フェザー・デュエル

「それで……どうしよっか」


 部室を出て、わたしは明石と呼ばれていた女の子に訊ねた。

 彼女は赤いブルームフェザーを頭に乗せて、指をつつき合わせながらもじもじしている。

 緊張、してるみたい。あんまり人と話すのが得意じゃないのかな。

「……あの、ごめんなさい」

 どうしようかなぁと思っていると、彼女は唐突に謝ってきた。

 何のこと、と聞き返すと、明石さんは蚊の鳴くような声で「部長が……」と続ける。

「その、やりたくないなら、無理にやらなくても……」

「ああ。……大丈夫。勝負はやるよ。多分、やるべきなんだと思う」

 チコはわたしの周りを羽ばたいていた。

 明石さんのブルームフェザーが気になるみたいで、ちらちらと視線を向けている。

「えっと……明石さん、でいいんだよね。一年生でしょ?」

「あっ、はい。B組の……明石アカリ、です。この子は、パンジー」

『ちゅんっ』

 名前を呼ばれ、パンジーというブルームフェザーは短く鳴いた。

 それを聞き、チコが返事をするように『ピィピィ』と鳴き返す。

 まるで仲良く喋ってるみたいだ。持ち主同士にはまだ距離があるけど。

「……部長さんは、チコを大事にしてくれると思う?」

「それは、はい。白城部長、フェザーを大切にする人ですし」

 でも、と明石さんは目を伏せる。

 部長がチコを引き受けるのは、わたしが勝負に勝ったらの話。

「申し訳ないんですけど、部長に勝つのは……無理、だと思います」

「どうして?」

「部長、強いんですよ! フェザーの扱いが華麗で巧みで……あんなに綺麗にフェザーを動かせる人、うちは他に知らなくて……」

「……へぇ」

 答える明石さんの目は、ほんのちょっとだけ輝いて見えた。

 多分、部長の事を本気で尊敬しているんだろう。

 でもわたしは、フェザーデュエルがどういう競技なのか詳しくない。

「とりあえず、いろいろ教えてもらってもいい?」

「はい。ええと、それじゃあ何から話せばいいかな……蒼崎さんは、ブルームフェザーの知識はどのくらい……?」

「何も。鳥の形をしてて、人気があって、少し人のいう事を聞く、ってくらい?」

「少し!? いえ、ブルームフェザーの認識能力は凄いんですよ!」

「えっ」

 わたしの返答を聞いて、突然明石さんは大きな声を出した。

 これは……変な事を言っちゃったか?

「理解力がこのサイズのマシンにしてはずば抜けていて。スマートフォン内蔵の対話AIにも負けてないっていうか、それ以上なんですよ。それはどういう所がかっていうと、個人の識別や空間の把握能力に長けている所なんですよね。名前を呼んで答えるだけなら単純な音声認識で可能なんですけど、ブルームフェザーの場合は発言者を顔や声質で認識できていて、それから単純な動作が意味する内容を理解する能力も」

「待って、明石さん、待って」

 急にグワッと来たなこの子!?

