シュールクリーム

有金御縁

頭部戦線異状なし

荒れ果てた戦場の地下に設けられた作戦室にて――。


「大佐。自分はこの戦線区域からの部隊の後退を進言します」 


「ならんぞ参謀長。前進あるのみだ」


「しかし、このような銃火から身を隠す場所のないところでは我々の猛攻も敵にとっては毛ほども思われていない。これこそ不毛なことであってなんとしますか」


「参謀長。前進あるのみだ」


「しかし・・・」


「通信兵。お上に育毛剤散布の航空支援要請は?」


「要請してはいるのですが『頭部戦線を維持せよ』の一点張りで・・・」


「毛根、いや根気だけで頭部戦線を維持するなど到底不可能だ。お上は我々前線の部隊とは毛色の違う人間なのか? それともこの戦いに勝とうと毛頭も思ってないのか?」


「参謀長。口が過ぎるぞ」


「しかし大佐――」


「ここは頭部戦線の最後の砦だ。あの一本しか生えていない我が軍の旗を取るワケにはいかんのだ」

 

「通信兵。お上にむくげ隊の要請を打診してくれ」


「毳隊? あの毛深く剛毛を持った者のみにしか入隊が許されないスリーヘア―部隊でしょうか?」


「そうだ」


「今すぐ要請を致します!」

 

「大佐。今更毳隊が来てくれたとしてもどうせ少し毛の生えた程度ですよ。そもそもその毛があるならすでに増毛、いえ応援部隊を寄こしてきてくれてもいいはずでは? ただでさえ我々の部隊は脱毛者が、勝手に抜ける者が出ていることを知っているはずなのに」


「そうかもしれん。だがそれでも敵に後れ毛をとるわけにはいかん」


「た、大佐。毳隊の要請をしましたが、素っ毛のない返答しかありません」


通信兵が悲痛な面持ちで言った。


「むう・・・。では縮毛隊は?」


「縮毛隊? あの癖っ毛揃いの、くせ者揃いを集めた部隊でしょうか?」


「そうだ。今は誰の毛でも借りたい」


「い、今すぐに要請いたします!」


「無駄ですよ大佐。航空支援要請も素っ毛がない。毳隊も素っ毛がない。本来であればこの頭部戦線を維持するにも総毛だって当たらなければならないのにお上にはその毛がない」


「た、大佐! 縮毛隊もダメです!」 


「ぬう・・・」


「やはりな。大佐我々はもう髪に見放されたんですよ。お上は我々を毛ほどとも思っていない」


「参謀長。貴様、さきほどから口が過ぎるぞ。軍毛会議ものだぞ」


「私は別に構いません。たとえ毛抜きの刑になろうとも。それでも、今ここから後退するのが大事です。もうこの戦いは我々にとってあまりにも毛に余ります。万に勝ちは薄毛ですよ」


「た、大佐! 今お上から新たな指示が!『今すぐ後退しろ。繰り返す。今すぐ後退しろ』との指示が!」


「なっ・・・ば、馬鹿な! お上はここを後退することがどんな意味か分かっているのか!」


「どうやら、決まりのようですな。つくづく我々も毛嫌いされているようだ」


「くそっ!!」


「毛を逆立てたって何も変わりはしませんよ大佐」


「参謀長貴様! なにも思わんのか!」


「私だって内心怒り心頭ですよ。ですが天する怒髪すらない今の状況では意味がありませんよ。大佐。我々にはもう少ない手、いや毛しかない。今すぐ後退を。頭部戦線からの後退を」


「くぅ・・・」


「大佐」


「・・・・・分かった。今すぐ、この頭部戦線から、後退する・・・」



大佐と参謀長は地上にはためく唯一1本の旗のところに来ていた。


「大佐。この戦いはもう遺伝的にも難しい戦いだったのです。我々ではいかんともしがたい現実もあるのですよ」


「・・・分かっている。だがな参謀長。分かってはいるが抗いたいではないか。私は進行を少しでも遅らせたかった。この最後の一本の軍旗をはためかせていたかった。だがもう最後の一本を抜くときが来たようだな・・・。頭部戦線もここまでか・・・」


大佐が旗を引き抜いた瞬間、どこともなくハゲている男性の最後の一本がハラリと抜け落ちた。



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