その彼氏、俺でよくないですか?

竹野きの

第1話 失恋と行動

「ねぇゆう、週末買い物に付き合ってくれない?」

「なんだよそれ、自分には言ってくれないのか?」

修平しゅうへいはスニーカーとか興味ないでしょ……」


 放課後の教室。あやは買い物に付き合ってくれといった。

 幼馴染の修平と、去年の文化祭の頃から遊ぶようになった綾は、高校2年になった俺の生活の基盤といっても過言ではないと思う。


「まぁ……いいけど。週末は空いているし」

「本当に? それじゃ朝。うーん、時間はメールするね!」

「わかった」


「おいおい、だから俺は?」


 修平は二人で行くのを気にしていた様子だったけど、今までも何度かあった事だから俺は特に気にはしていなかった。


 帰り道、修平と駅に向かう。綾は中学が違うこともあって、途中で別れる。特に用の無い時は、大体こんな感じで帰っている。


 駅のホームで、帰りの電車を待っていると、ベンチに座る修平が言った。


「なぁ優……」

「なんだよ。週末の事、まだ気にしてんのか?」

「いや……まぁ……」

「別に買い物はお前興味ないだろ?」


 彼は、体育会系のルックス。髪は坊主だし、体格もガッチリしている。少し細身の俺とは真逆といってもいいだろう。


「まぁ、買い物には興味ねぇけど……」

「じゃあ、なんなんだよ」


 俺がそういうと、修平は目を逸らした。

 彼は座ったまま下を向き、見上げるようにこっちを見て言った。


「お前、綾のことどう思ってんの?」


 修平は、いつにもまして迫力があった。静かで、それでいて何か闘争心を殺したような雰囲気に圧倒される。


「どうって、友達だけど……」

「別になんとも思ってねーのか?」


 彼がそういうと、電車の到着を告げるアナウンスが、ホームに響く。


「電車来るって」

「待てよ。どう思ってんのか答えろよ」


 電車のブレーキ音とともに、ホームに風が吹いた。大きな音がおさまり、少し間を開けてドアが開く。俺は、修平から目を逸らし、電車の方に向く前に言う。


「別にそんなんじゃないって……」


 そういって、電車に乗ろうとすると、修平はそのまま言った。


「じゃあいいんだよな?」

「何がだよ。早く乗れよ?」


 だが、修平は立ち上がると電車には乗らなかった。


「わりい、先帰ってくれ。ちょっと忘れものしちまった。お前、バイトだろ?」

「おいおい、マジかよ?」


 バイトまで余裕のない俺は、そのまま電車にのる。多分、修平はきっと忘れ物なんてしていない。少し気まずいと思い一本ずらして乗るつもりなのだと思った。


 うすうすは感じていたのだが、修平は綾の事が好きなのだろう。それなら、俺は……本当になんとも思っていない?


 ……そんなことはない。気になる人をあげろと言われたらきっと綾と答えるだろう。

 だけど、修平には負けない。どこかそんな風に思っていた。




 ──それから週末の朝。


 いつになく気合いが入っているのが自分でもわかる。お気に入りのピアスに最近買った服。セットした髪でハットを被るか迷う。


 待ち合わせは10時。このパターンだと、お昼も一緒に食べるだろうから、ハットは被らずに行こうと結論を出す。


 駅に向かう途中のコンビニで、少し多い目にお金をおろして、電車に乗った。ドアのそばの鏡で髪型をチェックしながら、外の景色と往復する。住宅街の景色は次第にビルが目立つようになり、町から街へ景色は変わる。この感じが俺は好きだった。


 休日ということもあり、普段の通学路では見ることのない人の数。所詮は地方の都市なのだけど、自分にとっては充分に魅力的にみえる。


 気持ちが焦りすぎたのか、待ち合わせの場所には30分も前についてしまう。いつも早めに来ている彼女だけど、それでも少し時間がある。俺は待ち合わせの場所から、同じく誰かを待つ人に少し共感したりする。


