オーバーテクノロジー vs ロストウホノロジー

ちびまるフォイ

間違えないようにみんなの意見を聞こう!!

インターネットがブレインネットに入れ替わる頃には

学歴で人の価値を選別する時代は終わった。


脳そのものがネットに接続されているので、

あれこれ計算する前に検索してさっさと答えが導ける。


どんな生まれでも、同じ知識が出せる。

それでもなお学校システムが残っているのは

社会勉強をするためだけの形式的なものだった。


「では、このときの主人公はどういう気持ちだったでしょう?」


「はい。先生。きっと悲しかったと思います」

「悲しい? どうして?」


「ゴールに到達したらもう旅は続けられない。

 そのことに気づいて悲しいと感じると思います」


「山田くん、ブレインネットは確認しましたか?

 この時の気持として"悲しい"と書かれている記事は1件もありません」


「でも……僕はそう思いました」


「このときの感情は"嬉しい"が正解です。

 こちらなら検索結果も大多数を占めているでしょう。

 教科書の公式回答もこちらになっていますね」


「そうですね。すみません……」


「みなさんも答えを決める前には必ずブレインネットで

 "自分の選択が間違っていないか"を検証してくださいね」


「「 はい、先生 」」


「では授業はこれで終了します。

 脳健康診断があるので視聴覚室に行きましょう」


生徒の脳健康診断が行われた。

統計データはブレインネットで即時共有される。


全世界で行われた児童の脳健康診断結果を見た研究者は暗い顔になった。


「やっぱりか……」


「研究長、どうかされましたか?」


「実はここ数年で人間の脳みそがどんどん減っているんだ」


「そんなバカな。そんな傾向あるんだったら

 とっくに街はバカであふれかえってますよ」


「ブレインネットがあるからそうならないだけだ。

 脳が減ることで考える力はおろか、覚える力すらなくなっている」


「はあそうですかね」


「君はおとといの夕食を覚えているか?」


「おとといは納豆カツそばでした。

 インヌタにあげていました」


「そうやってすぐに検索で答えが得られるから

 脳を使わなくなってしまっているんだ」


「そう言われても、もう条件反射でブレイン検索しちゃいますよ。

 バナナと言われたら、頼まれなくても絵が浮かぶでしょう?」


「このままでは人間は終わりだ……」

「研究長はネガティブすぎるんですよ」


研究長はとっくに気づいていた。

ブレインネット以降に「名作」と呼べるような作品が出ていないことに。


映画も本も漫画も絵画も。


ブレインネットで脳容量が減ったために、

創作に使われる力もぐっと削られてしまった。


昔の名作をリメイクするばかりで新しいものは作られない。

新しい研究や発表もされないために現状維持どこから「過去維持」を続けている。


過去の財産に飽きられてしまったらそれこそ終わり。


研究長は縮小を続ける脳で必死に打開策を考えた。


「よし、タイムマシンを作るぞ」


「タイムマシン? そんなの無理ですよ。

 だってブレインネットのどこにも作り方がないんですよ!」


「これ以上人間の脳劣化を防ぐために、

 タイムマシンで昔の人間の脳のクローンを作るんだ。

 それを移植して人間の脳を守るんだ!」


研究長は自分の研究者生命を賭けてタイムマシンを作り上げた。

ブレインネットで劣化する前の脳を手に入れるため装置を起動させる。


「け、研究長!? なんかすごい音してますよ!?」


「おかしいぞ! こんな……こんなはずでは……!

