遊園地


 かおちゃんと僕は2軒挟んだご近所さん同士だけど、小学校卒業以来、一度も会ったことがなかった。


 かおちゃんの家はお金持ちで、彼女は中学校から私立のお嬢様学校に通い始めた。少し遠いので、登下校は彼女の母親が運転する車に乗っていく。一方で僕は、家の近くの公立中学校に通っていた。おまけに互いの家の玄関が面している方角が違うため、中学生になってからは、彼女の顔を見る機会すらなかった。


 そんな僕たちだけど、小学生のうちは結構仲がよかった。かおちゃんは頭がよくて優しい子で、僕はちょっぴり彼女のことが好きだった。


 高校生になったかおちゃんは、私立中学からエスカレーターで入学したと言っていた。背が伸びて顔が大人っぽくなって、服も髪型もお洒落になって、ずいぶん美人になっちゃったな、と僕は気後れした。


「勉強、どう? 授業わかる?」


「全然ダメ。私、ずっと遊園地見てるし」


 そう言ってかおちゃんは、窓の外を指さした。


 昌明予備校の教室が入っているのは、わりと大きなビルの12階だ。そのビルから大きな通りを1本挟んですぐのところに、金属板の壁と金網で周囲をぐるりと覆われた小さな遊園地がある。もちろん、何年も前に廃業している施設だ。以前僕の父がこの遊園地を見て、「取り壊すにも金がかかるからなぁ」と言ったことがある。


「あの潰れた遊園地のこと?」


「そう」


「かおちゃん、廃墟とか好き系?」


「嫌いじゃないけど、そういうんじゃないよ。なんか……」


 彼女は言葉を探しながら、窓の外を見た。


「なんか楽しいんだよね。ほらやっぱ、遊園地だから」


「ふーん」


 そう言われてから、僕も休み時間のたびに窓辺に立って、遊園地を眺めるようになった。見ているうちに、なんか楽しい、という彼女の言葉は嘘ではないことがわかってきた。


 土台だけになった観覧車。塗装の剥がれたコーヒーカップ。泣いているような顔のピエロが大きく描かれた「ビックリ館」。屋根の幌が破れて、ゾンビみたいな馬がところどころに見えるメリーゴーラウンド。一度も遊んだことのない場所なのに、それらはどこか懐かしく、不思議と心弾ませるような何かがあった。


 自然と、かおちゃんと話す機会が増えた。でもそれは、ちっとも甘酸っぱい感じではなかった。


「遊園地でぼーっとしたいよなぁ」


「ほんとそれ。一日中メリーゴーラウンドに乗ってぐるぐる回ってたい」


 かおちゃんは深い深い溜息をついた。そして言った。


「ねぇ、授業が終わって外出たら、連絡先交換しようよ」


「えっ」


 これにはさすがのボンクラな僕も驚いた。かわいい女の子と連絡先の交換をする。こんなイベントが、この夏に起こるとは思ってもみなかったのだ。


「心配しなくても、無駄にスタンプ送ったり、既読無視したら怒ったりしないよ」


 彼女は笑った。笑うと、いつもより人懐こい顔になった。


「ただ、ほかにいないから。遊園地の話ができる人。たまに送らせてよ」


 今思うとかおちゃんは、僕をはるかに超えた「遊園地ラバー」だった。彼女の頭の中では、あのバブルの残骸みたいな遊園地が、いつでも魅惑的な音楽を響かせていたのだ。

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