腕のない男

糸杉賛(いとすぎ さん)

王女様

 その国には王様がいた。王様は賢く、愛情深い人徳者であったが、王妃を深く愛し過ぎていた。


 王妃の不義が発覚し、怒り狂った王は、娘の前で王妃を惨殺するように命じた。


 周りにばれないよう内々に処理された。他にも王子がいたが、王様は妃によく似た娘だけを憎く思ったのだった。


 王様はその後、妃を殺したものの気が狂い亡くなった。幼い王子様二人は流行り病に倒れ、軟禁されていた姫は生き残り、王女となった。



 亡くなった王に使えていた重鎮のひとりが王女を教育した。外見は王妃そっくりだが、中身は王そっくりの王女が様々な知識を吸収する様を見て安心した。「立派に王女は国をおさめるだろう。王は愛に狂ったが、母親の酷い死に様が、王女に男女の愛情を嫌悪させている」時折、その男は周りにそれを漏らした。


 王女は十二才のころ、宰相の一人が気に入った。男は物静かで、だが賢さや判断力などが人一倍抜きん出ていた。


 妻がいると聞いて、王女は彼の親と彼の妻を全員殺すように命じた。幼い王女は、王は愛する者を殺したのを常々間違っていると考えていたので、そうしなかった。愛する者の周りの人間を殺す方が正しい、と。



 王女は15になり、政略結婚をすることになった。王女自身、国を大きくするために選んだ相手だった。


 側にはお気に入りの宰相を常においた。


 王女は美しく成長していった。お気に入りの宰相には、いつも親友のように、そして一番大事な人のように接した。


 宰相は周りの同情の目をよそに、王女に尽くし続けた。


 王女の夫が、宰相に目をかけている王女に気がついた。王女は不貞を働いてはいないので堂々としていた。


 王女が美しくなるにつれ、王は嫉妬にかられるようになり、王女のお気に入りの宰相を殺した。


 宰相に毒を盛ったのだ。王女は、人がとめるのも聞かずに宰相のもとへと走り、膝まずいて宰相の口から溢れる毒物や血をふいた。


 王女は夫にも我が子にも持たない気持ちをこの男にだけ抱いていた。そのため、泣いていいのか怒っていいのかわからず、ただ、周りに男を助けるように命じた。


 だが、周りは、男が死ぬのをわかっていたので何もできなかった。


 王女は死んではならない、と男に向かって命じた。すると男は、


「いつか貴女に家族を殺されたときに、貴女にも『絶望』というものを教えたいと願っていた。でも、今、あなたの顔を見るとこれが正しいのか、自分自身わからない」



 そう言って死んだ。



 王女は宰相の美しい頭を床にそっとおくと、ふらふらと席へと戻った。その後、王は首を誰かに切られて死んだ。切り口は浅く、大量の血を流して王は死んでいた。


 王女は寿命がつきるまで国のために尽くした。子供は二人いたが、気にもかけなかった。


 そして、重鎮の一人は王女が亡くなったとき、密かに王女の遺体を王に殺された男の墓へと入れた。王女の命令だった。ほか、重鎮二人を呼んで、こっそりと行った。


 ばれないように必死だったので、宵闇の中、棺へ遺体を多少乱暴に入れてしまったが、他の二人が慌てて土をスコップで手際よくかぶせた。王女を教育した一人が呟いた。


「王と王女は、愛に器用だったのか不器用だったのか、私にはわからない」と。


 そして手で土をにぎり、棺の上へと放った。

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