第2話

 雄一は瀬戸内海に面する田舎の町で育った。幼い頃からビートたけしを見て育った。志村けんと加藤茶を見て育った。吉本新喜劇を見て育った。たくさん笑った。涙を流すほどに笑った。元気が出るテレビの早朝バズーカーで死にそうなほど笑った。スイカを食べる志村けんに腹を抱えた。牛乳を飲む加藤茶に笑いながら咳をした。

 物心がつく頃には「人を笑わせること」に魅せられていた。雄一の笑いはダジャレから始まった。小学四年生になった頃にダジャレ研究会を作った。理解のある担任の先生から許可を貰い、毎朝のショートホームルーム、朝礼の時間に「今日のダジャレ」のコーナーと題し、ネタを披露した。学校のテレビ放送にもその活動は取り上げられ、全国放送の「ズームイン朝」にも出演した。誰でも作れる笑いに雄一は夢中になった。

 そして雄一が小学六年生になったある日。テレビで初めてその存在を知った。

 ダウンタウン。

 深夜放送のバラエティー番組、「夢で逢えたら」。

 ダウンタウン。ウッチャンナンチャン。清水ミチコ。野沢直子。

「だんだんとスピードをあげて 走っていた ドスとチャカを持って DANG DANG とDANG DANG D-DANGと弾丸をぶち込んで 黒塗りベンツが走―る♪」

 面白い。雄一の印象。そして私立の中学に受験して進学した。そこで本当のダウンタウンと言うコンビの存在を思い知られる。

「問題。一個五十円のりんごが、五個ありますか?」

 笑った。めちゃくちゃ笑った。しかし、この笑いは今までのものとは異なるもの。

「ガキの使いやあらへんで」「ごっつええ感じ」。

 この二つの冠番組でダウンタウンは一気にこの国の笑いの世界の頂点に立った。日本の笑いはダウンタウン以前とダウンタウン以後のものと分類されるようになった。見る側にもレベルを求めるその笑いを人は「不条理」「シュール」と評した。そんな生易しいものではないことは雄一にはすぐに分かった。

 この国の笑いの頂点に立ったコンビ、ダウンタウン。

 雄一は中学二年になって初めて台本と言うものを書いた。相方などいない。それでも雄一は台本を書き続けた。メディアのバラエティーも笑うことを目的として見ることはなくなった。そこから少しでも笑いを学ぼうと言う意識を自然と持つようになった。そうなると雄一は簡単には笑わなくなった。家族が笑いながらテレビを見ている中、一人黙って画面を見つめた。メモを取った。コント赤信号のリーダー、渡辺正行が笑いの教科書を出版した。見たことはないが「フクスケの足袋!」の人。雄一はそれに何度も目を通した。理由の分かる笑い。バナナの皮で人が転ぶ。失敗による笑い。それはそれで面白い。予想を覆す笑い。冬に銭湯へ行き、「寒い寒い」と服を脱いで風呂場のドアを開ければドアの向こうが南極。予想を覆す。単純だがそれはそれで面白い。テレビの「NG特集」は普段真面目な顔しかしない俳優やこわもての俳優が笑いながら間違えるから緊張から緩和の笑いが生まれる。たけし軍団の「つのだせ!やりだせ!」でダンカンが書いたネタの台本はとても勉強になった。しかし、それではダウンタウンには勝てない。

クラスにひょうきんな奴はいた。しかし面白い奴はいない。雄一はただひたすら台本を書き続けた。ダウンタウン以前の王道の笑いも強い。そしてダウンタウンが示した新しい笑いは強烈でしかも簡単に作れないし誰にでも作れるものではない。それを超えるにはどちらの笑いも極めることが必要であり、かつ、それ以外の新しい笑いを作らなければいけない。

 それは雄一が中三の時だった。

 それは突然現れた。現在、一線で戦うものたちのどれほどがこの男たちに影響を受けたのだろう。雄一の求める笑いに対して大いなるヒントを与えることとなった番組。

「電気グルーヴのオールナイトニッポン」。

 笑った。始まりは土曜午前三時からの二部だった。ラジオを聞きながらゲラゲラと笑った。映像はない。ただラジオから流れる言葉のセンスに腹を抱え、涙を流しながら、死ぬほど笑った。テクノバンドであるミュージシャン「電気グルーヴ」の石野卓球とピエール瀧。そして番組にハガキを投稿するハガキ職人たち。ビニールおっぱい、北京面、ペンネーム西井健一、パリダカ、負け犬の遠吠えだよ、登校拒否児、古市。