 ちゃんとネットに書いている手順を守ったのに!」


ブレインネットに転がる有識者の意見を受けて完成したタイムマシンは大爆発。

大きな時空ゲートを作ってしまった。


「研究長……このゲートは……」

「おい! なにかゲートの向こうからくるぞ!?」


「ウホーーッ!!」


過去につながったゲートを経由して原人たちが現代へ押し寄せた。

石斧で研究者たちの頭をくだいてブレインネットを破壊する。


「ウホッ! ウホァーー! キキッ! キーーッ!!」


現代へワープしてきた原人たちは狂喜乱舞した。

マンモスを狩る必要なく、そこいらに食べ物が転がっているユートピア。


危険な肉食獣もいない。

いるのは服を来たチンパンジーだけ。しかも弱い。


「ウキァーー! ウホ! ウホホホ!!」


原人たちはここを自分たちの拠点とするべく侵略をはじめた。


著名な研究者が死亡したのはブレインネットで即共有された。

研究長が石斧で撲殺されるまでの眼球レコーダも共有された。


すぐに有識者となんだかよくわからない肩書のコメンテータがブレイン会議を行った。


「研究長がやられたようだな……」


「タイムゲートを通じて原人が暴走しているようです」


「ふふ。道具の使い方をやっと覚えた原人ごときに

 今の現代兵器とおそるべき情報戦の怖さを教えてやる」


「ぶっちゃけ、人間をぶっ殺せる大義名分が欲しかった。

 新兵器をずっと試したかったんだ」


「ようし! あの裸原人どもに現代人の恐ろしさをーーあれ?」


ブレイン会議は急に途絶した。

こんなことは前代未聞だった。


「みんな? あれ? 俺だけ? もしもーーし?」


ブレインネットの接続が途絶えたのは個人だけではなかった。

原人がワープした研究所の近くにはブレイン検閲庁が近かった。


勝手のわからない現代にやってきた原人たちは、

とにかく近くのブレイン検閲庁に押し入り破壊の限りを尽くした。


悪いことを考えないようにとブレイン検閲をしていたサーバーもメッタクソに破壊されブレインネットが途絶えてしまった。


「ウホホ? ウッホウホホ」


原人たちはブレイン検閲庁にめぼしい食べ物はなく、

あるのは硬い精密機械だけなので見切りをつけて別の場所へと向かった。


マンションを荒らし、コンビニを破壊し、路上は人糞まみれとなった。


「なんなのよあいつら!?」

「ドッキリじゃないのか!?」

「ブレインネットが落ちてて状況がわからねぇ!」


「ウポーーー!!」


慌てふためく服を着たチンパンジーは石斧のえじきとなってゆく。

モタモタしているうちに、次々にブレインサーバーは破壊されてゆく。


原人のぶっとんだ運動性能と、満身創痍な攻撃に現代人の生息域はおびやかされてゆく。

気づけば原人に見つからないように地下シェルターへと隠れていた。


「こんな100年以上前の地下シェルターを使うはめになるなんて……」


「あんた警察でしょ!? その銃で地上の原人を撃ち殺してきてよ!」


「銃を使うにはブレインIDでの認証が必要なんだよ!

 ブレインネットに接続できないから扱えないんだって!」


石斧なんかより遥かに殺傷能力や制圧力に優れる現代兵器はごまんとある。

しかしどれも安全性のためにブレインネットでの認証を必要としていた。


認証がなければただの鉄くずになってしまう。


「もう終わりよ……地上に出れば原人に殺される。

 ここに隠れていてもいつかは餓死する……」


「せめてブレインネットにさえつなげられれば……」


誰もが膝を抱えて絶望を受け入れていた。


「おい。あれなんだ?」


ひとりがシェルターの奥に何かを見つけた。

白い箱型のソレを見るのは初めてだった。


「まさか……パソコンじゃない……!?」


「うそだろ。あれってずっと昔に廃絶されたんじゃないのか」


「間違いないよ。だってほら、ケーブルってやつにつながってる!」


「それじゃ"いんたーねっと"というのも使えるかも」


ブレインネットで調べられないため手探りで操作をはじめる。


「つながる! インターネットにつながるぞ!!!」


過去にこのシェルターを作った人間が、

他のシェルターと連絡を取り合うために接続したインターネット。


ブレインネットが破壊された現代でこの遺産が使われるなんて。


シェルターに追いやられた現代人は、

インターネットを通じて原人への報復作戦を考えた。


地上を我が物顔で占拠しつづける原人どもに無慈悲な鉄槌を下そうと、

現代兵器の際限ない投入が行われることになる。


「見てろよ原人ども。お前らが好き勝手できるのはこれで終わりだ!」


インターネットを介して建てられた作戦は実行に移された。

まずはブレインネットの復旧を行わせ、あらゆる情報を回収できるようにする。


「ようし! ブレインネットが戻ったぞ!!」


ブレインネット認証が復活し、人道的にアウトすぎる兵器も準備完了となった。

世界全員の目は動く監視カメラとなって、トイレに隠れた原人の一匹も見逃さない。


ブレインネットによる凄まじい情報連携で、

原人たちはいつの間にか一箇所に集められていた。


「ウホ? ウホホ?」


原人たちの周囲には自動小銃が備えられていて、

スイッチひとつで原人を穴だらけのサンドバックに変えてしまう。


完全に勝利を確信した現代人は原人に言い放った。


「覚悟しろ原人ども!! もうすぐお前らは終わる!

 お前らの命はブレインネットの接続者の手に委ねられているんだ!!」


「ウホ!?」


「今、お前ら原人の殲滅作戦のブレイン投票中だ!!

 反対がゼロになったとき、作戦決行される!! 覚悟しろ!」


原人共存団体が反対とブレイン宣言した頃、

石斧をもった原人は世界を見事に征服した。


その後、大きいままの脳でたくさんの新しい名作や研究を後世に残したという。

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