第11話 初めての中学生活
「お姉ちゃん、またね」
「うん、またね」
美月は他のクラスなので途中で別れ、あたしはダッシュで廊下を駆ける。
学校の例に漏れずここの廊下も走っては駄目と書いてあったが、のんびり歩くと遅刻するので背に腹は変えられなかった。
良い子のみんなはこんなあたしを真似しちゃ駄目よ。
全速力でカーブを曲がり、滑り込みで教室に入った。
一瞬みんなの注目を集めたがあたしが何もリアクションを返さないでいるとすぐにみんなの注目は外れていった。
予鈴は鳴ったが本鈴はまだだ。先生もまだ来ていなかったのでセーフ、間に合った。ここからは落ち着いて歩こう。
あたしは未来の女王なのだから。みんなの前で取り乱した姿を見せるわけにはいかないものね。
みんな朝のゴブリンの事なんてもうどうでもいいようで、それぞれの雑談に華を咲かせていた。
考えてみればみんなにとっては朝から着ぐるみを着た変な奴が一人いただけのことだ。馬鹿が一人不用意に近づいて殴られて怪我をしたらしいけど、ただそれだけの話。
子供が怪我をするなんて小学校ではよくあった事だし、保健室に行く事もたまにはあった。たいしたことでは無いのかもしれなかった。
しずしずと自分の席に向かおうとするあたしだったが、ふと何食わぬ顔をして席についている天馬の姿が視界に入った。
こいつ、途中から姿が見えなかったがどこから教室に入ったんだ。あたしはつい気になって訊いてしまった。
「あんた、どこから入って来たの?」
訊いてしまってからこんなストレートに行ったらいじわるではぐらかされるんじゃないかと危機感を抱いたが、彼は意外にも素直に答えてくれた。
「式神の力を借りたんだ。本来ならこんなことに使う物ではないんだがな」
「それってセラみたいな奴を使ったっていうこと?」
「そういうことだ。お前の式神はセラというんだな」
「おおっと」
あたしは思わず自分の軽い口を両手で塞いだ。彼はそれ以上追及はせずに自分の作業に戻った。
あたしも自分の席に向かう事にする。歩きながら考える。
式神の力を借りるか……
セラは式神ではないけど、あの小さな体で何かが出来るとは思えない。せいぜい聖剣を運んでくるか話し相手になるぐらいだろう。
それなら聖剣で……聖剣を使えば遅刻せずに教室に……聖剣で何が出来るのだろう。戦い以外の用途をあたしには見つけられなかった。せいぜい障害物を除去するぐらいか。
また邪魔をするスライムみたいな奴がいたら振って蒸発させるのには便利かもしれない。
いまいちアタッカー以外の用途が見いだせなかった。
考えても仕方ない。時間に間に合ったんだからあたしは席につく。後ろの席から京が話しかけてきた。
「綾辻さん、あの化け物はどうだった?」
「ばっちり倒してきたよ」
「さすが綾辻さん」
「現れる元凶も排除してきたからもう心配いらないからね」
「凄い凄すぎるよ」
未来の国民が喜んでくれてあたしも未来の女王として鼻が高い。さて、授業を受ける準備をしないとね。
モンスターを狩る事はあたしの任された仕事ではあるけど本業ではない。
あたしの目標はあくまでもここで一番を取って、ゆくゆくはアヤツジ王国を建国することなのだから。
その為には勉強をしないといけない。
あたしは鞄から教科書と筆記用具を取り出すのだった。
「…………」
一時間目が終わってあたしは渋い顔をしていた。原因はというと、
「ここの授業って難しいね。小学校とは全然違うよ。わたし二番取れるかなあ」
そう京の言った通り、ここの授業は難しかったのだ。あたしは日本一の学校というのを甘く見ていたのかもしれない。
京は余裕がありそうに微笑んでいる。
「でも、綾辻さんならまた満点を簡単に取っちゃうんだろうなあ。小学校でも満点を連発だったもんね」
「うん、満点なんてヨユーヨユー。ここの入試でもあたしは満点で一位を取ったんだよ」
「うへえ、さすが綾辻さん、凄すぎだよー」
京は呑気に笑っていて気づいていないようだ。入試はあくまで小学校で習った範囲から出題されていたことに。つまりこれからのこの中学校で習う勉強の範囲とは関係が無いのだ。
簡単にいうなら、単純な四則計算で満点を連発できるからといって、複雑な因数分解で満点を連発できるとは限らない。そういうことだ。
さらにこの教室にはあたしと同じ満点で一位を取った奴もいる。
気を引き締めないといけないなとあたしは思うのだった。
一日の授業が終わった時には結構疲れていて解放された気分になれた。
こんな疲れはここ最近の小学校では感じた事がなかった。これがナンバー1の中学校というものか。
あるいは朝のゴブリン騒ぎで思ったより体力を消耗したのかもしれなかった。
「しばらくは慌ただしく走ったりはしたくない気分ね」
思えば入学式の日から走ったり戦ったりしてる気がする。あたしは少し張り切りすぎているのかもしれなかった。
しばらくは落ち着いた日々を過ごそう。ペース配分は大事だ。
そう思いながら鞄と聖剣を持って立ち上がると、後ろの席から京が声を掛けてきた。
「ばいばい、綾辻さん」
「ばいばい、京ちゃん」
彼女は気楽そうに学校生活を過ごしている。彼女にペースを合わせるのもいいかもしれない。あたしは2番は御免だけど。
そう思うとやっぱり頑張らないといけないと思うあたしであった。
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