 わたしが戸惑って言葉を止めると、明石さんはハッとして固まった。

「ごっ、ごめんなさい、ウザいですよね……」

「いや、いいんだけど。聞いたのはこっちだし。でもごめん」

 理解はできない。その熱量をわたしは受け止められない。

 少し落ち着いてね、と話すと、明石さんは申し訳なさそうに肩を落とす。

「すみません……うちなんかに教わるより、他の人に聞いた方が……」

「うーん、そうは思わないけど……」

 明石さんがブルームフェザーに詳しそうだ、っていうのは今ので分かった。

 ただ、わたしは別にブルームフェザーの事を知りたいわけではないんだよね。

「今は、フェザーデュエルの事だけ知りたいんだ」

 白城さんに勝って、チコを引き取ってもらう為に。

 そう伝えると、明石さんは「分かりました」と頷いて、屋上に行きましょう、とわたしを誘う。


「どうして屋上に?」

「広いスペースが必要で。『止まり木』の練習も屋上でやる事が多いんです」


 屋上に出ると、明石さんは頭の上のパンジーに声を掛け、空に飛ばす。

 そしてカバンから、薄手の手袋のようなものを取り出した。

 なにそれ、と尋ねると、「補助グローブです」と明石さんは答える。

「これを着けると、手や指の動きをブルームフェザーに伝えられるんですよ」

「動きを伝える……?」

「たとえばほら、こんな風に」


 彼女は右手にグローブを装着すると、手を指先までぴんと広げ、前に伸ばした。

 と、空を飛んでいたパンジーは、明石さんの動きに合わせ、素早く真正面へ飛んでいく。

 それから明石さんは、手を下へ向け、ゆっくり降ろす。パンジーは速度を緩め、同じような速度でゆっくりと下降を始めた。


「……明石さんの手と、同じ動き?」

「はい。グローブの動きはブルームフェザーに送信されていて、ブルームフェザーはそれに合わせて飛び方を変えるんです。……パンジー、回って!」

 明石さんはパンジーに呼びかけながら、指先をぎゅっと細く、クチバシみたいな形にして、ぐん。前に突くような動作をする。

 パンジーはその指示に合わせ、クチバシを前に向けながら回転、直進。

「こうやって、グローブと声でブルームフェザーに指示を出して、戦うんです」

「今のは、攻撃?」

「スピンスピア、って呼ばれてる技です。こういう技をぶつけ合って、設定された体力をゼロにするか、相手を地面に落とせば勝ちなんですよ」

「ふぅん……」

 分かるような、分からないような。

 いまいちピンと来てないわたしの様子を察したのか、明石さんは「やってみた方が早いかもしれないですね」と提案する。

「でもわたし、グローブ持ってないよ?」

「予備なら持ってますよ」

「あるんだ。借りてもいいの……?」

「はい。あっ、あんまり使ってないので、手汗とかも吸ってないです。キレイです」

 明石さんは必死に訴えるように言いつつ、カバンから予備の手袋を取り出す。

 ありがとう、と受け取りながら、わたしはそんな明石さんの態度が気になった。

「そんなにかしこまらなくって大丈夫だよ。学年同じなんだし」

「えっ、あっ、その……すみません」

 うぅん、また謝らせてしまった……

 明石さんの距離感が、わたしにはまだ掴めない。

 上手く接せてないような気がしながらも、わたしは明石さんの指示に従ってグローブを身に着ける。サイズは少し小さいけど、問題ない。

「それじゃ、指先にチコちゃんを呼んでください」

「ん。えーっと、チコ~」

『ピィッ!』

 人差し指を伸ばしながら名前を呼ぶと、チコがわたしの指に降り立った。

 すると、チコの脚の爪がチカチカと細かく光を放つ。

 手袋に内蔵された機械と通信している、らしい。これでブルームフェザーは自分に指示するグローブを覚えるから、他のグローブに惑わされることはないそうだ。


「よし、じゃあ……」

 練習として、わたしはカンタンな動作をチコに指示する。

 指を真っ直ぐ前に伸ばせば、直進。

『ピュイッ!』

 手首を曲げて、上に向ければ上昇。

『ピュゥー!』

 指を下に向け、グッと降ろせば下降。

『ピィッ!』

 腕を横に振れば、その方向にカーブして。

『ピィィ~!』

 指先を一点にまとめれば、クチバシの動きも指示できる。

『ピッ!』


 なるほど、これは思ってたより分かりやすい……かも。

 初めてのわたしでも、チコに思ってた通りの動作を伝える事が出来た。

(お母さん、こんなの作ってたんだ)

 白い雲の下を飛ぶ、青い翼のチコ。

 その姿を見て、わたしは不意にそんな事を考える。

 広い空を飛びまわるチコの姿は、本物の鳥みたいで、どこかカッコよくも見えて……

(……違う。そんなの関係ない)

