第2話 他人と友人

 その瞬間、自分のしたことを後悔した。

 簡単に言えば、我に帰ったというのが正しいのかもしれない。

 だけど、目の前の彼女は少しきょとんとして、軽く下を向いてつぶやいた。


「あの……その……困ります」


 黒髪の彼女は、少し震えているように見えた。それを見て少し冷静になった俺は、そうだろうなと思う。いきなり知らないやつに、彼氏と別れろと言われている様なものなのだから。


 隣にいた大人しそうな好青年の彼氏が、あたふたして何かを言いたそうにしている。

「ちょ、ちょっとやめてください」

「なにが?」


 俺はそいつの方を軽くにらんだ。謝ったほうがいいのだろうと思いながらも、イライラしているのがおさまっているわけではなく、威圧するように言った。


「ぼ、僕の彼女なんで……」


 そう言われて無性に腹が立つ。


「きいてるだけじゃん?」


 勢いで抜いた刀を鞘にもどせないとはこの事なのだろう。もはやただのチンピラだ。すると背後から、少し甲高い声が服をつかみ俺を止めた。


「ねぇ。何やってんの?」


 声のする方に振り向くと、髪を一つ結びにした金髪のギャルが、鬼の様な形相で俺を睨んでいる。


「何って、俺はただ聞いただけなんだけど?」


 その瞬間、彼女の短パンから伸びた白い足が俺の肩にめり込む。


「痛って……なにすんだよ」

「は? 逆切れ? あんた、最っ低だね」


 そうすると彼女は、カップルとの間に体を入れるようにして遮った。


「あのさ。別にナンパするなとはいわないけど、カップルねらうとか頭おかしいんじゃない?」

「いや、それよりお前誰なんだよ。なんで見ず知らずの奴にいきなり蹴られなきゃいけないわけ?」


 どう考えても、不良かヤンキーのたぐいの彼女にムッとする。少し強めに声を張り返したが、その目はどこか血走っているのか赤くなっているのがわかる。さらに腕を捕まれ、その子の勢いは全く衰えなかった。


「なに? その子の知り合い? それはそれでストーカー過ぎてキモいんですけど?」

「別に知り合いじゃねぇし」

「じゃあひとめぼれ? それなら、そんなことしないで相手の幸せを願いなよ?」

「そんなんじゃねーし」


 そういうと、彼女は口に手をあて虫けらでも見る様に軽蔑の目を送る。


「知り合いでもひとめぼれでも無いって、ただカップルに嫌がらせしたいだけじゃん……マジむり、生理的にむーりー!」


 彼女が大声でそう言うと、周りの視線が集まるのを感じる。正直ここまで大事おおごとになるとは予想もしていなかった。

 彼女が叫んだのをきっかけに、カップルは何処かへ行ってしまった。


「もういねーし……」

「なにあの子らお礼も言わずどっか行くとかひどーい。まあでも、あたしのおかげでカップルはクズ男から救われたのだ」


 彼女は腰に手を当て高笑いする。短く結んだシャツからすこし白いおなかが見えていた。


「──というわけで、ナンパするならカップルにはすんなよ! ク・ズ・男!」

「いやいや、だからお前誰なんだよ」

「とおりすがりの善良な美少女?」

「自分でいうのかよ……」


「ともかく、クズみたいなナンパしないで、普通に彼女を探しなよ!」


 そういうと、彼女はおれの頬を軽く押し、何かつぶやきその場を後にした。

 カップルにナンパするなよ……か。ただ、疑問だっただけなんだけどな。思い返すと、ただのナンパにしか見えない事に気づく。確かにヤバい奴かもしれないな……。


 それから、俺は帰りの電車に向かった。正直いまから店を見る気にもどこかに遊びに行く気にもなれなかった。まだお昼過ぎ。電車は街に来る人がほとんどで、かえりの電車はありえないくらい空いていた。


 蹴られた肩をさすりながら、車窓から見える景色はまだ明るく流れていくのがわかる。来た時はそんな街並みなんて気にならない位浮かれていたのだろう。ふと、一人になった事を実感した。


 家に着いた俺は、自分の部屋のベッドに倒れこむ。布団にピアスが当たったのを感じた。


「まだ肩が痛ぇ……なんか、色々うまくいかないな……」


 そう呟いた後に、金髪のギャルの事を思い出し腹が立つ。

 でもあいつ、別に最後は普通だったよな……何となく思い返していると別に悪い奴でもない気がしていた。


 気付くと俺は、そのまま寝ていたのだろう。夕飯の匂いと共に窓の外が暗くなっているのが分かる。


「もう19時か……」


 晩御飯を食べ、風呂に入る。いつもと変わらない感じだけど、俺の中ではなにかが違う。だけど今はあまり考えない様にしていた。気分が変わるかと思いイヤホンをつける。


 ジェイソンムラーズの『I’m yours』の断片的にしかわからない歌詞がゆっくりと胸の奥を締め付けていく。このまま死ねばいいとさえ感じるほどに自分の周りだけがキラキラと輝いているように思えて涙があふれた。


 そんな中、音楽をさえぎるように着信が来る。

 スマートフォンの画面に目をやると修平からだった。正直出る気にはなれない。だけどこれからの学校生活が頭をよぎり、ゆっくりとボタンを押した。


「……もしもし?」


 浮かれた声が聞こえると思っていたのだけど、意外にも少し落ち着いた様な声でいつもの勢いは感じなかった。そのせいか感情を押し殺し、いつもの俺ででようと必死で胸の中の闇を押し込む。


「修平? どうしたんだよ?」

「いや……今日は、悪かったな……」

「なんだよ悪かったって。デートは楽しめたのか?」


 よくもまぁ、この精神状態で自然体の様に口に出せるものだと自分でも感心する。


「お、おう……」

「それで? のろけ自慢ならよそでしてくれ。彼女の居ないやつにする話じゃないだろ?」


 そう言うと修平は落ち着いた声で言った。


「優はよかったのか?」

「何が?」

「俺と綾が付き合っても……」


 少し震えるような声は、彼らしくない。なにか後ろめたいのか、それとも裏切ったとでも思っているのだろうか。


「別に、修平が綾を好きで、綾もそれに答えた。それだけだろ?」

 そう恋愛なんてそれだけだ……。


「俺、綾が本気で好きだったんだ……」

「知ってる」

「だから……優がいつ綾を好きになるかって不安で、多分お前はこのままの関係を続けたかったんだと思うけど……本当に悪いな」


 修平は、3人の関係を崩した事を気にしているのだと思った。そんなことまったく考えずにデートしてあわよくばと思っていた俺には何も返せなかった。


「別に、死ぬわけじゃ無いんだし、来週も普通に遊ぼうぜ? それとも二人でいたいから遊べなくなるって話か? それならバイトを増やすさ」

「そうだよな……あんまり気にしてない感じでよかったよ。優に彼女ができたらダブルデートしようぜ!」

「そうだな!」


 俺の精神的には限界だった。うまく話を終わらせ電話を切る。修平の気持ちと、俺のみにくいい感情が混ざり頭の中がいっぱいになりとりあえず泣いた。

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