 お笑いを目指したものでこの番組を知らないものはもぐりであると言われても仕方がない。

とにかくヤバかった。それほど面白かった。

 しかし彼らは芸人と言う看板を掲げていない。芸人と言う看板を掲げずにミュージシャンと言う看板を掲げていた電気グルーヴは音楽の力でメジャーになった。職業芸人と言う言葉が意味するものの重み。笑いで飯を食うと言うことはそこに意味がある。

 電気グルーヴがテレビでダウンタウンと共演した際に浜田雅功がこう言った。

「こいつら芸人やから」

 そして番組は土曜二部から火曜一部に。笑いは加速した。

「うんこをした後に手を洗わなそうな有名人。オフト監督」

「シャア専用いかりや。アムロ専用さがりや」

「キャバクラ行こう!バクラ!バクラ!バクラ横山」

「公園の便所にて咥えタバコで小便をしていたガッツがそこに居合わせた小学生に『打たれ過ぎ』『ポンコツ』『西井』と言われ、『ちっちっち。どうやら俺の怖さを知らないようだな』と振り向くも煙草の火がちんぽに落ち『あちー!あちー!』とスプリンクラーのようにくるくる回転しながら尿をまき散らす姿をモチーフにした二世帯住宅を探しています。金に糸目はつけません」

 雄一はカセットテープで番組を毎回録画して擦り切れるほど聞いていた。「オペラの怪人」伊集院光と普通に、いや強烈に圧倒しながらフリートークをしているすさまじさ。

 そして同じ時期に始まった番組。

「吉本印天然素材」。

 ナインティナイン、雨上がり決死隊、FUJIWARA、チュパチャップス、バッファロー吾郎、へびいちごの六組の若手で構成された吉本興業が世に出した若手お笑いユニット。ナインティナイン単独の枠が増えたが、雄一は一人の男から圧倒的に光を感じていた。雨上がり決死隊の宮迫。この人はレベルが違い過ぎる。この中ではずば抜けて面白い。

「八時だよ!二、三人集合~!」

この男はダウンタウンに近いのでは。べたな笑いも新しい笑いも自由自在に使いこなすこの男に背筋が凍りついた。FUJIWARAの原西。そしバッファロー吾郎。不気味な存在。チュパチャップスはどこにでもいそうな若手芸人だった。

 蛍原がツッコミで宮迫の背中を叩く。

「シールとかつけたんちゃうん」

 背中を見ながら宮迫がボケる。この人は何でも笑いに変えてしまう。

藤本「そうや!俺ギター弾けるんやった。聞きたい?そしたらボーイやるな!」

(藤本の脳みそ役の)原西「えー!ボーイやて!ダサッ!やばいなー。こんなんではこいつ彼女に振られてしまうぞ!えーと、こいつの運動神経を俺につなげてっと」

藤本「それでは聞いてください!ボーイのナンバーで『マリオネット』!ワン!ツー!ワン!ツー!スリー!フォー!」

(二人でC.C.Bの「ロマンティックが止まらない」のサビを振り付けで歌う)

二人で「だ!れ!か!ロマンティック!と!め!て!ロマンティック!」

藤本「うわ!C.C.Bやん!めっちゃダサい!なんでー!」

 吉本印天然素材はとにかく売れた。そしてナインティナインは一気に全国区へ。ダウンタウンの次の男と言われた。

「ナインティナインはダウンタウンのチンカス」

この言葉が意味すること。

母校のサッカー部の元へ訪れ、

「JRは?」

サッカー部の監督の着ているジャージの色がJRの電車の座席の色とそっくりだったために付けられたあだ名。

「マネージャー、お茶ぁ」

 そして雄一はウド鈴木と言う芸人を初めて見る。

「平成バカダ大学」。

 雄一は思った。

「この人、計算じゃないのかあ」

 雄一はいろんな勉強をした。そして黙々とネタを、台本を書き続けた。

 そして雄一は高校へ進学した。

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