第26話 さてと、任地へ行く前に挨拶ですかね。
皇帝の謁見も終わり、リトン伯爵の屋敷で一晩お世話になった後、出発するに当たって、リトン伯爵に挨拶を行った。お世話になったので、何かお土産でも渡そうと思ったのだが、いいものが思い浮かばずどうしようか考えていたときに、ジェミニが道中でオーガジャーキーを食べたいと言ったので、これだ!! と思い、まだ在庫のある袋を1つ渡すことにした。
「アイス君、じゃなかったな、フロスト子爵よ、その袋は一体?」
「オーガの肉を加工したものです、オーガジャーキーと名付けました。」
「ほう、オーガの肉をか、確かオーガの肉は筋張っており食べるのに適さないと聞いたことがあるのだが。」
「はい、正直なところ、生はもちろんのこと、焼こうがスープにしようが食べられたものではないです。しかし、特殊な加工調理によって美味しく生まれ変わりました。試しに食べてみますか?」
「うむ、こんな場でこういうものを食べるのもどうかとは思うが、それはまあいい。折角だから頂こうか。」
別に用意した袋からオーガジャーキーを取り出して伯爵と護衛達に1つずつ振る舞う。
「この食べ物で大事なことは、すぐに飲み込まずにじっくりと噛むことです。噛めば噛むほど味が出てきますので。」
伯爵達はそれぞれ手に持ったオーガジャーキーを口で噛みちぎり、それをじっくりと咀嚼している。最初は半信半疑で噛んでいたのだが、噛んでいるうちに顔色が変わってしっかりと噛んでいた。
「ほう、これは非常に美味いな。辛口の酒に合いそうだな。それにしても、オーガの肉がここまで食べられるようになるとはな、、、。ところで、これはどうやって作ったのだ? 作り方を教えてくれるのならありがたいが、どうだ?」
「作り方は簡単なのですが、我らでもマーブルがいないと作れません。」
「簡単なのに、その猫でないと作れないというのは?」
「はい、これを作るには絶妙な火加減とその火加減を長時間維持する魔力が必要です。魔道具でもそういった効果のあるものを作れば可能なのかもしれませんが、知り合いの魔道具師によると、どうやらドラゴンクラスの魔石が必要だとか。」
「な、何? ドラゴンクラスだと?」
「はい、それくらいの魔力が必要だと言っていましたね。」
「うーむ、そうか、それは残念だ。」
嘘は言っていない。私の目的はオーガの肉を食べられるようにすることにより、今まで討伐しても割に合わない対象であるオーガを少しでも割に合うようにすることにもあった。また、ジャーキーには脂身の少ない肉の方が美味い場合が多く、オーガはまさにジャーキー肉としては最適だと思ったからだ。それと、トリニトの町のみに卸すことによって、トリニトの経済を支える一助になってくれればとの思いもある。でも、これ作っているの私達だし、フロスト領でやるのもアリかな。そこは追々考えていきますか。
「では、フロスト子爵よ、次以降は土産はこれで頼むぞ。下手なものより断然こちらの方がいいのでな。」
「承知いたしました。では、リトン伯爵、今までお世話になりました。おかげで帝都での滞在では不自由することなく過ごすことができました。」
「そうか、また機会があったらゆっくり話しでもしたいところだな。では、気をつけて行かれよ。」
「ハッ、では失礼いたします。」
で、現在私達はリトン伯爵の元を辞し、帝都を出て街道を進んでいる。
「アイス様、これからの予定って考えてあるの?」
「正直言うと、一旦トリニトへ戻って父上に報告してからフロスト領へと向かうくらいで、他にはこれといって何も。」
「では、領地で何するかなども全く?」
「うん、全く。正直押しつけられた感は強いけど、実際どのくらいひどいのか自分の目で確かめないと、優先順位とか決められないじゃん。」
「まあ、確かにそうだね。とはいえ町というか集落というか、そういったものは一応あるんでしょ?」
「いや、それも正直わからないな。どうせこのメンバーだけでしか向こうには行かないわけだから、ぶっちゃけどうにでもなる、というのが本心かな。集落とかあっても、開発に向いていなければ後回しにするし、別に何もないところから一から作るのもアリかなとも思ってる。とにかく実際に行ってみないとね。」
「まあ、力仕事なら俺に任せてくれ。」
「私は狩猟採集で頑張りますよ。」
「俺は魔道具作成に勤しむしかないかな。」
「3人には基本的にそういったことを頼むと思う。そうなったときはよろしく。」
3人と話していると、ちょうど肩の上に乗っていたマーブルとジェミニが私の肩をテシテシと叩いた。
「もちろん、マーブルとジェミニにも頑張ってもらうからそのつもりでね。ライムは特に重要な存在だからね。」
マーブル達は嬉しそうにテシテシ叩いてきた。そういう表現もあるのか。戦闘時ではないから猫とウサギが普通にテシテシ叩いている感じだ。
街道を離れて隠れ道っぽいところに入る。ちなみに帰り道は行きのルートと全く同じ所を通る予定だ。ラヒラスが2人分木騎馬を出す。それぞれラヒラスとアインの分だ。私とウルヴはそれぞれ木騎馬は収納してあるため個別に出した。出した木騎馬にそれぞれ跨がり、魔力を込めて木騎馬を動かす。ご存じの通り私は魔力を持っていないので、マーブルに魔力を込めてもらう。
行きと帰りの違いは進行速度だ。行きはほぼギリギリまでトリニトで過ごしたので王都まではほぼノンストップで進んでいたが、帰りは新たにフロスト領へと可及的速やかに向かう必要があるかもしれないが、帝都からトリニトへ伝令が届くまでにもそこそこ時間もかかるので、ここは比較的のんびり帰ることにした。食料関係も少しだけ心許なかったので狩り採集しながらということで。もちろん野営ではなく寝るときはねぐらに移動、風呂洗濯もバッチリだ。