 友達なのか、カップルなのか。スーツの人は多分仕事での待ち合わせなのかもしれない。そんな中、少しカップルが多い様な気がして俺らもそう見えるのかと考えてしまった。


 待ち合わせの時間まで、15分を切ったくらいに彼女の姿が見えた。纏めた髪に、カジュアルな服装はスニーカーを合わせるためなのだろう。


「あれ? 優、今日は早いじゃん?」

「うん。なんか一本早い電車に乗れたんだよ……」

「なるほどねぇ。それじゃ、約束だったし付き合ってもらおうかな?」


 何となく彼女が、いつもとは違うと感じる。何かを隠しているような、どことなくそんな雰囲気があった。もし、それが告白だったりしたら俺は修平を気にせずOKできるだろうか……彼女の後ろ姿をみながらそんなことを考える。


「優? 聞いてる?」

「え、あ……ごめん、聞いてなかった……」

「もう、ひどい!」

「ごめん……」

「スニーカーだけど、優はどれがいいと思う?」


 コンバースの靴が並ぶ中、綾は少し膨れながらそういった。


「ああ、コンバースか……これなんかいいんじゃない?」


 そういって、俺はつま先に口の様なラインの入った靴を手にっとった。


「かわいいかも?」

「ジャックパーセル。結構履き心地もいいと思うよ?」

「さすがだよね! 合わせやすそう」

「だろ? 俺も買おうかな……」


 もともと1足欲しいと思っていた事もあり、そうつぶやくと綾は驚いた顔をする。


「優も買うの?」

「ダメ?」

「いいけど……お揃いみたいになっちゃうよ?」

「いやいや、ジャックパーセルは被るとかそんなのはないと思うけどなぁ」


 定番のモデルでもあるその靴は、誰が履いていてもおかしくはない。だけど、少しだけお揃いを持つという事を考えていないわけでもない。


「優がいいなら、いいけど……」

 俺たちは、色違いのその靴を買った。自然に買えた事が少しうれしかった。それと同時に、この後どこに行こうかと近くのよく行く店を回る。


「やっぱり、買い物に行くなら優だよね~」

「まぁ、修平は服とか興味あるタイプじゃないからなぁ」


 何となく、修平の事を口にする。基本的にジャージが普段着の彼にそれなりの服を買わせたのも俺だった。


「修平も、優のおかげで外に出れるよね」

「まぁ、あいつは元々ジャージだしね……」


 居ないところでこんな話をするのも少し悪いなと思いながらも、修平の事をネタにした。ただ、なんとなく来たがっていたあいつの事を不憫に思っただけかもしれない。


「そうそう、修平お昼ごはん一緒に食べるって!」

「え? あいつ来るの?」

「うん、買い物終わったらいいだろって」

「修平らしいな、俺にも連絡くれればいいのに」


 少し残念だと思ったが、彼も綾に会いたかったのだろうと思う。一通り店を周り、いくつか服を買うとそのまま修平と合流した。


「おー、がっつり買い物してきたなー」


 Tシャツにデニム、そしてなぜかおっさん見たいなサンダルを履いた修平が、ファミレスの前に立っていた。


「修平、街にそのサンダルは無いって!」

「本当に! あんたも優をみならってよ!」

「なんだよ、二人して。べつにファミレス行くのに気合入れなくてもいいだろ?」


 修平の言いたいことは何となくわかる。だが、ここは地方とはいえ街なのだ。このまま電車に乗って来たのだと思うとすこしおかしかった。


「優も笑うなよ~」


 合流を終えると、店に入る。少し早めだったからか、1組しか待ちが居なかった。


「ちょっと早めに来てよかったよね」

「だろ? そう思って俺は先に来たわけよ?」


 彼の思惑どおりなのか、すぐに案内されることになる。だけど、席に付くと修平は俺の方に座らずに綾の隣に座った。


「あれ? 修平なんでそっちに座るんだよ?」


 俺は少し積極的過ぎるだろうと思いながら、修平を茶化す。すると、修平は少し落ち着いた表情になり口を開く。


「あのさ。俺、優に言わないといけない事があってさ」