 すごい、と思いかけた自分を否定する。

 確かにこれはすごい商品かもしれない。でも、これを作ってたからお母さんは家に帰って来なかったんだ。……ブルームフェザーが、いたから。


「……。蒼崎さん、聞いてもいいですか?」


 考え事に気を取られていると、チコを見ていた明石さんが質問を投げかけてきた。

「この子……一体、誰から貰ったブルームフェザーなんです?」

「え。その、親戚……」

「じゃあその人って、もしかして『ネスト』の人だったり……?」

「うぇっ!? なんでそう思うの!?」

『ネスト・コーポレーション』。それはブルームフェザーを開発、販売している会社の名前で……つまりは、お母さんの職場だった場所。

 でも、その辺の事情を、わたしはフェザー部の人に話してない。

「チコちゃんの動きです。多分、モーターの位置や姿勢制御の癖が、市販品とちょっと違うんですよね……基本動作の範囲が違うというか、何というか……」

「……。全部同じじゃない?」

 明石さんの言ってることは、わたしには分からなかった。

 チコの動きって、他と違うの? わたしの目には、どれも同じに見える。

「いや、微妙な差なんですけどね? そもそも基本の外格からして規制パーツとは違うみたいなので、改造品かなと最初は思ったんですけど……」

「チコと同じものは売ってないってこと?」

「はい。市販の型ではないですね。……あぁ、だから部長は……ワンオフ機ならなおさらカンタンには……でもだからって……」

「あれ、明石さん? おーい?」

「条件が……無理に決まってるのに、どうしてあんなこと……しかもうちに……」

「明石さーん? 聞こえてない? 明石さん?」

「うちに出来ることなんて……って、あっ! ごめんなさいっ!」

 顔の前で手をひらひらさせると、明石さんはようやくわたしに気づいてくれた。

 慌てた様子の明石さんは、だけどみるみる内に青ざめていって、一歩二歩とわたしから距離を取っていく。

「あの……すみません、気持ち悪かったですか……」

「……? なにが?」

「いつもそうで……気になっちゃうと喋り散らかしちゃって、ウザいとかよく言われてたので、その、もし気分を害したのなら……」

「いや、全然? そりゃびっくりはしたけど……」

 明石さんの言葉に「ああ」とわたしは納得した。

 もしかして明石さん、それをずっと気にしてたのかな。

「……何かに夢中になることは、悪い事じゃないと思うよ」

 白城先輩が明石さんをサポートにと言った理由が、よく分かる。

 この子の知識量はかなりのものだ。それに多分、観察眼も。

 少し動かしただけで、チコの動きが普通と違うんだって見抜いたんだ。わたしにはどれも全く同じにしか見えないのに。

 それはきっと、彼女がブルームフェザーに掛けてきた情熱の表れだ。

 その情熱を、わたしは悪いものだと思えない。


「……お母さんも、喜ぶと思うし」


 自分が開発した商品を、こんなにも愛してくれる人がいるって知ったなら。

 あの人はきっと、すごく喜ぶ。

「お母さん、って……? あれ、蒼崎さん……『蒼崎』……?」

「えっ。……あっ」

 やば、言っちゃった。

 思わずつぶやいた一言で、明石さんの中で全てが繋がってしまったらしい。


「蒼崎さんって、あの『蒼崎フウカ』さんの娘さんなんですか!?」

「ああ~……」


 バレた……。ここから誤魔化すのは、多分ムリ。

 お母さんの名前は、ブルームフェザーの開発者として公に発表されている。

 わたしも同じ『蒼崎』で、加えて市販品じゃないらしいチコの存在。

 言い逃れは、まず出来ない。ただ有難かったのは、明石さんが蒼崎フウカが既に亡くなっている、と知っていたらしいことで……

「ごめんなさい、話したくないことでしたか……?」

「まぁ、うん。でもバレたなら仕方ないかな」