帰りの道中ではゆっくり目に進んだおかげでそこそこ集めることが出来た。とはいえ種類はよくわかっていない、かろうじて美味いか美味くないか程度だ。ウルヴは騎乗したまま茶になりそうなものを集めていた。なぜあれに乗ったままあんなことができるのか、、、。
野草や木の実だけでなく、肉類も行きで手に入れたマーダーディールやフォレストボアやワイルドボアといったものも結構入手できた。特に魔物類はマーブル達が張り切って狩っていた。やっぱり、昨日の戦闘で鬱憤が溜まってたのね、、、。
特にこれといったトラブルもなく順調にトリニトへと到着した。報告前に肉類を食べ物を扱う店へと卸し、素材については冒険者ギルドで買い取ってもらった。ギルドで話を聞くと、アッシュ達が訓練と称してはこまめに狩りを行っているおかげでギルドもそうだけど、町全体が潤っているそうだ。そのため、試しに出したオークキングの皮などの素材も扱えると嬉しそうに話していたのが印象的だった。とはいえ、そこまで潤沢に資金があるわけではないので、1体だけ卸すことになった。全部で金貨1000枚になったのは驚いた。それ以上にわずか数ヶ月で即金で金貨1000枚支払えるようになったことにビックリだ。
屋敷に行くと、守備兵が待機していた。私達を待っていたようだ。守備兵に案内されて領主の部屋へと向かう。領主である父上も待っていたようで、開口一番皮肉を言われたが知らんがな。
「父上、只今戻りました。皇帝陛下の勅命により、私はアイス・フレイム改め、アイス・フロスト子爵となり、フレイム領の隣にあるタンヌ王国と国境を接する地域をフロスト領として拝領致しました。」
「アイスよ、帝都からの使者から報告を受けたので内容は理解しておる。お前も領主になるとはなあ。」
「場所が場所だから、正直押しつけられた感が強いのですがね。」
「まあ、これでフレイム家も安泰かな。おっと、お前はフレイム伯爵家ではなくフロスト子爵家になったのだったな。」
「そういえば、そうでしたね。とはいえ、いつも通りに接してくれればいいですよ。」
「ところで、申し訳ないのだが、お前もわかっているとおり、我が領には余裕がないので餞別を持たせてやれない。」
「ああ、それは全く期待していないのでいいですよ、お気になさらずに。」
「ううむ、済まんな、という気持ちとそう言われてしまうとそれはそれでショックだという気持ちが半々であるかな。まあ、それはそうと、たまにはこちらにも帰ってこれるか?」
「流石に領主となったからにはおいそれとはこちらには来られないでしょう。」
「まあ、そうだな。というのもアッシュがお前のことばかり話すのでな。今アッシュはお前が最近トリニトでやっていたことをするようになってな、以前は微妙だったアッシュの評価が上がりつつあるのだよ。」
「それはよかったですね。アッシュはまだ13ですからね、このまましっかりと成長してくれれば名領主として評判になると思いますよ。最近はしっかりと人の話を聞くようになっているようですしね。」
「うむ、一番変わったのはそこだな。以前まで自分の母親の意見しか聞かなかったのが、今では逆に母親の意見を聞こうとしなくなってな。」
「父上、ご自身の妻の評判って耳にしてないんですか? トリニトの発展を妨げる原因となっている1人なんですよ。」
「そうは言ってもなあ。」
「まあ、いいや。では、私はこれより任地へと赴きます。」
「うむ、アイスよ達者でな。」
「はい、父上もご壮健にて。」
父上に軽く挨拶をして離れ小屋で待機しているマーブル達を迎えに行き、トリニトを出発する。
トリニトを離れてフロスト領へ向かっている途中で、アッシュ達の一団に会った。
「そこにいるのは兄上ですね?」
「おお、アッシュか、頑張っているみたいだね。」
「はい、日々頑張っております。領兵達も訓練を頑張っており、日ごとに交代でこうしてと魔物討伐に勤しんでおります。」
「そうか、それはいいことだね。この調子でトリニトを発展させるといいよ。」
「はい! ところで、兄上はもう新たな任地へと行かれるのですか?」
「ああ、そうだよ。これからフロスト領へと向かうんだ。」
「あ、そういえば、兄上はもうフレイム家ではなくフロスト家となってしまったのですね。」
「いつも通りでかまわないよ、兄弟であることに変わりはないんだから。」
「はい、私にとって兄上は自慢の兄なのですから!」
「しかし、アッシュも変わったよな、以前は顔を合わせるたびに、落ちこぼれと言っていたのだが。」
「もう、それは言わないでください。私の一番の汚点です。兄上の教えを受けて、いかに自分がちっぽけな存在かを思い知りましたので、これからはそうなることのないように勤めたいと思います。」
「そうか、それを聞いて安心したよ。私も頑張ってフロスト領を発展させるから、アッシュも頑張れよ。あと、困ったことがあったら相談に来てくれればいい。もちろん手紙でもかまわない。」
「はい、余裕が出来たら行ってみたいと思います。」
「では、アッシュよ達者でやれよ。」
「はい! 兄上もお元気で!!」
偶然にもアッシュと会って話しができた。とはいえ隣の領地だし、今生の別れでもなかったので、特に挨拶する必要はなかったかなとも思っていた。
さて、これから自分が統治する領域へと向かっているが、果たしてどんなところなのだろうか、不安はないけど、正直それほど期待もしていない。まあ、マーブル達が一緒であればどこでもかまわないというのが本音かな。
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