽ばたいて、頭一つ分高度を上げる。

 その高さじゃあ、攻撃はかわせない。チコも、アマナも。


「蹴り飛ばせ! カウンタークロー!」


 チコは頭を下げ、体を前に傾けた。

 持ち上がった下半身。爪の先は、飛翔するアマナのクチバシと交差する。

 がちんっ! 右の爪とクチバシの攻撃がかち合った。

 相討ち。ダメージはまだ。このままだと吹っ飛ばされる。でもその前に。

「もう、一撃っ!」

 ぐわりと曲げた指を、わたしは地面に振り下ろす。

 飛ばされる前の第二撃は、アマナの頭部に直撃して。

『ピュッ……』

 短い鳴き声と共に、アマナの力が抜ける。

 チコの動きもまた同時に鈍って、両者はひゅうっと落下していく。

 そして……かしゃん。アマナが墜落し、チコもまた床に転がった。

「……えっと、これは……」

 ミネルヴァの方を見る。

 体力ゲージは、どちらもゼロになっている。勝敗は……


『ホッホゥ、ホッホゥ!』


 ばさり! 戸惑っていると、ミネルヴァは一度翼を畳み、左の翼だけを再び広げた。

 ……わたしとチコの側の翼だ。ってことは……

「体力はほぼ同時に尽きました。けれどより長く空にいたのは、チコさんでしたね」

 ふぅ、と息を吐きながら、白城先輩が解説してくれた。

「おめでとうございます、蒼崎さん。いい戦いでした」


「……やっ……やったぁぁぁっっ!!」


 勝った! 勝った! 勝てた!

 思わず叫んでしまいながら、わたしは倒れたチコに駆け寄る。


「やったよチコ、勝てた! おつかれさま!」

『ピィィーっ』

 わたしが手を伸ばすと、チコは楽しそうな声を上げながら手の平に乗る。

 ケガがないかと体中を見てみるけど、チコにはキズ一つついていなかった。

「ブルームフェザーは頑丈なんですよ。ちょっとやそっとじゃ壊れません」

「そうなんだ……凄いんだね、チコ」

『ピィー』

 チコは自慢げな声で鳴いて、すり、とわたしの指に頭を擦り付けた。

 撫でてほしいのかな。そう思って指で頭を触ると、チコは気持ちよさげに小さく鳴く。

「蒼崎さんっ! すごい、まさか勝てるなんて!」

「明石さん! ギリギリだったけどね。……明石さんが色々教えてくれたおかげだよ」

 ありがとう、と明石さんに伝えると、もじもじして「そんなことないですよ」という。

「蒼崎さんとチコちゃんがすごかったんです。うちは何も……」

「うぅん。明石さんが白城先輩の戦い方とか、チコの特徴とか教えてくれなかったら、多分全く手が出せなかったと思う」

 ただルールや操作方法を教えてくれただけじゃ、こうはならなかった。

 明石さんの知識のおかげだと話すと、そうですよ、と白城先輩も声を上げる。

「もっと自分を誇ってください、明石さん。あなたの力がこの勝利を導いたのですから」

「うぅ、部長……」

 白城先輩の言葉を聞いて、明石さんは目に涙を浮かべた。

 どうやら白城先輩が明石さんをサポートに付けたのは、彼女に自信を付けさせるため、という意味合いもあったらしい。

(なら、なおさら勝てて良かったかな)

 最後は自分の気持ちだけだったけど、結果として得られるものもあった。

 安心したわたしは気が抜けて、そのまま床にへたり込んでしまう。

「おや、大丈夫?」

「いや、なんか、疲れちゃって……」

「真剣勝負のあとは、そういうものだよねぇ」

 立てなくなったわたしを心配して、飾利先輩が声を掛けてくれる。

「ありがとうね、ツバサちゃん」

「えっと、何がですか?」

「アカリちゃんのこと。私も部長も心配してたからさ」

 飾利先輩は、そういってわたしに微笑みかける。

 わたしが勝手なお願いをした立場だったはずなのに、なんだか不思議な気分だ。

「仲、いいんですね。フェザー部」

「うん。もしよかったら、ツバサちゃんも入らない?」

「えっと、それは……」

 さらりと誘われて、わたしは返事に困ってしまう。

 確かにわたしは、チコの事が好きになっていた。フェザーデュエルも楽しかった。

 それでも、整理しきれない気持ちは心の中に残っている。

(……いや。そうじゃないな)

 だからこそ、わたしはこの気持ちに答えを見つけなきゃいけない、気がする。

「白城先輩。飾利先輩。明石さん」

 わたしは立ち上がって、三人に向き合い、話す。


「わたしを、フェザー部に入れてください」


【続く】

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