第29話 あたし達の戦い

 風が静かに流れていく。戦いは終わったのだろうか。ドラゴンは倒れたまま動かない。

 気を緩めることも出来ずに立ち尽くすあたし達のところに理事長が走ってやってきた。


「お~い! 何があったんだ? ドラゴンに祈っていたら急にいなくなって……うわっ、ドラゴン!」

「えーと、倒しちゃいました」


 理事長はドラゴンをまるでこの土地の守り神かのように大事にしていた。それは陰陽師が封印するほどの危険な存在だったんだけど、この土地に恵みを与えていたのも確かなんだろう。

 どう言っていいか分からずに誤魔化そうとするあたしに、天馬が警戒を呼びかけてきた。


「気を付けろ! まだ妖気が動いている!」

「パパは離れていて!」

「あ……ああ!」


 美月に強く言われて理事長は離れた。

 力が近づいてくる。寄り合わさって大きくなってあたしでも感じられるようになってきた。

 それは目の前の倒れたドラゴン……ではなく、地中からやってくる!


「伏せろ! クナイの刺している場所からは離れろ!」


 言われるまでもない。ここにいるのはもう何度も戦いを経験してきた熟練者なのだ。あたし達はすぐにそれぞれ一番力から離れた場所に移動する。

 天馬が地面に設置していた紙が剥がれ、クナイがはじけ飛んでいく。

 そこから出てきた力がドラゴンに注がれ、ドラゴンはさらなる力を得て起き上がった。


「無駄だ。我は長きに渡ってこの地に力を注ぎ込んできた。この地にいる限り、我には無限の力があるのだ!」

「無限のエリクサーを持っているってこと? そんなの反則じゃん!」

「やっかいな妖だな!」


 振ってくる尻尾と吐く炎弾をあたし達はなんとかやり過ごす。

 だが、美月と天馬にもさすがに疲れが見えてきている。京から連戦で戦っているのだ、無理もない。

 ここはあたしが何とかする場面だった。


「天馬! 地脈の穴がある場所を教えて!」

「お前の三歩後ろだ!」

「ありがと!」


 あたしはすぐにその場所に移動する。人間の小さな動きをドラゴンが訝し気に見てくる。


「何をするつもりだ?」

「すぐに教えてやるわよ!」


 あたしは聖剣を地面に突き刺した。そこからありったけのエネルギーを送ってやる。

 この聖剣には神様曰くチート級の力がある。ドラゴンの力を塗り替えるのはこれしかない。

 さすがのドラゴンもあたしの目的に気づいたようだ。地脈の竜のエネルギーに聖剣の力が干渉していく。


「我の力を塗り替えるつもりか!」

「悪いね、理事長。ここはもうドラゴンの恩恵を受けた土地じゃ無くなるわ」

「構わんよ。私の名前は竜吾だから、ここはドラゴン学園のままさ」

「ありがとう、理事長」


 力の使い過ぎで意識を失いかけるあたしの耳に理事長の声が届いた気がした。幻聴かは分からないが、おかげで元気が出た。


「我がさせると思うのか!」

「人形! 防御陣!」


 ドラゴンの放ってくる雷の柱を天馬の立てた紙の人形が受け止めた。


「ありがとう、天馬」

「お前はお前のやる事に集中しろ」

「うん! やああああああ!」


 あたしはありったけのエネルギーを地面に注ぎ込む。地脈の中でドラゴンの力と聖剣の力がせめぎ合って、白い光となって弾け飛んだ。

 竜は察した。呼んでも地中から答える物がもう無いことを。


「ドラゴンの力が……失われただと……?」

「これでもうあんたの無限回復も、地面からの攻撃も無いよ……」


 あたしは聖剣を手に敵に向かおうとするが、さすがにもう力が入らなくて地面に膝を付いてしまう。

 あたしの傍にいた天馬が声を掛けてくる。


「お前はよくやった。後は俺達に任せておけ」

「そういうわけにはいかないよ……」


 天馬が向かい、美月も戦っている。だが、ドラゴンの鱗は固く、二人の攻撃ではダメージがほとんど通っていない。

 さすがのドラゴンも防御の重視をし始めた。それでいて攻撃も強い。先に力尽きのはこちらの方だ。


「どうすればあいつを倒せるの? 誰かあたしに教えてよ……」

「彩夏様」


 見ている事しか出来ないあたしの傍で誰かの声が囁いた。見るとそこにセラがいた。彼女も不安そうに瞳を揺らしている。


「ごめん、セラ。忘れていたわけじゃないんだけど」

「いえいえ、彩夏様のお役に立つのがあたくしの仕事です」


 彼女が目を閉じて何かを呟くと、ドラゴンの背後にゲートが開いた。


「神様に言って開けてもらいました。場所は誰もいない辺境に繋がっています。彩夏様がドラゴンを倒すことを願っているのは分かっているのですが……後どうするかは彩夏様がご自分でお決めください」

「ありがとう、セラ。あんたは役に立つ式神よ。やあああああ!」


 相棒の作ってくれたこのチャンスを掴ませてもらう。

 休憩はもう十分に取った。あたしは全ての気合と力を振り絞ってドラゴンに向かって体当たりをした。


「何をするつもりだ? たかが人間の力で我を押せると思うのか!」

「天馬! 美月! 手伝って! こいつを辺境に追放する!」

「ああ、分かった!」

「了解!」


 天馬と美月もドラゴンを押す。ドラゴンもさすがに気が付いた。背後にいつの間にかゲートが開いている。目的は明白だった。


「我を追い出すつもりか? 長く恵みを与えてきたこの地から!」

「何が恵みよ! もうこの土地に竜の汚染は無い。神様が言ってたわ。最近は追放が流行っているってね。あんたも経験してきなさいよ。この町はもうあたし達がいるから大丈夫だから!」


 あたしの手で聖剣が光る。天馬と美月の手も合わさって大きくなった聖剣の光は一気にドラゴンをゲートの淵まで追いやった。

 だが、ドラゴンの爪はがっちりとゲートを掴んで離さない。


「我を追放しても無駄だ。人間は自らの手で争いあい、やがて破滅を迎えるだろう。その時になってドラゴンの力を求めても遅いのだぞ。今ならまだ間に合う。ドラゴンの力を認め、我を求めるのだ」

「大丈夫よ。ここはアヤツジ王国になるんだから……!」


 それがあたしの夢。

 パパとママの築いた平和な我が家をあたしの手でもっと広い世界へ広げるんだ。


「破滅なんてしない! 栄えるんだ! あんたはそれを辺境でスローライフしながらゆっくりと見ていなさい! このあたしが自分の力でナンバー1の女王になるところを!」

「うおおおっ、我は必ず必要になるぞ。返りざいて見せる! 必ず、この輝かしい王都になああ!」


 ドラゴンの姿がゲートの向こうに消える。それと同時に門は閉じていった。

 一息ついて天馬と美月が振り返る。


「お前、本当に女王になるつもりか?」

「お姉ちゃんならきっとなれるよ」

「疲れた……もうしばらくバトルはいいや……」


 あたしは本心からの今の自分の正直な気持ちだけを口にして、天馬と美月と一緒にその場にへたり込むのだった。

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