「修平、今言うの?」

「なになに? 急になんかかしこまっちゃってさ?」


 彼の、いきなりの発言に少し驚く。それと同時に綾も知っているみたいなのが気になって、俺は少し前かがみになった。


「俺ら昨日から付き合うことになったんだ」

「へ?」


 正直意味が分からなかった。いきなり何を言い出すのかと頭が混乱する。


「なんだよそれ? 付き合ったって……昨日?」


 俺がそういうと、綾もコクリと頷いた。そんな中、店員が空気を読まず水をおいていく。動揺しているのか、その水を一口飲んだ。


「実はさ……結構前から綾の相談に乗っててさ」

「修平、それはいわないでよ……」


 そういった、修平は少し唇を噛んでいるのがわかる。相談よりも何よりも、付き合ったってところが気になって仕方がない。


「……それで、お前綾に興味なさそうだし」


 ちょっとまてよ、なんでそうなるんだよ。


「だから、綾もあきらめたっていうか……次第に距離が近くなってさ」


 どういうことだよ、綾は元々俺に気があった?


「それで、お前にこないだ聞いたよな?」

「なにか聞かれたっけ?」

「綾の事、どう思ってるかって」

「……ああ」


 あの時の言葉は、そういう……まさか、それを綾に?


「それで、あの後、綾の所に行って告白して……」

「付き合った……?」


 多分、動揺しているのは顔に出ていると思う。というか隠せる心境じゃない。綾は俺が好きで、修平に相談してて……それで……付き合い始めた?


 ──なんでだよ。


「元々、文化祭の時それで修平と話すようになったんだ……でも、優は多分私のこと恋愛対象とは見てないでしょ?」


 そんなことはない。


「……まぁ、友達だしね」

「だから、ずっとアプローチしてくれてた修平が気になって……」


 なんでそうなるんだよ……。


「マジか……よ、よかったじゃん」

「うん……」


 いや、ぜんぜんよくねーよ。ちょっとまって、そしたらどこかで告白してたら付き合っていたのは……俺?


 ちがうと言おうと、言葉が喉まで出かかった位で視界の中につながれた手が入る。正直、もう遅いんだ。その姿はそう言っていた。


 その話の後で食べたパスタは味がしなかった。結構好きだったはずなのに、店を出た時にはなにを食べていたのかさえ曖昧あいまいにしか覚えていない。


「これからどうする?」


 そんな中、修平の声が頭に響く。行けるわけないだろう。


「昨日付き合ったんだろ、二人でデートでもして来いよ!」


 早くこの場から離れたい一心で、俺はそういって駅に向かう。途中で振り向いた時に見えた二人の姿は、いままでの関係とは違ったように映る。ちょうど曲がり角を曲がったあたりで涙が止まらなくなった。


 あの時、少しでも興味を見せていれば。

 告白するタイミングなんていくらでもあったじゃないか。

 なんで、気づかなかったんだろう。


 様々な記憶と想いが、頭の中をぐるぐると回る。それと同時に、諦めた綾に対して怒りのような、軽蔑けいべつするような黒い感情があふれ出してきた。


 べつに、誰でもいいのかよ……。

 好きなんてそんなものなのかよ……。

 駅前に着くと、そんな憎悪ぞうお嫉妬しっとが混ざったような感情でいっぱいになる。

 朝は気にならなかったカップル達にやけに腹が立った。


 どうせ、お前らも誰でもいいんだろ?

 近くにそいつが居たから付き合っているだけなんだろ?


 そして俺は、目の前のカップルの彼女の方に問いかけていた。


「あの……」


 いきなり声を掛けられたからか、彼女は少し驚いた様な表情を浮かべる。ただ、疑問なのか好奇心なのか、それとも修平と綾へのあてつけなのか、自分でもなんでそんなことを言ったのかはよくわからなかった。


 でも、俺は衝動が止められず言ってしまった。



「その彼氏、俺でよくないですか?」

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