 質問攻めされなかったことに安堵しつつ、わたしは事情を説明することにした。

 確かにわたしは開発者・蒼崎フウカの娘で。

 その蒼崎フウカは、開発に没頭するあまり、わたしのお母さんはしてくれなくて。

 病気で死んでしまってから、十か月。

 ブルームフェザーの事を無視しようと決めていた所にやってきたのが、このチコである……という、今日ここに至るまでの経緯を。


「わたしはきっと、明石さんみたくブルームフェザーを好きにはなれないから……どうしても、チコを誰かに引き取ってもらいたいんだよね」

「……そう、でしたか」


 わたしの話を聞いた明石さんは、うつむいて考え込んだ。

 納得、してくれるだろうか。それともわたしを説得しようとするだろうか。

 もし明石さんが「お母さんの想い」みたいなものを持ち出してわたしの行動を止めようとしたのなら、わたしはきっと明石さんと仲良くはなれない。

 フェザーデュエルのルールは分かったんだ。独学で一週間練習するしかないだろう。

 しばらく沈黙が続き、やがて明石さんは顔を上げる。

 どうなるかな、とわたしの心臓は緊張で縮み上がった。


「じゃあ……部長との勝負、頑張りましょう」

「ん。……良かった、止められるかと」

「蒼崎さんの気持ちは、うちには分からないですし……」


 ほっと息を吐くわたしに、明石さんはそう答えた。

 だけど、と明石さんは繰り返す。部長に勝つのは無理だろう、と。

「ハンデがあったって、部長の方が絶対強いですし、勝てるとは思えないんです」

 多分部長は、わたしに諦めさせる為に勝負を申し出たのだろう、と明石さんは話した。

 それはそうかもしれない。……でも、じゃあ普通に断ればいい話ではないだろうか。

「それでも、やるんですよね? 無理でも、挑戦するんですよね?」

「するよ。っていうか、無理かどうかはやってみないと分かんないじゃん」

 あの時は挑発に乗る形で勝負を受けちゃったけど、グローブの操作を体感してみて、改めて思う。チコへの指示は簡単だ。白城先輩が強いのが本当だとして、可能性が無いとは思えない。

「なら、うちも全力でサポートします。でも、その……本当に、ウザくないですよね?」

「だから、それは平気だって」

 どうしてもそこを心配してしまう明石さんに、わたしは苦笑した。

 わたしの返事に明石さんはようやく安心したみたいで、にへらっと可愛らしい笑顔を、はじめて見せてくれる。

「良かったです。……それじゃあ、練習試合してみましょうか」

「いきなり!? でもうん、時間あんまないもんね。やろう!」

 お互いにグローブを嵌めなおし、一定の距離を保って、ブルームフェザーを呼ぶ。

『ピュイッ!』

『ちゅんっ!』

 青と赤の機械鳥が、わたしたちの前でホバリングした。

 はじめての戦いに、心臓がとくんと鳴るのを感じる。

 いざ勝負。……の前に、「ああっ」と明石さんは大きな声を上げた。


「忘れてました! フェザーデュエルの前には、定番の動作があって……」


 これをしなきゃ始まらないんですよ、と強く言う彼女に、わたしは思わず笑ってしまう。

 どこか緊張していたさっきまでと違って、どうしてだか明石さんは楽しそうに見えた。

 だからだろう。そんな明石さんに釣られて、わたしも明るい気持ちになっている。


「いいですか、まずはグローブをつけた手をですね……」


 それからわたしは、彼女に勝負の仕草を教わった。

 直接戦いには関係ないんだけど、慣習として広まっているらしい。

 不思議なルールもあるんだなぁと思いつつ、わたしはその仕草を覚え、明石さんと練習を重ねていき……


 ……勝負の日は、すぐにやってきた。


【続く】

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